壺川駅ホーム、売店などはない
どこに売っているのか?
那覇空港と首里をむすぶゆいレールは全長12.9km。全部乗ったとしても27分。
弁当が買える壺川駅は空港から5番目にあり、ここから長い方に乗ったとしてもお弁当タイムは20分を切る。
降りてみるとホームに売店がない。改札付近にもなければ出口にもない。どこで買うのか?
そもそも本当に駅弁なんてあるのだろうか?
あそこだ。あれははたして駅前なんだろうか?
駅から300m離れている
駅弁が売られているのは駅から300m離れたお店。
遠いよな、変わってるよな、と思いながらほちほちと歩く。台風が上陸しそうで風がすさまじい。
時折、強風に驚いて、おおお、と唸り声を上げる。
果たしてこの咆哮がこれから駅弁を買おうという人が上げる声なのだろうか。虎退治に来た人のそれが近いのではないだろうか。
壷川直売店さかなさん。さかなさんって言葉に違和感が。
今から作ります
駅弁が売られているのはここ壷川直売店さかなというお店。入ると中は小さな定食屋さんのようだった。
駅弁ありますか?と聞いてみると、ごめん、今から作るね、とお店のお母さんは弁当を作り始めた。
駅弁ってこんなシステムだっけ?という思いもあるが、中にはそういうとこもあるかもしれない。
天ぷらはスナック
お店の中には80円の天ぷらが置いてあった。「食べましょうよ」と同行してくれたデイリーポータルZ編集部の安藤さんが誘う。
「沖縄で天ぷらはスナック感覚なんですよ。こうやって待ってる間とか、外歩きながら食べたりとか」と沖縄に住んでいた安藤さんが説明してくれた。
なるほど、そういうものかと思う反面どこか腑に落ちない気もする。
人類が追い求めてきたものがこれか
天ぷらをかじるとぼえぼえした。だがこのぼえぼえは懐かしい。スーパーで買ってきたちょっと衣大きめのお惣菜をつまみぐいしたときのあれだ。
そして、ここで先ほどの違和感の正体がわかった。もう、腹が満足してきてるのだ。
店のお母さんが待たせてごめんね、と天ぷらをさらに2ヶサービスしてくれた。
そういえば腹が満ちるって長い間人類が追ってきた夢なのだ。80円のスナックで夢を叶えてしまっていいのかという疑問がある。
壺川駅前弁当800円。200円台もざらにあるという沖縄弁当界において破格である。
お弁当としてはかなり高級
お弁当の価格は800円。「沖縄のお弁当としてはかなり高級」という安藤さん。
安藤さんはかつて沖縄でカフェを経営していた時、隣りの弁当屋が200円台で弁当を売ってたため、ランチ営業をあきらめた苦い過去がある。
そんなわけでこの安藤さんが沖縄の弁当について言及するとき、その背後にはある種の真剣さが垣間見える。
見えるけど、こちらは「ふ~ん」としか言いようがないのがかわいそうなところだ。
汗かく駅弁もあるんじゃないか
壺川駅と隣りの旭橋駅の間の地点にあるので、旭橋まで歩いてみた。蒸し暑くちょっと歩くだけでも汗が吹く。
駅弁ってこんなに汗かいて買い求めるものなんだっけ?と思ったが、私はそれほど駅弁のことを知らなかった。
車窓からいつまでも駅弁が売られてるなと思ったらパーマンが手伝ってたりするそんな世界なのだ。売り方はなんでもいい。
車内で弁当をつつければそれはもう駅弁なのだ。
でもそうだよな、モノレールで弁当食わないよな
ホームのイスに座って食べた
モノレールだった
平日のお昼時のモノレールはほどよく混んでいて、旅情どころか思いっきり日常だった。
席だってふつうの長椅子なのであきらめた。
仕方なくモノレールのホームで駅弁を食べる。果たしてこれは駅弁なのだろうか。隣では女子高生が風で携帯をすっ飛ばされていた。
中南米文学みたいな日常だなと思いながら駅弁の蓋を開けた。
駅弁の中身は、生魚。魔法にかかったような日常が続く。
生魚使っちゃったんだ
なんと驚いたことに、刺身が入っている。ヅケにしたイラブチャーだそうだ。
季節によって入る魚は変わるが、このヅケの魚と海ぶどうと天ぷら、この構成は変わらないという。
でもちゃんと地方色豊かだし美味しそう。そういう意味ではきちんとした駅弁である。
酢飯とヅケにされたイラブチャー、海ぶどうに天ぷらがイカ、白身、もずくの3種入
暑い沖縄でよくやった
駅弁に刺身が入ってるものは少ない。検索で調べたところ、他は高知のかつおたたき弁当というのがあった。それにしたって、ごく一部の売店で冷蔵保存し、保冷剤付きで販売しているそうだ。
この暑い沖縄でどれくらいこの弁当がもつのだろうか。ほんのりとドキドキするこの気持ち。否定していてもなんなので、好意的にとらえれば、そうだ、恋かもしれない。
うん、恋じゃないとは限らない。だったら恋かもしれない。一握りのロマンスにかけてみる、それが男のロマンというものではないだろうか。
いや、恋かこれ。食あたりと恋とを混同した新種の変態ではないのか。
これが駅弁であることを忘れさせてくれる「生」っぷり
鯛のヅケ丼のようだ
イラブチャーというのはブダイのこと。鯛ではないそうだが、白身のうまい刺身だった。
皮の部分が海苔のような色でなじみがない。安藤さんに「これ青いやつですよ」と言われてみて思い当たった。極彩色のあれだ。
イラブチャーを後日市場で見てびっくりした。「高級魚ですよ」と安藤さんは言うが、また魔法だ。
沖縄らしさもあり、味も良いのだ
沖縄のヅケは甘く、濃く、汗をかく風土によく合っている気がした。
苦いゴーヤにしてもヤギ汁にしても沖縄のものを沖縄で食べると本当にうまい。缶詰のポークさえ美味い気がする。この弁当の海ぶどうなんて本当にそうだ。
こんなに新鮮な海ぶどう初めて食べた。それも駅弁で。
「この鮮度(笑)!」と吹き出してしまいそうになるほどの違和感。
こんなに新鮮な海ぶどうを…
東京で食ったそれと比べて沖縄の海ぶどうってこんなにちゃんとしたものなのか。
バチバチの食感と口腔内に充満する磯の香り、なるほどこれは海草なんだと初めて認識できた。海ぶどうっておいしいものですね。
と、そんな海の食べ物に対する真摯な考え改めをなぜモノレールのベンチでしているのだろう。
要るのか?駅弁にこの鮮度要るのか?と問いながら箸を運び続ける。
あ、あの天ぷらだ
知ってる
そして最後は天ぷら。イカに白身魚、もずくが入った天ぷらであり、どこか既視感がある。
天ぷらをスナックにすべきではないという理由がここでもまた一つ見つかった気がした。
あのおばちゃんも自分で天ぷら入れておきながらなぜ天ぷらをサービスしたのだろう。いや、サービスなのだ、そんなこと言うべきでない。
これはデジャヴだ。疲れていたのかもしれない。沖縄は蒸し暑く、後頭部がぼうっとしている。
お母さんが天ぷらを駅弁にぽいぽい入れてたからな
このまま独自の進化を遂げてほしい
さすが沖縄での800円弁当だけあって、ボリュームもあった。安藤さんと二人分の昼食がこれで済んでしまった。
いや、正しくは、お店での天ぷらと合わせて、だ。どうしてあんなボリュームのあるもの間食するんだろう。
しかしまあ、おもしろかった。
天ぷら、さしみ、驚異的な海草の鮮度、駅から遠い、電車で食べられない‥‥遠く離れた沖縄の駅弁はつくづく変わっていた。魔法にかかったような日常がそこにあった。
モノレールという先端の技術と魔法のような日常が隣り合わせなのだから沖縄はおもしろい。
駅弁は沖縄にはここしかないのだから、これが正統で標準なのだ。全国的な標準など忘れて、独自の進化をこれからも遂げてほしい。