おおきく振りかぶって 第25話おおきく振りかぶって第25話 ひとつ勝って 三星中学で高等部に行かないと決めた三橋。 「お前、本当に高等部行かねえのかよ?」 「―うん…」 「埼玉でも野球やるんだろ?辞めんなよ。絶対野球部は入れよ。お前が今までやってたのは違うんだよ、今辞めちゃダメだから!!」 「…ぅ…」 『野球は辞めなかった。けど、俺、全然中学と変わっていない。投げらんねえなら替われって言われてもマウンド降りらんなかった。修ちゃんは先輩に混じって投げたんでしょ。自分が投げていいのかって思わなかった?』 桐青戦の翌日、球技大会中の阿部は、三橋と同じクラスの泉を呼び止め、三橋について尋ねる。 「泉」 「おぉ。田島、阿部だぞ」 「三橋、来た?」 「来ねえ、今日は休みだって」 「俺、もうサッカー負けたから昼休みちょっと三橋ん家行ってくるわ」 「1人で?」 「いや、花井も。何か渡すもんあるってっから」 「阿部も昼、三橋ん家行くの?」 「『も』って何だよ」 「俺も食いに行くよ」 「食いに行くって何?」 「今日はカレーだもんな、飯炊いとけって言った?」 「飯!?」 「だから4人行ったら足んねえかもだろ」 「4人って何だよ、4人って」 「あ、田島が朝、三橋にメールして、三橋の昼がカレーだっつーんで俺ら食いに行こうって言ってたんだよ」 「メール返ってきた?」 「来たよ、今日はカレーだよ。阿部ってすぐ怒るよな」 「あのさ、お前らクラスで何、話してる?」 「は?」 「休み時間とか」 「はーいはい、休み時間は早弁してる。昼は残った弁当食って、もう無くなってる時は悲しくなる。あぁ、今日も食っちゃったんだよな…。だって勝利のお祝いで俺の好きなもんばっかだったんだもん。くっはー、美味ぇ!!」 「泉は三橋と何、話してんの?」 「田島と同じ。食いもんねえ時は寝てるしな。お前らだってそうだろ?」 「うーん、そうだな…大体はな」 「もうカレーに行っちゃおうか、猛烈に腹へってきたぞ」 「オメーは浜田の応援行く所だろうが」 「あぁ、やべ、そうだった」 体育館でバスケの試合をしている浜田の応援にやって来た田島、泉、阿部。 《三橋も明日から色んな人に褒めてもらえてちょっとは自信持つかもな。あ、いや、いつも通りキモくビクつくだけか。あれ、無性に腹立つよな。田島とかと普通に喋んのに。そういや、俺にメール返してこねえしよ。あれ、ひょっとして俺、嫌われてる…?いやいや、三橋はよく分かんねえ》 三橋は試合の疲れから、高熱を出しベッドで寝込んでいた。 今日は授業もなく、一日球技大会ということもあって、母の計らいから三橋は学校を休むことにする。 三橋は今まで体験したことのない、だるさと疲労感で辛い思いをしていたが、西浦野球部の皆に昨日の試合のことで咎められるのではないかという懸念から、顔を合わせるのが怖かったため安堵もしていた。 《た、田島君かな…?》 メールが届いたので阿部からだったらどうしようと顔を青ざめながら携帯を手に取る三橋。 《あ、ルリ》 『勝ったこと、叶に言った?私、言おうか?』 自分で言うとメールを打ち返す三橋に再び、メールが届く。 ルリの返信が早いと思いながら見ると、阿部からのメールだった。 《ど、ど、どうしよう…。さっきのメールもまだ返してないのに…。マウンド、降りなかったことだ。代われって言われたのに…代わらないで沖君にも花井君にも俺…今度のメールには何て…》 怯えながらタオルケットを頭から被っていた三橋は恐る恐るメールを見ます。 『昼にオレと 花井も行く』 その簡潔なメールを見た三橋は主将を連れて怒りに来るのかと思ってしまう。 《当たり前だ、公式戦であんな勝手して…。折角今まで嫌われてなかったかもしれない…のに…》 そんなことを思ってると、ピンポンとインターホンが鳴ります。 何度も押す田島を注意する泉。 阿部は携帯で電話すると、携帯を持ちながらあまり顔色の良くない三橋が田島、泉、花井、阿部を出迎えます。 「スゲー具合悪そうだな」 「え、別に…」 「お、そうだ、今日朝、期末返ってきたぞ。俺も三橋も赤点はなかったぜ」 「良かったな」 「カレーいっぱいあるよ…」 《フラフラしてんな…。思ったより、疲れ残ってっか?》 「三橋、起きてから体重計乗ったか?」 「う…」 「毎日チェックしろっつってんだろ!!カレー食う前に測ってこいよ」 《阿部は威張ってるな》 カレーの鍋をかき混ぜる田島は幸せそうです。 「田島、右手痛ぇのか?」 「あぁ、ちょびっとな」 「混ぜんの代わる。左手じゃ怖ぇ、シップしとけよ」 「ど、どうしたの?怪我!?」 「おぉ、三橋。それがさ、昨日の最後の打席でな」 「な~んか無理やり振ったみてえなんだ」 「最後…決勝打…」 「そうそう、あれは滅茶苦茶気持ちかったぁ」 《気持ちかったじゃねえよ。グリップずらすとか普通やんねえぞ。でも、あれがなきゃ負けてたか》 「三橋は痛ぇとこないの?転んだだろ?」 「俺、平気」 「三橋、何kgだった?」 「え、50…kg」 「50kg!?テメー3kgも減ってるじゃねえか!!」 《あ、こうやって怒鳴るから俺…嫌われて…。いや、普通に話そう。こいつが好きなのは食いもんの話》 怯えてしゃがんで頭を抱えている三橋に普通に話しかけようとする阿部。 「おい、昨日は何食った?」 《いつも聞かれないことを聞かれる→何か原因があるぞ→あ、きっと食べちゃいけないもの食べたんだ…》 震える三橋はごめんなさいと言うのだった。 「はぁ!?」 カレーが温まり、皿の用意をする三橋、 「アイツ見てるとたまにぶん殴りたくなんのは俺だけ…!?」 「いーや」 《でも、コイツ誰かを嫌うってこと全然ないんだよ。そこが分かってると何とか耐えられる》 「た、卵6個ある」 「「おぉ!!」」 「2個ずつた、食べようか…」 《耐えてるな…》 「あぁ、三橋。これ、うちの親から三橋の親へ」 西浦の試合のことが書かれた新聞と、高校野球関連のTVを録画したDVDのようです。 各々お弁当やカレーを食べ始めます。 《食欲はあるな。3kgは怖ぇぞ。明日っからこいつのおにぎり倍にしてもらうか》 高校野球の結果報道で、武蔵野は勝ち上がったので凄いと思う三橋。 「別に順当だろ、Cシードだぞ」 「だ…」 「だ?」 「だって…お、俺達もか、勝ったでしょ?」 「そうだよな。シードったって順当の一言じゃ片付かねえよな」 「昨日、反省会で話したんだけど三橋は何でうちが勝てたと思ってる?」 「え…あ、の…皆が打って…あの…」 《点が入ったから勝った。俺は…4点取られた。試合中、阿部君にすごく怒られた。投げられなくなってもマウンド降りなかった…。俺はこのチームで…ホントのエースになろうと思ったのに…のに…全然…全然変わってない…》 俯いている三橋を睨んでいる阿部。 「下向いてる奴睨んでんなよ、お前が不憫だ」 お弁当だけでは足りないのでカレーを食べようとする花井とカレーのおかわりをする田島。 《昨日の試合、9回裏を迎えた時、三橋が投げるんならきっと精一杯の球だと思ったんだ。それで打たれんなら文句ねえってそのまんま怒鳴ったら…何も嘘はねえ。けど、あんな事は当たり前のことだ。俺は今まで後ろ守ったどの投手にも尊敬みたいなもの感じてたし、バックが投手に声かけるの当たり前なのに、三橋はいちいち特別なことみたいにビクついて…。何つうか、そういうのが凄くムカつく。その他にも色々細かくムカつく。小さくなって食ってんのとか。阿部がキレてなきゃ俺がキレてた場面いっぱいあった。中学で会ってたら俺は間違いなくいじめ側になってたな。良かった、出会いが高校で》 「何で三橋は西浦にしたの?」 《唐突、でも答えるぞ》 「お、お母さんの学校、だからだよ」 《お母さんの?》 「へぇ~、おばさん西浦出身なんだ」 《あぁ…》 「そいで、自転車と制服」 《えぇーっと…》 「交通費と制服代なしはうちも言われた。西浦は安上がりだよな」 《よく分かるよな》 「うち、お金ないみたい…。三星ただだから西浦だけいいって」 《西浦落ちたら三星ってことか》 《金ないわけないじゃんか。三星行かせる為の方便だろ》 「評定×だったから俺、すっごく勉強した」 《三橋がすっごい勉強を!?》 《よっぽど三星を出たかったんだな》 「あ、そうだ。田島は?」 「俺?俺、近いから」 「チャリ通圏内にも誘い来た高校あったんじゃねえの?金だって授業料免除とかさ」 《そこまでの奴なの?》 「いや、それが河川敷で練習してたら、うちのひい爺倒れてね」 「ひいじい…」 「ちゃん…?」 「俺、練習終わって留守電聞いて、慌てて電話したけど、皆病院行ってて繋がんないの」 「あぁ、病院て電源切るもんな」 「んで、家帰ってもだ~れもいなくてさ、もう怖くて怖くてスッゲー怖かったんだよ。親戚も皆病院行ってたんだぜ。しかも飯食ってきて、帰って来たの夜10時!!俺のこと完璧忘れてんの!!まさかいないだなんって思わなかったんだってさ。大家族も考えもんだよ」 「えっと…ひいじいは?」 「元気だよ。でもマジ年だしさ、ジジババもいるしさ、西浦にいればうちに救急車来たら分かるだろ?」 「それでなのかよ」 「これで、3年間は安心じゃん」 まだおかわりしようと立ち上がる田島。 《大家族ありがとうー!!》 「ちゃんと理由あんだな。俺なんか単にレベルと通いやすさで選んだぜ」 「俺はグラウンドも見てから決めたよ」 「俺も」 「何だよ」 「阿部は春休みも栄口と来てたんだろ?」 「春休みは俺が誘ってな。下見は1人でだよ」 「中学からの友達じゃないのか?」 「シニアで顔は知ってたけど、クラス一緒になったことねえんだよ。受験の日に初めてちゃんと喋った。そしたら、アイツうんこばっかしてさ」 《皆、楽しそう。俺、なるべく大人しく…》 「三橋、TV聞いてみ」 西浦高校の試合結果が放送され、自分の名前がTVで流れたのでビクつきます。 《俺は打たれたのにたまたまTVで名前言われて…スゲー嫌な奴。そだ、皆今日俺を怒りに来たんだから大人しくしてたってダメなんだ。折角、皆楽しそうだったのに…ぅ…俺がいたら楽しくなくなる…ぅ…》 阿部は弁当を食べ終わり、カレーも食べることにします。 「お、泣いた」 「何で!?俺、何か言った!?」 《泣くと余計ウザがられる》 「何で泣いてんの?」 《言われる前に…》 自分からマウンドを降りなかったことを土下座して謝る三橋。 「あれは嘘だよ。んなことより、バックホーム躊躇したことの方を気にしろよ」 「ごめんなさい…」 「もうぜってぇすんなよ、俺も傷つくからさ」 「ご、ごめんなさい…」 「まぁ、分かりゃいいよ」 《何がそんなに悪いのか、こいつは多分分かってないだろうけど悪いって事は分かったみてえだから今はそれでいいや》 「メール…昨日のメールについてって…」 「あぁ、あれは昨日ダウンもしないで帰ったからどうしたかと思って。つうか、そのメール見てんじゃねえか!!何で俺には返信しないんだよ!?」 阿部にグリグリ攻撃されてしまう三橋。 「おこ…怒られると…」 「怒らねえよ!!食ったらストレッチすんぞ」 《それは怒ってんじゃねえのかよ…》 「阿部ってマッサージはできねえの?ちっと揉んでやったらよくね?三橋、体重いんだろ?」 「史郎とが筋肉触んなってこないだシガポに言われたんだよな。今日来れそうなら来てもらおう。無理だったらマッサージに行けよ」 「行ったことない…」 「俺、医者行くから一緒に行こうぜ。すぐ傍だからさ」 「あ、行く!!」 「どこ?」 「サイトー」 「あそこ待たねえ?」 「一緒…」 「三橋、昨日の反省会のノートしのーかがコピーくれたから見てみ」 泉からコピーを受け取った三橋は総評のところを恐る恐る開いて見ます。 『三橋はよく投げた』(泉) 『投手はよく頑張ってくれた』(栄口) 『三橋は途中崩れかけたのによくもった』(巣山) 『野球のことを沢山学べた。三橋をはじめ、皆凄かった』(西広) 『三橋は初めから飛ばしてたのに根性で投げたからいい投手』(田島) 『勝ちは投手の踏ん張りが大きい。5番としてもっと得点に絡みたかった』(花井) 『マウンドから逃げない三橋を中心にチームがまとまった』(沖) 『桐青を4点に抑えられたのは凄い』(水谷) 『ギリギリの試合はもうやめたい』(阿部) 「昨日の試合だったらこんなの普通だぞ。誰も特別いい人じゃねえっての」 「おぉ、そう。俺達は普通だよ、普通に野球やってるだけ」 『お前がやっているのは違うんだ、ここで辞めちゃダメだから!!』 叶の言葉を思い出した三橋。 「おーし、食休みもういいだろう。ストレッチやんぞ」 三橋のストレッチを手伝う阿部。 そして、阿部達が帰っていくと、叶と話をしたいと思う三橋だったが、叶からメールが届く。 『勝ったぞ』 《修ちゃん…ぅ…》 涙を吹きながら部屋に戻った三橋はメールを打つ。 『俺も勝ったよ。……俺もみんなと勝ったよ。野球やってて、良かった。修ちゃん、ありがとう』 そのメールを受け取った叶。 「何だよ、修ちゃんって…」 「叶!!昼終わるぞ」 《名前呼び、ガキん頃に戻ったみてえ。次も頑張れよ、廉!!》 ソファで球を手にしながら寝ている三橋。 完 ジャンル別一覧
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