のぼり旗、どこでどうやって作ってんの?
「ニュージランドは羊が人口の7倍いる」という地理ジョークがあるけれど、日本の場合はのぼり旗ではないだろうか。
いたるところにあるのぼり旗
牛丼屋、中古車センター、携帯ショップ、コンビニ……日本全国にあるのぼり旗をかき集めたら人口の7倍ぐらいは確実にあるはずだ。
しかし、そんなに頻繁に目にするものなのに、のぼり旗を作っている所は見たことがない。町でよく見かけるのに、作られている所を見たことがないのは、ハトの雛のようでもある。
愛知県一宮市にある堀江織物さんへおじゃましました
今回は、愛知県一宮市にある「堀江織物」におじゃまして、のぼり旗の製造工程を見学させてもらった。
案内してくださった堀江さん兄弟
案内して頂いた堀江さんによると、現在工場では大きく分けるとシルクスクリーン印刷とインクジェットプリンタでの印刷の二種類の方法でのぼり旗を印刷しているとのこと。
事務所で出荷を待つのぼり旗を見せてもらう
そのうち、シルクスクリーン印刷での印刷のほうが昔からのやり方で、現在でも大量に作るにはシルクスクリーンで印刷の方がいいそうだ。
プリントゴッコがわからない
ところでこの「シルクスクリーン印刷」とはいったいどのようなものなのか。ざっくりと3行ぐらいで解説すると、こんな感じだろうか?
シルクスクリーンとは孔版印刷といわれるもののひとつで、穴の開いている部分にインクを通し、穴の形そのままに印刷する手法。
ということだろうか。図に示すとこんな感じになる。
穴の開いている所にインクが乗る
堀江さんは、見学にきた高校生などによく「プリントゴッコと同じしくみなんです」というふうに説明するそうだが、今の高校生はプリントゴッコじたいを知らないので説明によけい骨が折れるらしい。ジェネレーションギャップというやつである。
なお、シルクスクリーン印刷の説明ではプリントゴッコに例えるのがとても便利なので、この記事を読まれている読者諸兄におかれましては、プリントゴッコをご存知なものとして書き進めたいと思う。
※それでも知らないという方は
こちらを御覧ください。
うっかりムーディー
印刷する「版」を作るための型枠
まずは、印刷するための「版」を作らなければならない。プリントゴッコでいうところの「製版」の作業だ。枠型に薄いメッシュの布をはりつけ、そこに感光乳剤を塗布する。
黄色い蛍光灯で、薄い緑色のものが感光乳剤だ
感光乳剤は、紫外線を当てると固くなってしまう。したがって、蛍光灯に含まれる微量な紫外線で乳剤が固まってしまわないように製版の作業をする部屋は特殊な蛍光灯がともっている。
ムーディーな雰囲気を演出しているわけではない。
巨大プリンターで図版を描く
続いて、感光乳剤が乗った枠型に、印刷したい図柄を転写しなければいけない。型枠を巨大なプリンターの上に乗せ、係員の人がパソコンをちょちょっといじると、巨大プリンターがキビキビ動き始めた。
シャーッ! シャーッ!
プリンターというにはもう次元が違う、シャーッ!シャーッ!という刺客の繰り出す刃物のような鋭い轟音とともに図柄がどんどん印刷されていく。
そして、印刷の終わった型枠は、紫外線室に入れられ、強い紫外線を照射される。プリントゴッコでいうところの「ピカッ」の部分だ。
落書きしたうえ狭いところに閉じ込めて眩しい光をあてるなんて、なんだか型枠をいじめているようにも見えるけど、相手は物だから別に構わない。
プリントゴッコのピカッのでかいやつ
カーテンが閉められ、中で紫外線が照射されている
すき間からコッソリ光をみせてもらった
紫外線が照射されると、先ほど黒いインクで印刷した部分だけ光が当たらないので、そこは感光乳剤が固化しない。したがって水で洗い流すと、黒いインクと感光してない乳化剤が落ちて、そこだけインクが通り抜けるメッシュ状態になる、という寸法だ。
感光してない部分が水で落ちる
白い部分が色のつく場所
これで、版は完成となる。
しかし、しくみがプリントゴッコと同じだとはいえども、道具がいちいちでかい。
のぼり旗は屋外に置いてあるときはあまり気にならないかもしれないが、実際に近寄って触ってみると、人の身長ほどあるものがほとんどで、かなりでかいことがわかると思う。
でかいものに印刷をしなければいけないので、道具がどんどんでかくなるのだ。
スケール感が狂う。
職人の感覚と知恵に感嘆する
ところで、工程が前後してしまうが、ここで感光乳剤を塗布する前の型枠の作り方を見てみたい。
枠型にメッシュ状の布を貼る工程
といっても、型枠にメッシュ状の薄い布の「紗」をピーンと張って四辺を接着剤で固定させるだけだ。
ただ、この紗の張り具合が実に難しく、緩すぎるとインクがちゃんと乗らないし、きつすぎると破れてしまう。
紗の上に乗ってるのが張力計
ちょうどいい強さで引っ張る感覚はやはり人の勘に頼るところが大きい。
しかも面白いのは、写真の版を作る場合は、版を重ねた時に網目でモアレが出ないように紗に対して型枠を斜めになるように張り付けている。
よく見ると、枠型がすこし斜めに置いてある
今、取材時に回していたICレコーダーを確認しながらこの原稿を書いているのだが、堀江さんの説明にたいし、取材同行したウェブマスター林さんの「ハァー、へぇ~~」とか「ほぉ~~」という感嘆の声しか入っていない。
ひとは本当に感心すると、感想すら出なくなるものなのだ。
接着剤の容器が魔女の秘薬みたいになってた、1年ほどでこうなるらしい
いかにもな工場風景きました!
工場見学の醍醐味といえば「同じ規格の製品が、滞り無く次々に生産されているようす」をみることだろう。
ぼくは取材でよく工場見学に行くことがあるが、たいてい整備された見学コースからガラス越しにラインの様子をながめる程度だったりするのだが、ここは違う。
のぼり旗を印刷してる機械のそばまでよって見せてもらえた。役得である、デイリーポータルZのライターになってよかったとしみじみ思う。
これぐらい近くまで寄ってみせてもらいました!
うれしさの余り、工程を説明しそびれた。
ここは、先ほど作った版にインクをのせ、流れてくる布に印刷する工程だ。多色刷りであれば、その色数ぶん版を作り、何回か重ねて印刷する。
例えば、茶色と赤の二色刷りであれば、茶色の版、赤色の版の二回、布に印刷をする。
巨大ゴムヘラで版の上からインクを布に押し付ける
赤色の版で重ねて印刷
印刷の終わったのぼり旗は巻き取られ……
最後は温風でインクを乾かし、インクを布に定着させて完成
ゴムヘラにも工夫が
なぜこんなにゴムヘラがあるのか?
堀江さんがストックのゴムヘラを見せてくれた。
ーーこれはインクをシャーッとやるときに使うゴムヘラですよね?
「えぇ、そうです、これスキージーって言うんですけど、色ごとにわかれてるんですよ」
ーーどうしてですか?
「写真を印刷するときに、青は色が強くて、黄色は色がちょっと弱いんですよ、だから、黄色がちょっとやわらかい、青がちょっと硬いへらでインクを乗せるというふうに硬さが微妙に違うんです」
ーー(西村・林)あぁ~~
包丁の研ぎ師みたいに、スキージーを削る職人もいる
「これ、カドをきれいに出すのが職人の技なんですよ」
ーーえ? 削ってるんですか
「下に削る機械ありますよ」
ーー(西村・林)へぇ~~
感嘆しっぱなしである。
ICレコーダーをきき返すと、感嘆するだけして特に感想も言わないので、これがテレビの食レポートだったら確実にクビである。
ただ「あぁ~~」とか「へぇ~~」のタイミングはピッタリ合っていた。
手際よく切りそろえられて検品して出荷
のぼり旗の内容が印刷された布は、チェックしつつ上下を電熱線で焼き切るのだが、ここでハサミやカッターで切らないのには理由がある。
止まって見えるけど、ものすごい速さでチェックとカッティングを行なっている
カッターやハサミで布を切ると端っこの部分がどうしてもほつれてしまう。
しかし、電熱線やホットカッターで切ると、端っこが熱で固まっていちいちほつれ縫いする手間が省けるのだ。
そうか、ほつれ防止したいときは、焼き切ればいいのか! パカッと蒙が啓いた瞬間である。
チチの取り付けは主に女性が行う
チチの取り付けは主に女性が行なっている。この一文に他意はない。
細かな縫製作業は女性が行なっている
のぼり旗のポールに取り付ける部分の輪っかを「チチ」という。その部分を縫い付ける作業は、主に女性が行なっているということだ。
チチ取り付け専用のミシン。2秒ぐらいで一個着け終わってしまう
そして、検品され、完成したのぼり旗は、出荷を待つばかりとなる。
日本全国に散らばっていく予定ののぼり旗
以上、のぼり旗が出来るまでをひと通り見ていただいた。
オンデマンド印刷の可能性
シルクスクリーン印刷は、1枚作るのにも1000枚作るのにもかならず版が必要になるので、1枚、2枚程度だとかなり割高になってしまう。
しかし、堀江織物ではシルクスクリーン印刷だけではなく、画像データをそのままプリンタに出力し布に印刷するダイレクト印刷や、熱転写プリント(巨大なアイロンプリントみたいなもの)でのオンデマンド印刷も可能だ。
オンデマンド印刷の工場は堀江さんの弟さんが案内してくださった。
オンデマンド印刷は、写真をきれいに印刷することが得意だ。
サンプルとして見せてくださったカツ丼屋さんのカツ丼が、でかいくせにあまりにもリアルでビビった。
肉や野菜のテカリが尋常では無い
イソップ物語だと、腹の減ったバカが飛びつくレベルだ。
飛びついたバカ
シルクスクリーン印刷では、写真は遠くから見てもわかるように、わざと解像度を落として印刷することもあるそうなのだが、オンデマンド印刷ではその真逆を行っている。
ここで、堀江さんが「せっかくなので記念写真を印刷しましょう」と言ってiPhoneで写真をパシャリと一枚撮ってくれた。
よく把握せず撮られたスキだらけの写真
しばらくすると、熱転写シートをプリントするプリンターから巨大なぼくと林さんが出てきはじめた。
あ、これは
あわわわ……
顔色わるっ!
ぼくは完全に油断した表情で写っており、しかも、熱転写シートの顔色の悪さも手伝って、うんこを我慢しすぎて意識が飛んじゃったひとみたいに見える。
このシートを巨大なアイロンローラーに布と一緒に入れて布にこの写真を転写するのだ。
やけどや巻き込み事故に気をつけながら、でかいぼくらを印刷
顔色が良くなった!
顔がいちいちゆがむのでおもしろい
ずんずんでてきた
やったね!
iPhoneの写真でこのクオリティの印刷がしかも30分ほどでできてしまった。
オンデマンド印刷、恐るべし。
等身大自分の使い道を考えています
この等身大自分、使い道が思い浮かばない。
なんとか使い道を考えて活用したい。