製造業のイメージが一新されます
前述のコマ大会で優勝したのがこちら「株式会社由紀精密」。看板からしてソリッドな魅力であふれている。
触ると切れそうな看板。
由紀精密は主に金属の精密加工を行っている会社。いわゆる「町工場」という雰囲気ではなく、なにかの「研究所」みたいな印象を受けた。
金属加工の精鋭、高木さん(左)、八木さん(右)。
この二人が作りあげ、見事大会で優勝したコマがこちらである。
優勝した精密コマ。無駄のないシェイプ、鈍色の金属がかっこいい。
言ってしまえば飾りっ気のないコマだ。だけど回すとすごい。
由紀精密では大会で回したこのコマと同じ形状の、二回りくらい小さいタイプのものを一般向けに販売している。
「コマ大会のあと、コマの注文が殺到しまして。いま、えーっと、1000件くらい入ってるんじゃないでしょうか。作れるのが1日せいぜい100個くらいなので、待ってもらってる状態ですね。」
これが市販品。大会に出たコマをダウンサイジングして材料をステンレスに変えたもの。
ぱっと見止まっているようにしか見えない。
市販サイズのコマもとにかくよく回る。小さいので指先でつまんで指を鳴らすときのようにして放つと、うなりを上げながら回り、回転軸が安定するとピタリと静止するのだ。
もちろん実際には静止していない。回転が速すぎて回っているのに止まっているように見えるのだ。いわく「3分以上回る」のだとか。
やっぱり作るのたいへんなんだろうか。
「手作業の部分がありますからね。たとえば持ち手のローレット(ギザギザの加工)は最近まで社長が入れていました。」
このギザギザ、社長作。
このコマが一個840円である。
コマを削る機械は1台だけなので、コマの人気が他の製品の製造に影響を与えることはないらしいのだけれど、それにしてもこの精度の製品をこの値段で販売していて儲けはあるのだろうか。
「ステンレスの削りだし、って製品としてそんなに多くないんです。材料が高いから削って粉を出すのがもったいないですからね。でも削りだしじゃないと精度が出せないから削りだしてるわけなんですけど。」
ずばり製造コストに数百円かかっている製品を840円で売るっているのだそうな、社長がギザギザ付けて。
「ええ、まさかこうなるとは思っていなかったので、この売値を付けたんですが…」と言っていた。
これが今回の大会に出たコマたち。
優勝すると全部もらえる
ところで前述のコマ大会、おもしろいところというか怖いところというか、優勝したチームは出場したコマを全部もらえるのだという。
というわけで優勝した由紀精密さんには、いま出場21チームの全コマが揃っている。
--これで他社のコマの研究ができちゃいますよね
「ええ。でも今年でだいたい勝ち方というか、強いコマの特徴がばれちゃいましたからね。来年は規格が変るかもしれないですね。」
中でも強かったのがこの4つ。形も材質もさまざまです。
これが由紀精密の優勝コマ。よく覚えておいて下さい。
コマ大会は円形の土俵の上で行う。1対1で計2つ、同時に回して長く回っていた方が勝ちとなる。
土俵はすり鉢状になっているため、コマはおのずと真ん中に集まり、ぶつかり合う。その時に相手をはじき出してもいいし、敵をかわして回り続ける作戦でもいい。
大会に出られるコマの規格は直径だけ。他社のコマを見比べると、その形の裏にいろいろな戦略が見てとれた。
A社のコマ。あくまで低重心にこだわったシェイプ。持ち手にもこだわりが見られる。
普通に考えると重心が低いコマが有利だと思う。それは由紀精密のみなさんもそう言っていた。しかし中には性能よりも個性で勝負してくる会社もある。
バネ会社であるB社製のコマ。宇宙っぽい個性的なシェイプの中にも中段にバネ業界の主張が見える作品。
「チタン屋さん」C社の作品。重心の位置が変っていて、なんと回すとひっくりかえって回る。
見た目で戦意を感じるD社製。ただ、思惑は外れあまり強くなかったらしい。
重ければいいってもんじゃない
「重ければいい、というのであればプラチナとか金を使うのが一番なんですよ」と。
加工できる金属の中で最も重いのはプラチナ、金のあたりらしいので、重さを追求するならこれらを使うことになる
「でも負けたら取られちゃうじゃないですか。そうなると高い金属は使えないんですよね」
そうだった…、取られちゃうんだ。
このくらいのサイズのプラチナのかたまりとなると、負けて取られるにはダメージがでかすぎる。というわけで由紀精密チームは一般的に使われる材料の中でも比重の重い銅とタングステンの合金を選んだ。
一見単純な形状の優勝コマの中にも、よく見ると勝つためのこだわりが随所にある。例えば土俵と接する点には滑りをよくするために別の部材を組み込んであったりする。
先端に滑りの良い素材を埋め込んでいる。ほんと細かい。
土俵と接する面(というか点)は小さければ小さいほど摩擦が少なくて有利かと思われた。しかし作ってみるとそんな単純ではなかった。
「コマ自体が重いでしょう、鋭すぎると刺さっちゃって逆に回らないんですよ」
加工が鋭すぎて土俵に刺さるのだ。そうか、そこまで考えていなかった。
他社のコマにもやはり先端に工夫が見られる。
まさに工夫のかたまりのようなこの精密コマ、どんな工場で作られているんだろう。現場を見せてもらった。
潜入、コマ工場
コマ作りの現場を見せてもらえることに。実際に市販されているコマを削っているという八木さんに案内してもらった。
油の匂い、機械の作動音。工場ってどうしてこんなにワクワクするんだろう。
並ぶさまざまな材料。ニッケル、ステンレス、銅など。素材によって色が違う。
この白いマシーンが小さな材料を削る機械。あのコマもこれで作っています。
この工場ではコマ以外にも(というかコマはほんの趣味程度)レーシングバイクの部品だとか航空機の部品なんかも作っている。最初にも書いたが、昔ながらの工場という雰囲気ではなく、ものすごく整備された研究施設のような雰囲気。工場内は明るくて整然としている。
制作中のコマを一つ。
まだ持ち手のギザギザ(ローレット)が入っていません。
コマを削っている八木さんも、普段は航空機の燃料など液体が流れるパイプの継ぎ手なんかを削っていると言っていた。航空機の部品を削ることが出来る資格のある工場は国内に300もないという。これから飛行機に乗る度に八木さんを思い出すと思う。
試作の数は100以上
今回のコマ大会に向けて、仕事の合間にコマの制作をしたのが先ほどの高木さんと八木さん。年明けから話はあったのだが、本腰いれて作り始めたのは大会の2週間ほど前からとか。
今回の大会のために作られた試作品たち。
「0.1ミリ単位で持ち手を長くしてみたり本体の厚みを変えたりしましたね。設計にはCAD(コンピューターで設計するソフト)を使っています」
満足いく形に追い込むまでに、合計100個以上の試作品を作ったという。
執念というか愛情というか。わが子を見つめる眼差しですな。
「試作の段階ではずいぶんいろいろ作りましたよ。たとえばこんなのとか」
周囲にベアリングがはめてある。
「ベアリングで敵の攻撃をかわせるかと思ったんですが、軽くて逆にはねとばされちゃいました」
こちらも試作品から
軽量高回転型。
グリップが細ければ高回転型、太ければトルク(回転力)が増すのだという。
「その中間の、両方の良いところが出るサイズを作りながら詰めていったんです。本体の厚みも少しずつ変えてバランスのいいところを探しました。」
なにげなく「おもしろいですね!」とか言っていたコマがなんだかものすごく貴重なものに見えてきた。テクノロジーと経験と地道な調整作業、コマはこれら職人技の結晶なのだ。
おもむろに包丁があったのでなにか加工に使う物かと思って聞いてみると「材料を止めているヒモを切るため」とのことだった。
コマ専門店じゃないです
ここまでコマの話しかしていないが、由紀精密はもちろんコマの会社ではない。「60年前にネジ屋から始まった」という工場は、今では国内でも難しいとされる金属の難加工を中心に請け負う会社に成長している。特に製品に信頼性が求められるもの、たとえば医療機器の部品とか航空機、防衛関係のさまざまな加工を手がける。
「戦闘機なんかが墜落する直前にすぽーんって脱出するイスがあるじゃないですか。あの時押すボタンもうちが削ってます」
ものすごく大切な部品である。
これもすごかった。虫型機械である。
「これ一台でベンツ買える」らしいです。ひょえー。
複雑な制御を使わないで昆虫の歩き方の仕組みを再現したロボット「Phasma」。動いているところを動画で見せてもらったが、すごくコミカルで素早くて、なんというかええっと
「通称ゴキブリロボットですね」
そう、ベンツの価格のロボットに対して言っていいのか迷っていたのだけれど、動きがゴキブリそっくりなのだ。
全てのパーツが塊からの削りだし。6方向から削っていると言っていた。もうわけがわからない。
高い技術力を誇ることは精度の必要な受注を取ることにつながるのだという。
「うちの会社には営業職がいないんですよ、かわりにこういう難しい加工品を削ってはwebページにいろいろ載せています」
由紀精密のホームページは
こちら。未来っぽい作品がたくさん載っています。
これは金属の棒にギリギリの精度で穴を開けまくったもの。
その後さらに90度回して同じように開けまくるとこのような蜂の巣構造になる。もう神業だ。
これも削りだし部品。見えるだろうか。
これ。
さらに拡大。
「これは内径0.3の管に0.2ミリのミゾが掘ってありまして…」
もう、怖い。ノミみたいだけれど、金属を削りだした部品なのだ。電気接点などに使う部品。
すでに由紀精密に就職したくなっている人も多いかと思うが、次でとどめを差したい。
これである。
ばーん。
超精度どーん!
これはなんですか。
「9月にロシアから打上げる予定の気象衛星です。いままさに作っている最中です。」
この衛星、一片が27センチの小型の衛星で、中身から外装まで、パーツ類を丸ごと由紀精密で作っているのだとか。
コマから人工衛星まで。こうなってくると、もう削れないものはないのかもしれない。
「次に作りたい物のアイデアはたくさんあるんですけどね、手が足らないので順番待ちの状態です」
と言っていた。これからが楽しみである。
コマ、奥が深かったです
子どもの頃から遊んできたコマだが、大人が本気で作るとこのくらい回るものができるのだ、と感心した。いつか精度が高すぎて崩れないジェンガとか作ってもらいたいものです。