まずは以下の記事を見て欲しい。
首相のアジア外交「変えてほしい」 奥田経団連会長
日本経団連の奥田碩会長は5日の新年祝賀パーティー後の記者会見で、小泉政権のアジア外交のあり方について「できれば変えていただきたい」と語った。小泉首相の靖国神社参拝をきっかけに、中国、韓国との間で首脳の相互訪問が途絶えるなどアジア外交が行き詰まっている現状に、是正を求める考えを示した。
日中間の政治関係の冷え込みが 経済に影響するのではないかという見方に関しては、奥田氏は、現在はないとしつつ「こういう状態が長く続けば日中間に 深刻な問題が起こるだろう」と述べた。
(2006年1月5日 朝日新聞)
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この記事からは経団連の奥田会長が「小泉首相のアジア外交を変えていただきたい」、「日中間の政治対立が続けば(経済に)深刻な問題が起こるだろう」という趣旨の発言を行ったと読める。まぁ、過去の奥田会長の発言からして、上の様なことを言ったとしても不思議ではない。しかし、最近では「経済のために政治で譲歩しろ」という発言をすれば世論から反発を受けるだけで、何のメリットもないことは奥田会長も理解しているだろう。「反発を受けることは言わないのでは?」との疑問も湧いてくる。で、奥田会長の発言を調べてみた。
経済3団体共催新年祝賀パーティー後の共同記者会見における奥田会長発言要旨
【日中関係について】
「政冷経熱」が「政冷経涼」になるとする報道も一部にあるが、中国とビジネスを行っている立場から言えば、 そうした懸念はない。ただ、日中の 政治的関係については、このままの状態が続けば 深刻な局面になるのではと懸念している。経済関係を強化することで、政治的関係も良い方向に向かうようにできればと願っている。
(経団連HPより一部引用)
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残念ながら奥田会長と記者とのやり取りが全て載っているものは見当たらなかったのだが、経団連のホームページに発言の要旨が載っていた。朝日記事と経団連ホムペにある発言要旨を比較してみると、朝日の記事は捏造とまでは言えないまでも、奥田会長の発言を意図的に捻じ曲げて伝えていることが分かる。
朝日記事では「日中の政治対立が(日中間の)経済に深刻な問題が起こる」と読める。しかし、経団連ホムペによると奥田会長は「政治関係」について「深刻な局面になるのではと懸念」しているのであって、「政冷経熱」が「政冷経涼」になるとする報道を「そうした懸念はない」と否定している。また、朝日記事上段の「できれば変えていただきたい」発言も、他社の報道によれば小泉首相に向けたものではなく、後継首相について述べたもののよう。
反小泉、反靖国で次のような社説を書いてしまうくらいだから、朝日も焦っているんだろうね。
首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ
これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。
年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。
「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」
理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている。「理解できない」と口をとがらせるよりも、少しは「言論人」らの意見にも耳を傾けてはどうか。
首相は、日本を代表する立場にある。一政治家でも一国民でもない。私的な心情や感懐より公的な配慮が優先することは言うまでもない。
私たちは、一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できると繰り返し指摘してきた。
一方で、戦争の指導者であるA級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対しては、国民にも違和感を抱く人は少なくない。まして侵略を受けた中国や、植民地だった韓国に快く思わない人が多いのは当然だとも考える。
言論人や知識人の多くが首相の参拝に反対するのは、こうした理由からだ。
会見の次のくだりも理解しがたい。
「靖国の問題は外交問題にしない方がいい。私は交渉の扉を閉じたことは一度もない。一つの問題があるから中韓が会談の道を閉ざすのはあってはならない」
首相は忘れたのだろうか。靖国参拝が「外交問題」になったのは、首相自身が01年の自民党総裁選の公約に「毎年8月15日の参拝」を掲げ、「心の問題」を政治の問題にしたからだ。日本遺族会の支持を得る狙いだったはずだ。
中韓の反発などで、結果として終戦記念日の参拝はしていないものの、今度は毎年1回の参拝が信念だと譲らない。自ら火種を持ち込んでおきながら相手を批判し、「外交問題にしない方がいい」と説くのはいかにも身勝手である。
深刻なのは、9月に首相が任期を終えた後も、こうした事態が続く可能性があることだ。
たとえば、ポスト小泉と目される一人、安倍晋三氏は、官房長官に就く前に月刊誌にたびたび登場し、「だれがリーダーとなったとしても、国のために尊い命を犠牲にした人たちのために手を合わせることは、指導者としての責務だと思う」と首相の参拝を強く支持してきた。
次の首相を選ぶ自民党総裁選が控えている。荒れ果ててしまったアジア外交をどう立て直すのか。その具体策こそが問われるべきであるのは、だれにでも理解できることだ。
(2006年1月5日 朝日新聞社説)
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「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」とか「言論人や知識人の多くが首相の参拝に反対」という部分を見ていると、世論に影響力を行使できないことに焦りと苛立ちを募らせている朝日の様子がひしひしと伝わってくる。全国紙の社説や言論人、知識人を持ち出してきても、「だから何?」のひとことしか浮かばない。
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