特集 2018年8月15日

ボディビル大会のかけ声、出るか「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」

人生初のボディビル大会観戦記です
ボディビル。自分とは縁のない世界だと思っていた。しかし、一冊の本がきっかけで俄然興味が湧いてきた。

大会では選手にかけ声がかかる。「切れてる!」「デカい!」などという独特な言い回しがあることは知っていた。しかし、「肩メロン!」まで来ると少々ポエティックになる。さらに、「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」となれば――。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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「かけ声」は、鍛え抜かれた肉体美への賞賛メッセージ

今年7月、スモール出版から『ボディビルのかけ声辞典』という書籍が発売された。これがやたらと面白い。

帯には「ボディビルコンテストで飛び交う『かけ声』は、鍛え抜かれた肉体美への賞賛メッセージだ!」とある。なるほど。
監修は日本ボディビル・フィットネス連盟
連盟が監修したとなれば、いわゆる、“オフィシャルブック”と言ってもいいだろう。とはいえ、現場では本当に「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」などという長尺なかけ声が飛び交うのだろうか。

この耳で確かめるために、大会会場に向かった。
かつしかシンフォニーヒルズの最寄駅は京成線青砥駅
期待に胸を膨らませつつ観戦したのは、7月29日に行われた「第32回東京クラス別ボディビル選手権大会」。
入り口にはさっそくポスター
以前、日本体育大学准教授で自身もボディビルダーである岡田隆さん(上記本の制作協力者でもある)を取材した際も、「それほどの筋肉を付けるには眠れない夜もあっただろう!」というかけ声を聞いたと言っていた。
チケット料金は少々お高めですね

後ろで出番を待っている選手たちも全力で力む

外は台風一過で蒸し暑かったが、ホール内にはそれを超える熱気が充満していた。大会はすでに始まっている。
ステージ上にいる選手の数が想像以上に多い
これだけの量の筋肉を一度に見るのは初めてだ。
規定のポーズをキメる選手たち
上の写真は「アブドミナル・アンド・サイ」というポーズ。気張りすぎて「ウガッ」という声が漏れる選手もいた。
バックダブル・バイ・セップス
後ろで出番を待っている選手たちも全力で力んでいるのが面白かった。準備運動のようなものだろうか。そして、女子の部もあった。
フロントダブル・バイ・セップス
不思議なことにエロスは一切感じない。ただただ、「すごい」という感想が静かに湧いてくる。しかし、これほどパノラマ映えする光景はないんじゃないか。
最前列が審査員席
計7名の審査員によるジャッジで勝ち上がる選手が決まるのだ。
こちらはジャッジを集計するコーナー
協賛者の中にはあの大物歌手の名前も
そうだ、彼には『JEEP』という曲がある。

創意工夫に富んだかけ声は、学生の大会で生まれた

選手は何も喋らない。司会進行役がマイク越しにポーズ名を告げると、無言でそのポーズを取る。同時に、会場から様々なかけ声が飛ぶ。

ここからが本題である。一番多かったのは「8番、切れてる!」「11番、イケメン!」などと、選手番号を添えてエールを送るパターンだ。褒め言葉としては、他に「バリバリ!」「デカい!」「最高!」などもあった。女性は「松田さーん!」と選手の名前を呼ぶケースが目立つ。

そこへ、「13番、発車オーライ!」というひときわ大きなかけ声が響いた。お、いいぞ。続けて、別の男性が「4番、右のお尻がエグい!」。食い入るように見ないと左右の微細な違いはわからない。

なお、今回の取材窓口は日本ボディビル・フィットネス連盟の広報担当・上野俊彦さん(52歳)。「販売ブースでプロテインを売っていますから」ということで、ご挨拶に伺った。
彼もまたボディビルダー
「2年ぐらい前までは大会に出ていましたが、今はちょっと休止中。仕事が落ち着いたら、ジム通いを再開しますよ」

上野さんによれば、ユニークなかけ声の起源は不明だという。

「『肩メロン』や『ジープ』が出てきたのは、ここ2、3年ですね。ああいう創意工夫に富んだかけ声は、社会人ではなく学生の大会で生まれたんじゃないかな。日体大や神奈川大学のかけ声は面白いですよ」

ちなみに、審査員は選手の顔を一切見ず、ゼッケンと筋肉だけを注視するため、番号を呼ぶスタイルの応援は多少なりとも効果があるらしい。

深く納得しつつ、その他の販売ブースもぐるっと回ってみた。

皆さん、ふだんは普通に働いている方々

とにかく「スピード」を熱く訴える惹句
毎年デザインが新調される大会公式Tシャツを発見。売店の女性いわく、「シワシワにならないし、すぐに乾くからボディビルダーには人気なのよ」。
お値段2000円也
ワックス脱毛の無料体験ブースもあった。たしかに、毛むくじゃらのボディビルダーはあまり見たことがない。
「最新機器で日焼けした肌の脱毛もスムーズに」とのこと
ここで上野さんのところに戻ると、「せっかくなので、舞台裏もご案内しますよ」と誘ってくれた。めったに見られない場所である。
ステージの裾で出番を待つ選手たち
筋肉同様、緊張感もピーンと張り詰めている。
ギリギリまで筋肉をパンプアップする
「ボディビルダーといっても、皆さん、ふだんは普通に働いている方々。食事にも気を遣うし、余暇のかなりの時間をトレーニングに割いているんですよね」

69歳、最高齢の後藤さんを応援することにした

上野さんは「ボディビルに引退はない」と言う。

「私みたいにいったん休むことはあっても、必ずまた始めるんですよ。今日の大会の最高齢も69歳。逆に言えば、あきらめた時が引退ですね」
ほんとだ、後藤譲さん(69歳)
よし、こうなったら後藤さんを応援しよう。

ホールに戻ると、かけ声はまだまだ途切れない。その時、隣から「パパ~」という子どもの声が聞こえた。
家族でお父さんの応援に来た模様
それにしても、皆さん、気合が入ったカメラを構えている。
プロ並みの望遠レンズも

マキコさんは熱心なボディビル女子、通称“ビ女子”

席に戻ると、隣の女性も盛んに写真を撮っていた。上野さんが「石原さんの隣に座っている女性はマキコさんといって、熱心なボディビル女子、通称“ビ女子”ですよ」と教えてくれた人だ。
声援を送りながらシャッターをバンバン押す
「後藤選手を応援することにしました」と伝えると、「あら、そうなの。じゃあ、私がたくさん撮って送ってあげるわよ」。“ビ女子”はいい人ばかりなんだろうか。
あっ、後藤選手が登場した!
中央の6番。おお、どう考えても69歳には見えない。「後藤さん!」というかけ声も飛んだ。
後日、マキコさんが送ってくれた高精度な写真
後藤さん、本当にもうすぐ古希を迎える人なんだろうか。

見事な肉体で、加えてポージングも美しい

休憩時間になったので、マキコさんにイチ推しの選手を聞いてみた。

「去年、9大会に出場して、試合を重ねるごとに調子を上げている32歳の三井一訓選手ですね。この大会ではさらに太腿を大きくするなどの肉体改造を加えて、優勝候補の一人です」

大会の最後にわかるが、三井選手は実際に75kg以下級で優勝した。
歌いながらフリーポーズをキメる三井選手(撮影:マキコさん)
「あとは、土金正巳選手。今年50歳になるとは思えない見事な肉体で、加えてポージングも美しいんです。見るたびに感動してしまいます」
右端が土金選手(撮影:マキコさん)
こんな50歳は世間にいない。なお、土金選手も70kg以下級で優勝した。そして、マキコさんは「今日はこの後、神奈川県ボディビル選手権大会に行くんです。知人が出場するので応援に行って参ります」と言って颯爽と去って行った。

まあ、年寄りはお呼びじゃないってことだな

結局、後藤さんは決勝に残れなかった。帰ろうとする彼を引き止めて、ボディビルを始めたきっかけについて聞いた。

「大学時代はレスリング部で、国体にも出た。就職後は運動をしていなかったんだけど、体の調子が悪くなってね。それでトレーニングを始めたんだよ」
肩にちっちゃいボディビルダーのせてるんかい!
「でも、大酒を飲むからさ。4年前に定年退職したし、俺からボディビルを取ったら何も残らないけど、まあ、年寄りはお呼びじゃないってことだな」

いやあ、69歳でその筋肉を維持しているだけですごいことだと思いますよ。
寂しそうに去っていく後藤さん
「9月の日本マスターズでは優勝を狙うよ。ずっと2位だったから」と気持ちを切り替える後藤さん。「その辺で一杯飲んでから帰る」と言っていたが、今考えればいっしょに飲めに行けばよかった。

鼓舞するのではなく賞賛することが相手への応援になる

ボディビルの大会では、「がんばれ」というかけ声はほとんどなかった。皆さん、応援している選手をひたすら賞賛する。残念ながら、「肩メロン」も「ジープ」も聞けなかったが、鼓舞するのではなく賞賛することが相手への応援になるということを学んだ気がする。

なお、今年は10月14日に「関東学生ボディビル大会」、10月21日に「全日本学生ボディビル大会」が開催される。マキコさんにも「私も行くので会場でお会いしましょう」と言われたので、ちょっと覗いてみようかな。

今度こそ、「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」を生で聞くために。
ホールの外でフリーポーズをキメるモーツァルト像
<取材協力>
日本ボディビル・フィットネス連盟
https://www.jbbf.jp
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