フリッツ・フォン・エリックオレの幼少期だった60年代後半から70年代前半にかけてはアニメのタイガーマスクもはじまり、プロレスは一つのブームにもなっていった。 昭和時代のプロレスは多くの批評や研究がなされているので オレはただ一ファンとしての感想・印象等を述べてみたい。 オレが物心ついた頃にもっとも恐ろしい、こわいレスラーといえば そりゃあ、なんといっても・・・フリッツフォンエリックだ。 ただでさえ、コワモテのルックスだったエリックだが、あの鉄の爪といわれたクローにはどぎもをぬかれた。 他にもクローの使い手は多かったが、エリックは格が違っていた。 エリックはリング外で中堅レスラーをさんざんたたきのめして、 ふらふらになった相手をリング内に戻すときは、 場外から相手の尻を押すとか、リング上から腕をひっぱるとか そういう力学的にも合理的な方法をとることはなく、 いきなり顔面をわしづかみ! あまりの苦痛にのたうちまわる相手レスラー! そしてエリックは、そのわしづかみにした片手で相手をリング内へひきずりあげるのであった。 片手の握力だけで100キロを超えるレスラーをひきずりあげるのだから まさに見ていて鳥肌が立った。 しかも、クローは普通、ギブアップを奪うための技のはずだが エリックのクローをくらってしまった相手レスラーは、あまりの痛みで肩を上げることを忘れてしまい、 エリックもフォールの体制にはいっていないのに、顔面をわしづかみにした右手一本で そのままカウント3がはいってしまったりした。 だから幼少のオレにとっては一番怖くてかつ最強のレスラーはエリックだったのだ。 当時の月刊誌「プロレス&ボクシング(昔はボクシングと一緒にされていたのだ)」とか「ゴング」では エリックの実物大の手形がよく折り込み付録でついていたりして、 オレも子供ながら、自分の手をその手形に合わせてみてその大きさにうなったものである。 また、カメラに向ってクローを仕掛けるポーズをとるエリックの手のひらのアップ写真も乗ってたりして そちらもまた臨場感があり、恐怖をかきたてられた。 少年マンガのプロレス特集でもエリックがよく紹介されていたが、 当時の記憶では、 「エリックの顔面クローを受けるとすぐにギブアップせざるをえない。そうしないと頭蓋骨が砕かれて 死に至るか、死は免れても脳が破壊されて廃人になってしまうのであった」 みたいな記述がされていた。 少年雑誌特有、またプロレス独特の、かなりの誇張がなされているが、方向はあっていると思う。 当時、タイトルマッチなどのビッグマッチは3本勝負であったから 1本目にクローを受けてしまったら早いうちにギブアップしてしまったほうが戦略的には正しかった。 ムリに頑張るとそれこそスタミナを消耗するし、本当にKOされてしまうからだ。 まあ、当時はそういう戦略など知らずに見ていたわけだが、 馬場VSエリックの大試合が始まるときは、本当に馬場は大丈夫だろうか・・・と心配になったものである。 当時はまだ、日本人=正義のレスラー、外人=悪いレスラーという 図式がバリバリ全開で成立していた時代であるから、 観客は当然、馬場を応援するわけで、エリックの応援などするやつはいない。 オレの記憶でも 1本目からエリックががんがん飛ばして殴る蹴るのラフファイトからいきなりのクローであっさりと 馬場からギブアップを奪っていた。 2本目は、馬場は必死の形相でエリックに脳天チョップ→ココナッツクラッシュ→ ロープに振って・・・16モーン!! といったいわゆる馬場のフルコースで2本目を奪取。 そして3本目になると、 エリックはさすがにプロレスはショービジネスであることを理解しているというか、 いきなりクローにいかずに、グロッキーでダウンした馬場に対して いまからクローに行くぞと言わんばかりに右手を掲げて観客にアピール。 指をおりまげてわしづかみのポーズがTVに映る。 このあたりのアピールは、ラリアートにいくときのハンセンと似ているが、 ハンセンの場合は、拍手が起こったが、 エリックの場合は、恐怖の悲鳴が会場のあちこちからわきおこるのであった。 ちなみにオレも小便をもらさんばかりの恐怖で全身が固まっていた。 「あああ、エリックがクローのポーズだ。馬場、立ち上がれえええ」 というロコツな日本サイド寄りのアナウンサーの叫びとともに 馬場が必死で立ち上がり、クローにいくエリックの右腕を必死で両手で押さえる! エリックはそれでも強引に馬場の顔面にクローを近づける! 馬場、必死でこらえる! エリックのクローがあと数センチで馬場の顔面をとらえるようとしている。 まさに剣豪同士のつばぜりあいのような状況である。 観客「わーわー(大声援と恐怖の悲鳴が交錯)」 このあたりがクライマックスでオレはTVの前で握りこぶしをつくって息ができなかったものである。 今、思えば、観客にアピールなどせず、いきなりクローにいけば馬場に勝ってたと思うが、 盛り上げるという意味では、エリックは役者であった。 その後は、馬場があと1センチでクローの犠牲になるところを必死で逃れて エリックの右手のひらをストンピングの嵐で、クロー封じを行い、 観客のわれんばかりの拍手を浴びていた。 だから3本目は両者リングアウトか馬場の反則勝ちというパターンが多くて タイトルを防衛していたが、実力的にはエリックが上で、馬場はまだ若さが目立っていた ような気がした。 オレも最近のプロレスはさっぱり見なくなったが 技がかっこよく、ハデになり、筋肉モリモリのマッチョマンも増えて 客を飽きさせないファイトが増えたことは認める。 しかしながら、 エリックのように存在感というか肉体的な技を売りにするレスラーは減ったと思う。 そもそも、クローなど練習してもエリックのようになれるわけがないわけだが、 それだけ、普通の人がレスラーになり、後天的な努力で得られる技が中心に なっていったわけだなあ、と思う。 ハデなマスクをかぶったり、ペインティングしたり、見た目が派手なレスラーは増えたが、 腕一本で子供を恐怖で凍りつかせるエリックのようなレスラーは 今後、出てくるのだろうか。出てきてほしいものだが。 |