エヌ山くんとティティ川くんとは
僕が見たのは利用明細の封筒に入っていたチラシだが、エヌ山くんとティティ川くんはもともと新聞折り込みのチラシだった。
利用明細は4コマだが、新聞チラシは16コマおなじ絵が続く。
利用明細に入ってた縦長のチラシ。「請求した上に宣伝する」「あつかましいね」と広告なのにもっともなことを言ってる
こっちは新聞折り込みの16コマ連続。クリックすると大きくなります(読まないとこの先の話が続かないのでまずは読んでください)。
どこから突っ込んでいいのか分からないが、特徴としては
・顔が赤い
・コマが全部一緒
・左の男の襟足が長い
・会話がギリギリ
好きすぎてミクシィで「エヌ山くんとティティ川くん」というコミュニティを作ろうとしたぐらいだ。そうしたら既にあったので0.2秒で入った(30人ぐらいのコミュニティだったけど)。
そしてエヌ山くんとティティ川くんのチラシは入らなくなり、8年が過ぎた。
ある日、Twitterでリプライをくれたひとが人がコピーライターだった。プロフィールを見ると過去に手がけた広告が載っている。そこにエヌ山くんとティティ川くんが載っていたのだ。
あの広告の作者につながった!
というか、あの広告に作者がいたのか。
あの広告はいったい何だったのか。直接会って聞いてみたのだ。
NTT東日本の社員がこっそり作ってたんじゃなかった
作ったのはコピーライターの林裕さん(偶然にも同姓だったので、以下、本稿で林と書いてある場合は林裕さんです)。
株式会社クラブソーダ 林裕さん。博報堂を経て2011年独立。
エヌ山くんとティティ川くんは林さんが博報堂時代に手がけた作品だったのだ。ちなみに林さんはアスパラドリンク(田辺製薬)「一本いっとく?」や「前田敦子とは何だったのか?」(AKB48 in 東京ドームDVD)など輝かしい実績を持つ。
僕はてっきりNTT東日本に絵の上手い社員がいてこっそり勝手にやっていたと思っていたのだが…思ったよりちゃんとしてた。
林さんに加えて、イラストを担当した博報堂の大野耕平さん、営業を担当した民谷浩一郎さんにも当時の話を聞いた。
意外!これまでにない効果を上げたチラシだった
エヌ山くんとティティ川くんのクライアントはNTT東日本 東京支店。週に2回このチラシが新聞折り込みで入っていたという。
―どうしてあんなことになったんでしょうか
民谷: CM以外におもしろいことを仕掛けていきたいと思ってて、チラシでも真剣にやろうって働きかけてたんです。
これに至るまでいろいろやってレスポンスを毎週測っててました。その結果ここにたどりついたという。
林:まさかこれに定着するとはね。
まさかこれに定着するとはね
-最初にクライアントにエヌ山くんとティティ川くんを見せたときの反応は?
林:クライアントにおもしろいことが好きなキーマンがいて。課長も部長もおもしろいと言ってくれて意外にすんなり通りました。「えええー」って思ったけど。
いちおう他の案もあったんですが、ここに落ち着くように他のキャラはもっと強烈にしました。
-もっと気持ち悪い?
林:かなりでしたね。見ただけで吹き出すような。おでこがびよーんって出てたり。
それ見てからこれ見ると、この人たち別にふつうの人だからいいやって気持ちになる。
ふつうの人…(クリックで全編読めます)
大野:ほかの案は人じゃなかったりしたもんね。
林:クライアントの部長さんがタイトルを見て、おれの名前に似てるって言って喜んだのもよく分からない追い風になった。
民谷:導入するとき、テストで2種類入れて試したんです。エヌ山くんとティティ川くんと普通に女性がパソコンに向かってるようなやつと。
林:そうしたらエヌ山くんとティティ川くんのほうが圧倒的によかった。
結果、エヌ山くんとティティ川くんのチラシはいままでにない数字をたたき出したのだという。問い合わせも契約数も多くて広告として優秀だったのだそうだ。黒歴史になっていると思ったのだけど。
結果として林さんは次の仕事を受注し、エヌ山くんとティティ川くんが渋谷をジャックするという企画を出したという。でもそれは
林:もうちょっとほかのこと考えてくださいって言われました。
残念。赤い顔が109の正面に貼られているところが見たかった。
林:この仕事、上司にはほめられなかったですよ。査定もつかなかった。
否定的なやつがいると宣伝できる
林:しかしこれを通すのはクライアントもすごい度量ですよね。だって光回線でのサービス料金について「がっかりだ」って言ってる。
光回線でのビデオオンデマンドが有料であることに対して「がっかりだ」
林:商品のスペックについてがっかりだって言って終わっちゃってる。
民谷:……クライアントに広告的なおもしろさに理解があったんだと思います。
電話番号を大きくしたり、場所を変えたりレスポンスをあげる工夫は続けていたので、クリエイティブの部分は毎週楽しみにされるようなチラシにしようと思ってました。
裏は完全にチラシ。
でもちょいちょいふたりが出てくる
- 表は自由ですよね
林:ティティ川くん(右)がどうやっても商品のことを肯定的にとらえてくれないキャラなんです。
否定的なキャラ(ティティ川くん)が「安い!とかおトク!とか、どこでも言ってるっつーんだよ」と正論言っちゃってる(クリックで全体読めます)
林:そうすると結果として、エヌ山くんがあの手この手で商品を勧めなきゃいけなくて。それによって商品のいい点をてんこ盛りにできるんです。
ツッコミ感覚で「料金が安くなるのだ!」「ナンバーディスプレイも使えるんだぞ」と言えてる
たしかにエヌ山くんがひかり電話のいいところを自然にたくさん言ってる!いいこと聞いた。
このテクニックはとても有益なので原稿に書かないで自分だけの秘密にしようかと思ったほどだ。
なぜ顔が赤い
-大野さんはエヌ山くんとティティ川くん描いたの1回だけですか?
大野:はい。1回だけですね。
なぜならすべてイラストは使い回しだからだ。
大野:このどうでもよさが意外とピンと来て。
林:真っ赤だもん。クリスマスの時は大変なことになった。
クリスマスバージョン。帽子をかぶってるのでほぼ真っ赤
大野:肌色とか使わないで、極力色を少なめにしたほうがばかばかしいし、肌をきれいにすると収まりがよくなってしまって、破綻がないので。
林:第1回だけ左右が逆なんですよ。左右入れ替えたほうがうまくいったので。
-これは左右反転ですか
大野:はい。ほくろの位置だけうつして。作業としてはそれだけ。
第1回はエヌ山くんとティティ川くんの位置が違う
言っておくが大野さんは東京芸大卒でどんな絵でも描ける。いろんな絵が描けるなかでのこれなのだ(フォロー)。最近は小島よしおさんを使ったとしまえんの広告を手がけた。(
このブログで実物が見られます)
―第1回の1コマ目が「余裕がないから」っていきなり本題ですね
林:1コマ目でいきなり余裕がないのがおもしろいかなって思って…。
オフビートな会話が好きなんですよね。なんの影響だろう。啓蒙かまぼこ新聞かな。同じ表情というのはあれがヒントですよね
(注:啓蒙かまぼこ新聞は中島らもが作っていたカネテツデリカフーズの広告。1980年代の宝島に掲載されていた。
このサイトの「ごぼ天」がまんが。)
林:もめるときはオチでもめたりしてましたね。耳から白い糸が出ててそれを引っこ抜いたら廃人になったってネタ描いてたらNGになって、なにがいけないんだよ!ってもめたり。
最後のほうはクライアントがオチ考えてたりもしてました。ひかり電話をひかる電話って勘違いするのはどうかなって言って。おもしろいからそれは採用しました。
ひかる電話
無難はリスキー
民谷:レスポンス広告なんで、おもしろいことをすればみんな喜ぶんだってことが数字であらわれてよかったですよね。
チラシ裏面で「ほう」がふえてゆくコネタ
林:広告が見たくて暮らしてる人なんて世の中にはいないので、広告って招かれざる客が土足で日常生活にずかずかと入っていくようなものじゃないかと。
だからサービスがないのは違うんじゃないかと思ってるんですよ。
自分の言いたい自慢話だけして帰って行くのって感じ悪いじゃないですか。
こういうのがサービス
- でも美辞麗句を並べてる広告多いですね
林:無難な広告が多いから、無難なものを作るというのはいちばん競争の激しいところに突っ込んでいくことなんですよね。リスクが高い。
おなじお金をかけるんだったら無難なものを作らないほうがメディアコストは効率がいいはずなんですよね。お金を損するんですよ。ふつうのものを作ると。
右から読むことを説明したら残り2コマになって最後適当にまとめてる回
そして復活
エヌ山くんとティティ川くんは年度の切り替えで姿を消した。
しかしなぜかここに新作がある。
林さんに新作を作ってもらった。ふたりはニフティに移籍してその名も「ニフ山くんとティ川くん」として復活したのだ。
都落ち感パない。(クリックで拡大します)
エヌ山くんとティティ川くんの名前を変えればどこの広告になることが分かったので広告主をデイリーポータルZ上で募集することにした。アッ山くんとプル川くんでもグー山くんとグル川くんでも可能だ。東イ山くんとンド川くんでも。
広告制作&デイリーポータルZへの掲載を希望の方は
こちらのコラボご案内からご連絡ください。価格表をお送りします。ちゃんと作ります。そしてデイリーポータルZに載ります。
僕が勝手に作った広告商品はいまだにいちども問い合わせすらないという伝説を打破したい所存である。
あのコミュニティはどうなった
思ったよりもちゃんと作られているような、そうでもないような話であった。無難はリスキーというのは肝に銘じてアヴァンギャルドを常としてゆきたい。
ところで冒頭に書いたミクシィのコミュニティの件、あれを林さんに聞いたところ
林:あれ、関係者の連絡用だったんです。いきなり林雄司という人が入ってきてびっくりしました。
だそうだ。注目してる人、そんなにいなかったのかもしれない。