四万温泉へとやってきた
自分にとっては幻のスマートボールを求めてやってきたのは、ひと山越えればもう新潟県という、群馬県の奥地にある四万温泉。四万と書いて、「しま」と読む。
ここの温泉は四万の病悩を治すといわれている霊泉だそうで、日帰り旅行だったが都合4か所も入浴したので、特に悪いところもないけれど、なにかがいつの間にか治っているはずだ。お得である。
さてスマートボールが楽しめるのは、落合橋から『千と千尋の神隠し』のイメージモデルの一つといわれている温泉宿の積善館へとつながる細い小道で、飲食店などが並ぶちょっとした繁華街になっている。昭和だ。
そこには、日本有数と思われる密度でスマートボール屋の看板が並んでいるが、残念ながら営業しているのは柳屋遊技場の一軒だけ。やっぱり今は平成だ。
空に掛かる四万グランドホテルの渡り廊下が気になる。まずはここを通り越して温泉でひと風呂浴びてこよう。
スマートボールの聖地、柳屋遊技場
とりあえず温泉に2か所入り、お腹もだいぶ減ったので、スマートボールの前に新蕎麦でも食べようかと街を散策していたのだが、場違いなユーミンのサインに引かれて、ラーメン屋へと入ってみた。
店主自慢のタンメンを食べて店を出てからもう一回サインを見直して、これはユーミンのサインではなく、「ゆうみん」という店へのサインであることに気が付いた。
タンメンはタンメンらしく、おいしかった。
そんなこんなで、改めて目的地である柳屋遊技場へとやってきた訳だが、これぞ古き良き温泉街の遊技場という、人情物語を感じさせてくれる場所だ。
まさに絵に書いたようなスマートボールのある遊技場。それっぽさが過ぎて、なんだか映画かドラマのセットのようだ。
NHKの朝ドラの舞台にどうでしょう。タイトルは「スマートな玉」。
これが現役の遊技場か
ガラガラガラっとガラスの引き戸を開けると、そこにはお目当てのスマートボールが中央に並び、その周りをパチンコ台とサイン色紙がぐるりと囲んでいた。
未だ現役で遊べるスマートボール屋というのは、私にとってだけではなくマスメディアにとってもキャッチーらしく、テレビや雑誌の取材なんかもよく来るそうだ。明日もどこかのテレビ局が来るらしい。
できればどこかに一泊して、夕方にでも浴衣でふらっと来たかったかな。
昼間で十分明るいのに、どこかうす暗く感じる、いい意味で淀んだ雰囲気。
中学生の頃に友達とゲームセンターに初めて入ったときのような、高校生の頃に彼女と映画館に入ったような(そんな経験ないけど)、初めて雑誌の袋とじを開いたような、そんな興奮を覚えた。なんとなく大人びた気分。
ってもう36歳なんだけどさ。
柳屋のフジコちゃんに話を聞く
この店を取材するにあたって、アポもなにもとらずにきたので、とりあえず店のおばちゃんにご挨拶をさせていただくと、店の写真なんか後でいいから、まずはお茶でも飲みなさいよと、かりんとうと梨が出てきた。友人の親戚の家にちょっと寄ったみたいな展開だ。
店内には、加山雄三、松田聖子、初期のモーニング娘。と、懐かしい曲からわりと新しい曲(といっても数年前か)までバラバラに流れていた。おばちゃんに聞いたら、有線のA-06というチャンネルで、お客さんに評判がいいそうだ。
今調べたら、「歌謡☆ヒットパレード」という番組で、昭和と平成のヒット・チャートを賑わせた歌謡曲をノンストップで放送しているらしい。いいチャンネルのセレクトだなと思った。
「あらやだ、かりんとうの後じゃ、梨が甘くないわよねー」
このおばちゃんは店のオーナーの京田二二子さんといって、二二子と書いて「ふじこ」と読む。四万温泉のフジコちゃん。御年74歳。
フジコちゃんは10代の頃、体が弱かったので、湯治を兼ねてこの店で働きだし、温泉パワーのおかげかそのまま元気に働き続けることができ、この店を前の店主から買い取って、現在に至る。
「困ったっていっても、誰も助けてくれないんだからさ、前向きに生きるしかないのよ」
この四万温泉には5つもスマートボール場があったのだが、今も営業しているのはこの一件のみ。
旅館の女将などから、ここが潰れたら温泉街全体が寂しくなるわと言われているので、体が動く限りは、這いつくばってでも営業を続けるそうだ。
ダイナミック!スマートボール!
お茶をいただきながら、おしんの不幸なんて目じゃないというフジコちゃんの波乱万丈な人生物語の一端を聞かせていただいたところで、そろそろスマートボールをやらせていただくことにした。
まずは500円で50個の玉を借りるのだが、その玉がスマートボール台のガラスの上をゴロゴロと落ちてきて、うわぁと声を上げるほど驚いた。
台を覆うガラスの内側じゃなく、その外側から落ちてくるのか。そこを転がる玉もガラスなので、ガラスとガラスが擦れたりぶつかったりするガッシャンガラガラという音が、すごくダイレクトに伝わってくる。なぜかはじめてのウォシュレット体験を思い出した。
動物園にいったら檻の外の動物が一斉に向かってきたような感じ。
台は斜めに設置されているので、玉が台の下に溜まる。昔は白い玉だったそうだが、今は生産中止になったので、この青い玉を使っているそうだ。
うん、この時点でもう楽しい。
スマートボール、名前のわりにダイナミック。今更ながらダイナミックボールに変えるべきだ。スマートフォンのアプリなんかでは味わえないリアルなぶつかり合いがここにはあるな。
お手元にスマフォがある人は、その上をチョコボールでも大豆でもいいから、ザラザラと液晶画面の上に落としてもらうと、この興奮が伝わるかもしれない。
みんなもスマフォからスマボに機種変更すればいいのに。何言ってんだ俺。
スマートボールの遊び方
さて肝心のスマートボールの遊び方だが、これはフジコちゃんが孫の手を差し棒代わりに使って教えてくれた。
「下手に狙わないで、無心で打った方が不思議と入るのよ」
台の上に溜まった玉が、右下にある発射台に自動装填されるオートマチックな仕組みなので、それを一発ずつ狙いをつけてはじけばいいだけ。連射は詰まる原因になるのでよろしくない。
台には数字の書かれた穴が開いており、そこに打った玉が入れば、その数字の数だけガラスの上から玉がガラガラと落ちてくる。玉が出てくる場所以外は(ここが肝心なのだが)、基本的にパチンコと一緒のようだ。
ガラスの下で、何十年も調整していないであろう釘が、打った玉をランダムに導いていく。
強くはじくと、左上に設置されたバネで跳ね返って落ちてくる。弱く打って直接落とすか、強く打って跳ね返りを使うか。
うまいこと穴に玉が入って、ガラスの上をガラガラと出てくるときのカタルシスが堪らない。
ガラガラガラー。
1発ずつを大切に打ち、その軌道を目で追っていく。だいたいは何箇所かの釘にはじかれながら、下まで落ちて消えていくが、見事穴に入れば、ガラスの上からガラガラと玉が落ちてくる。
いい、すごくいい。この玉の動き、なにか生き物の一生を、早送りで見ているみたいな感動がある。
ガラガラガラと玉が出てくるのは、何回体験しても、そのたびに楽しい!産卵っぽいなと思った。
スマートボール、堪能させていただきました
なんだろう、この楽しさは。時代をランダムに駆け巡る懐かしい曲が流れる有線を聞きながら、夢中になって玉をはじいていく。狙い通りの軌道を描いて玉が穴に入ると、俺って実は超能力でも使えるんじゃないかという錯覚に陥る。
私にスマートボールの才能があるのか、座った台がたまたま緩かったのか、玉はどんどん増えていった。
台が見えなくなるまで玉を貯めたいが、その前に玉を入れ物に移すようにフジコちゃんから指導が入った。
夢中になる男二人。俺の勝ちー!
ほとんどの場合は玉を使いきって終了となるのだが、玉をたくさん出すことができれば、店の雰囲気そのものの昭和っぽい景品と交換することができる。私は結構出すことができたので、試しに交換してもらうことにした。
交換レートはよくわからないが(たぶん決まっていない)、フジコちゃんにセレクト任せたら、自分が着ていた服と同じ緑色の熊の人形をいただいた。
街のパチンコ屋のように、客が儲けを狙って遊ぶ場ではないので、景品に関して云々をいうのは野暮ですね。それにしても大人の駄菓子屋みたいな品揃えだ。
スマートボールで1時間たっぷりと遊ばせていただき、また違う温泉に二か所入って、四万温泉を後にした。
やってよかった、スマートボール
なんとなく存在を知ってはいたけれど、やったことのなかったスマートボールだが、電気仕掛けや液晶モニタでは味わえない、アナログな刺激がたっぷりだった。
フジコちゃんが元気なうちに、また来たいと思う。たぶん向こうは私のことを忘れていると思うので、そしたら「はじめてなんですけれど、どうやるんですか?」と、また孫の手で教えてもらうんだ。
この蝶々、やっぱりスマートボールのアレなのだろうか。
柳屋遊戯場
住所/群馬県吾妻郡中之条町四万4145
電話番号/0279-64-2520
営業時間/10:00~21:00(早じまいの場合あり)
定休日/木曜日(祝日の場合営業)