こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。最近の悩みは、缶コーヒーの種類が多すぎて選べないことです。
Web春秋での読書ガイド連載が終わり、『ザ・世のなか力』としてまとめて単行本化されてからすいぶんと経ちました。先日、おもしろい本を読みましたので、しばらくぶりで紹介したいと思います。
岡檀さんの『生き心地の良い町』(講談社)。
変わったお名前のかたですが、おかまゆみさんと読むそうです。檀蜜のパチモンとかそういうイロモノ系の人ではありません。
自殺率がとても低いことで知られる徳島県の海部町。全国ランキングだと8位ですが、上位七位はすべて島なので、本土だけならトップです。
その町の自殺率がなぜ低いのかを、長年にわたって研究した成果をまとめた本なんです。その分析結果は、世間の通説を覆すものになっています。理想のコミュニティとはいったいなんなのだろうと、考えさせられます。
この町が海沿いの平地にあるという地理的な要因もあるそうです。けわしい山間部では各戸が孤立してしまい、助け合うことがむずかしくなり、自殺率も上がるんです。
この点だけを見ると、従来からいわれてきた、助けあいや絆の重要性、なんて紋切り型のキーワードで片付けられてしまいそうです。しかし、そこに落とし穴があります。
通説を疑え、思考停止に気をつけろというのが学問の鉄則です(守ってない学者が多いよね)。岡さんはこの鉄則に立ち帰り、実際の住民に聞き取り調査を行い、住民気質のようなものを割り出すという、社会学的な検証をやったんです。
その結果、自殺率が極端に低いこの町の住民には、特徴的な気質があることがわかりました。
特徴はいくつかあるので、詳しくは本を読んでいただきたいのですが、重要な要素のひとつが、個人の自由と多様性の尊重なんです。ひとはひと、自分は自分。いろんな人がいるのがあたりまえ。いろんな人がいたほうがいい、と考えます。
多くの田舎町では、住民の均一性・同一性を重視します。たとえば共同募金とかをお願いされると、他の人はいくら出したか? というのを気にして、横並びで出そうとする傾向が強いのです。
ところが海部町の人たちは、他人のことなど気にしません。共同募金なんてわけのわからんものにはカネは出さん、という人が多い。でもケチではないんです。自分が納得したものには、大金を寄付したりします。たとえば祭りのだんじりの修理とか。
日本では、田舎ばかりではなく都会でも、町内会みたいな組織では一部の老人グループが幅をきかせているのが普通です。彼らは、人と人のつながりや絆を大切にしよう、とかなんとかいうけれど、実際には、若者や新入り住民の意見など、一顧だにしません。絆ではなく、支配です。
彼ら町の顔役は、自分たちの価値観ややりかたを他の住民にゴリ押ししようとします。よそ者、変わり者、はみ出し者や、異論を述べる者は町の平和を乱す要素とみなし、敵意と不信に満ちた視線を送るのです。
海部町では、町の寄り合いや青年団みたいな組織でも、個人の意見が重視されます。
先輩後輩や年齢による上下関係みたいな縛りが非常に希薄なのだそうです。年長者だからといって威張らない。町の寄り合いで若者や新入りが遠慮してなにも意見をいわないと、逆に怒られるのだとか。
私はかねがね、多くの日本人が民主主義のなんたるかをまったくわかっていないことにがっかりし、かつ、あきれてきましたが、こんな地方の小さな町に、ホンモノの民主主義が存在していたことに感心しました。
そう、海部町がやってるのは、べつに特別なことではありません。ホンモノの民主主義。ただそれだけなんです。
他人の個性や価値観のちがいを認め、自由を尊重しつつ、他人とつながるのが本来の民主主義のありかたです。他人に必要以上に干渉しない、けど無視することもない。そのゆるいつながりは、居心地のいい社会と人間関係を生むはずなんです。
生き心地の良い町という表現は、言い得て妙ですね。多くの日本の地域社会が、それに逆行しているのは、とても残念なことです。
[ 2013/09/28 22:22 ]
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