特集 2018年9月25日

三陸の奇妙な海の幸「エラコ」を食べる

北海道や東北の海には『エラコ』という名の不思議な生き物が生息している。このエラコ、なかなか刺激的な見た目をしているのだが、それにもかかわらずなんと三陸の一部地域では食用になっているのだという。

……食べに行ってきた。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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きっかけは白土三平の本

エラコという生物の存在をはじめて知ったのは漫画家・白土三平による『フィールドノート2 風の味』というエッセイ集である。
子どもの頃に読みふけった白土三平のエッセイ。これにエラコが登場する。
まだ9歳だか10歳の頃に両親からプレゼントされたこの本には三陸や房総の山海の幸とそれにまつわる文化が記されていた。

その中でも特に「マジかよ…。」と目をひいたのがエラコのページである。
写真のインパクトからして凄まじかった。
いつか必ず食べたいような、絶対食べたくないような、不思議な憧れと畏れを覚えた。

そしてこの度ついに20年以上の時を経て、運命は「食べたいような…」の意志を実現させてしまった。

ホヤ漁船におじゃまします

磯で採るのは(法的に)困難と判断。漁船を頼ることに。
各方面へリサーチをかけたところ、現在エラコにはほとんどの生息地で漁業権が設定されているようだった。食用というよりも釣りエサとしてけっこうな値段で取引されているのだ。

意外だったが商用価値のある固着生物であるのだから、カキや岩ノリなんかと同じ扱いと考えれば妥当である。

磯やテトラポッドにもいるらしいが、それを潮干狩り感覚で勝手に採ると密漁になってしまうわけだ。ならば権利を有した漁師さんに頼みましょう!
ホヤ漁船に乗せてもらう。
仙台の水族館で職員さんに聞き込みを行ったところ、エラコ専門の漁師というのは存在しないが宮城のホヤ漁ではホヤに混じってエラコが揚がるという。…それだ!!
ホヤを定着させて育てるロープにエラコもくっついているらしい。
水族館の職員さんに連れられて宮城県の某漁港へ。時間は深夜。
ホヤは鮮度が命なので深夜に水揚げしてそのまま早朝のセリへ持ち込むのだとか。

エラコにもホヤほどではないが釣り餌として値がつく(他のゴカイ類と比べてもかなり高価な部類)ので、決して邪魔なばかりではないという。それをおすそ分けしていただけるというのだから、いや感謝感謝である。

ちなみにこの日お世話になった漁師さんたちは「エラコ?わざわざ食べたりはしないな!もっと歳が上の人たちの中には食う人もいたよ。」とのことであった。
ホヤを食べさせてくれた! かたじけねぇ! うまい!
僕は南方の育ちなのでホヤという生き物、というか食べ物にほとんど縁がなかった。興味津々で作業を眺めていると、漁師さんがわざわざホヤをひとつ剥いて味見させてくれた。

オレンジ色の身はサクサクとした歯ごたえで優しい甘みがある。海の果物と呼ばれる理由がわかった。東京の居酒屋で一口食べたアレとは大違いだ。

ただし内臓には苦味があり、僕のような素人は丁寧によけて食べるべきだとも感じた。
これが……エラコだ!!
そして肝心のエラコもすぐに手に入った。

「ホレ、これ。」
と甲板に投げられた謎の物体。なんだろう?サンゴの死骸、あるいはウルトラマンに出てきた怪獣『ブルトン』を彷彿とさせる、鉱物のような生物のようなサムシングである。
謎の塊はたくさんの管で構成されている。
手にとって検分すると、その塊は思いのほか柔らかい。グニグニいじっていると、一部がボロッと剥がれて落ちた。

どうやら分泌物で泥を固めて作った管状の鞘が密集しており、本体はその鞘一本一本の中に住んでいるようだ。ならば中身を取り出してみよう。

エラコはマンション暮らしのゴカイ

鞘を絞っていくと……出てきた!
中身はこんなん。古い筆が妖怪に化けて出たような姿。
漁師さんから取り出し方を教えてもらう。チューブ入りの歯磨き粉(特にアクアフレッシュの3層構造を崩さないように意識して)のように鞘を端から少しずつ指で押さえて絞り出してやるとニュルニュルと太くて肌色をしたミミズのような生物が姿を現した。

これがエラコだ!
海水中に入れるとこんな感じ。磯や漁港の岸壁にいるケヤリムシによく似ている。
このビジュアルで推測できた方も多いだろう。

そう!エラコとはゴカイの一種。ただし、砂に潜ってエサを探すアグレッシブな生活ではなく集合住宅に引きこもって玄関先に流れてくるプランクトンや有機物を濾して食べるという生活様式を選んだ者たちである。

関東以南でいうと海の岩場にくっついているケヤリムシに近縁だ。
エラコの鰓冠(さいかん)。羽毛かあるいはヤシの木のよう。
普通のゴカイと違うのは頭に鳥の羽根かヤシの葉のようなパーツがあること。

これは鰓冠といって呼吸を行なったりエサを濾しとったりするための器官である。“エラ”コという名はこの鰓冠からついたものだろう。
大量に集まると…。なんというか…。
漁師さんのご厚意によって、夢のエラコを短時間でたくさん集めることができた。

漁師さんたちは「なんだ遠慮しないでもっと持ってけ」と言ってくれたが、大丈夫っす。もう試食するには十分すぎる量があるっす。

この味は…ホヤ!? ※ただし…

じゃあさっそく!生きたまま味見をしてみよう!

先述の白土三平『フィールドノート』には「漁師は沖で魚が釣れない時にはエラコを生のままおかずにしていた」という旨の証言が載っている。たしかにホヤ漁師さんたちも「塩漬けにしたり火を通すのが一般的だが生でもいけないことはない」というようなことをおっしゃっていた。
ツルっと。ヌルっと。
海水で洗ってすする。食感はやわらかく、筋肉の締まりをほとんど感じない。さすがは筋金入りの引きこもり。そういえば出歩かないからゴカイのくせに脚もなかったよな。

そして問題は味。兎にも角にもいわゆる『磯の香り』を強く感じる。その奥にほんのりと旨味と少々の苦味も。個人的には決して食べられないことはないものの、正直言ってあまり喜んでパクつけるものとは感じなかった。少なくともわざわざこれをおかずにするなら白飯だけを黙々と食うだろう。
あれ?なんかコレどっかで食べたことあるような…?
しかしこの味・風味に似たものをいつかどこかで…。それも割と最近…。

ああ、これさっき食べたホヤだ。ただし!ホヤの身ような甘みは一切なく、旨味も薄い。どちらかというとホヤとエラコの共通項はそれぞれの内臓にあるらしい。独特の磯臭さと苦味がそうだ。両者は分類学的には遠くかけ離れた存在だが、固着生活というライフスタイルは同じだし、何よりまったく同じ場所で同じプランクトンを食べているのだ。その共通点が食味に反映されても不思議ではない。

エラコを採ると手が荒れる

エラコを素手で取り出すとどうしても手がベタベタになる。エラコ自身の体液や管に付着した泥のせいだ。
ところで、エラコを鞘から取り出す作業はゴム手袋をつけて行わないと手が腫れると各所で聞いた。

ちょっと体験してみたかったので今回はあえて素手でチャレンジ。

最初はどうということもなかったのだが、次第に指の股のあたりがチリチリとかゆくなってきた
なんか痛痒いなと思っていたら水ぶくれができた。管に着いているヒドロ虫という生物に刺されたらしい。
帰港する頃にはヒリヒリとわずかに痛みも出てきた。その時点ではほとんど見た目に変化はなかったが、宿に戻ると指の股や脇の柔らかい皮膚に小さな水ぶくれができていた。
この炎症の原因はエラコの鞘にくっついているヒドロ虫という生物(極小のクラゲみたいなもの)だという。たしかに症状がクラゲ刺症に似ている。

エラコが潰れた時に滲み出る体液が原因だという漁師さんもいるが、その後の塩辛づくりでは体液が付着しても平気だったし釣り人だって生エラコを素手で針に刺している。そしてなにより生で食べても口内やのどが無事だったのでこの説は信ぴょう性に欠けるだろう。

塩漬けにして保存

鞘から取り出したエラコをさっと真水で洗い、よく水気を切る。
さて、エラコは北の海の幸だけあって非常にアシが早い。

これから沖縄の自宅に持ち帰れば、たとえクーラーボックスに入れていたとしても傷んで食べられなくなるだろう。

そこで三陸(のごくごく一部地域)の伝統的な保存食だというエラコの塩漬けを作ることにした。
たっぷりの塩に埋めるように漬け込んで冷蔵。
作り方は簡単。洗って水気を切って塩に漬けるだけ。

これでしばらく保存がきくぞ。今後はこれを少しずつ塩抜きして調理しよう。
エラコの塩漬けの完成だ。保管は冷凍庫で。水で戻せば釣りエサとしても使えるそうだ。
真水で戻して塩を抜く。色は多少あせるものの、思ったよりも綺麗に元の姿へ戻る。
とりあえず釜揚げで食べてみるか…。塩抜きしたエラコを湯に投入。みるみるうちに湯が黄ばみ、大量のアクが出る。
アクがすごい! 茹で汁が茶色くなるのはエラコの体液が浸出したのだろう。
恐る恐るザルに上げてみると…。あれ?なんかいけそうな見た目になってるぞ。脳がスムーズに食べ物だと認識してくれる。もしかしたら生エラコを食べた時点で僕の脳がバグってしまっただけかもしれないか。
釜揚げエラコ。いかにも珍味でございという佇まい。
お? やっぱり癖はあるけどいけるな。格段に食べやすくなった。
食感は缶詰の煮赤貝、あるいは干し貝を戻したものに近い。加熱することでタンパク質は固まり、水分は抜け、身が引き締まったようだ。味や風味にも二枚貝っぽいところがある。

ただし、エラコ特有の磯の香りがかなり強い。後味のほろ苦さもあって、好き嫌いが分かれそうだ。
僕の場合は…そんなにたくさんは食べられそうにないかな…。

もう少し手を加えた方が美味しく食べられそうな食材だ。

酢の物や炊き込みご飯はアリ!

エラコとキュウリとワカメの酢の物。
そういえば白土三平は件の著書中で「エラコはキュウリと和えた物が一番」と語っていた。キュウリと合うのか。ならばとそこにワカメも足して酢の物にしてみた。

これは…いける!酢で食感はより引き締まり、磯臭さは軽減されている。食卓にこれが小鉢で出てきたら嬉しい。ボリューム的にもちょうどいい。

そもそもエラコはそれ自体の味が強いのでこういう使い方が正しいのではないか。エラコを常食していた人たちは塩漬けをストックしておいて、こうしてチビチビと小鉢料理や酒のあてに使っていたのだろう。
昆布とニンジンとで炊き込みご飯を作ろうとしたら炊飯器の中が触手大戦争みたいな壮観に。
さあ、使い方がわかってきたぞ!主張がすぎないように少量ずつをおかずに加えていくのだな。佃煮や味噌汁にしてもおいしいらしい。だがここはあえて食卓のメインに盛り込みたい。

アサリや赤貝の代わりに…炊き込みごはんなんてどうだろう?
エラコの炊き込みごはん。
炊飯器に白米と水、塩昆布とニンジンそして戻した塩エラコを放りんで炊く。それだけ。
シンプルなレシピだが果たして…。

炊飯器の蓋を開けた瞬間、磯の香りが台所に立ち込めた。深川めしのそれをさらに強くしたような匂いだ。食欲をそそられる。
炊き込みご飯と酢の物、イケます!
茶碗によそうと意外にビジュアル面でもエラコの主張が強い。食材って米の上に乗ると存在感が増すよね。細かく刻んで投入するべきだったかもしれない。

だが、味はなかなかのもの。昆布だけで炊いた炊き込みごはんより風味の幅が広がっている。ほろ苦さもマイルドになり、食べやすい。大人の海鮮炊き込みごはんといったところか。

海辺の旅館で夕餉にコレが出てきたら「おっ、乙だねぇ」とつぶやいてしまいそうだ。
そういえばエラコの塩漬けは釣り餌として使ってみてもすごく効いた。そりゃ高値で取引されるわ。あの独特のニオイが魚を惹きつけるんだろうな。

余談:もっと食べやすいゴカイもいる

食べられるゴカイなんているんだなあ!と驚く人もいるだろうが、実はゴカイ類の中にはその気になれば食べられるものがけっこうある。中にはイソメ類などむしろエラコよりクセがなくて食べやすいものもある。(注意:ゴカイの仲間には毒があるものもあるのでみだりに食べないように)

それでも三陸でエラコだけが好んで食べられていたのは『一つの塊を確保すればまとめて大量に捕獲できる』『一匹一匹が太いので食べ応えがあり、塩漬けにしても縮みすぎない』『そもそも釣り餌として超優秀で、余った分だけを食すという使い方ができる』といった点で都合が良かったためだろう。

食文化とは『食える食えない』『ウマいマズい』だけでは形成されないものなのだ。
オーストラリアで集めたゴカイ(無毒)は釜揚げで食べてみると貝ひものようでおいしかった。
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