Posted on Saturday, 15 October 2011
みやわき心太郎氏の文章(2002年)には、全く手を加えておらず当時のままです。
読みやすくするため、段落の頭は一字下げしましたが、文字色も背景色もそのままにしてあります。
なお、ラストに「・・・・・つづく」とありますが、続編は書かれなかったようです。 (2007.7/23)
「21世紀のコミック作家の著作権を守る会」緊急アピールについて
あれは一体誰が書いた文章なのか?
とてもじゃないが漫画家のものとは思えない。ビッグネームの「手塚治虫」の名を冒頭にあげ、「世界に誇る日本の漫画文化」を云々し、あたかも漫画家全体の意見のように表現されるが、手塚治虫が手塚治虫として、あれだけの光を放っているのは手塚治虫を脅かす幾多の才能によって、磨かれた事も確かで、手塚治虫をたたえる時は、その他の才能の存在も含めたものだ、従って手塚治虫という存在は漫画家一人一人が誇りとすべき存在であって、決してその名を使って漫画の読者に圧力をかけコントロールする為の存在ではない!
同様に「世界に誇れる日本の文化」という言葉も圧力的に使ってあるが、日本の漫画を知る者であれば、漫画を「日本の文化」と限定し、大見得切るには、いささか疑問を感じさせざるを得ない。戦後、日本のストーリー漫画の流れは、その画風において、ウォルト・ディズニーに触発されていた手塚治虫、同じく10セントコミックのさいとうたかを、及びチャリリィー、メビウスの大友克洋と、大きく三度国以外漫画の影響によって鮮度を高め、多くの亜流を産み、その度に日本的情緒は失われつつある。外国製ではなく、純然たる日本文化を扱った漫画作品が、どれ位あるのだろう?せいぜい折衷文化がいい所じゃないのか?「孫悟空」を日本語で日本流に漫画にすれば「日本文化」なのか?
外国文化の借り物の部分を無視し、安易に「日本文化」といい切ることによって、純然たる日本文化を見失う方向へ歩を進めていないか?それでは文化の名によって文化を滅ぼす事になる。
「手塚治虫」の名前をかかげ「世界に誇る日本文化」等の表現をまるで水戸黄門の印籠の様にふりあげれば漫画の読者が皆「へへーッ」と頭を下げて従い、「新古書店」に漫画を売らなくなり「漫画喫茶」には行かなくなるとでも思っているのだろうか?
一体あの文章を雑誌に載せる事でどれほどの効果を期待しているのだろうか?時代の流れはそんなチッポケなものではない。利己的な利益の「著作権法」を持ち出す前に社会的な利益の「リサイクル法」が今、何故「立案」されたのか?
少しは考えてみる必要があるのではないか。
「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」緊急アピールの主旨にそえば「漫画の本は買っても、売ってはいけない」という事になる。それでは買って読んでいらなくなった本はどうしろというのか?死蔵するか読みたい人にあげるか、それも出来なければゴミとして捨てるしかない。これが、漫画を日本の文化といいきるコミック作家達の働きかけか?!
片方で漫画を世界に誇る日本の文化として持ち上げ、片方でゴミとして捨てろという事に何の疑問も感じない人ばっかりが「21世紀のコミック作家」だとは思いたくもないし思われたくもない。
あの文章には、かなりオソマツな作為と隠蔽が読みとれる。文章の攻撃目標である「新古書店」と「漫画喫茶」の発展によって一番利益が減ったのは出版社であり、その出版社がこの運動を起こす最大の動機を持っている事は明白だがその事実には一言も触れないで「漫画文化の危機」だの「コミックスの印税で、作家は生活し、創作活動を維持し、」だのと並べたて、いかにも漫画家が自分達の利益を守るため、漫画家全体の総意であるかのような文章にしてあるが、これだけの漫画家達を動員できるのは誰か?また動員され名前を連ねている漫画家達が何故、小学館、講談社系の作家なのか?この不自然さが逆効果になっていて、出版社が漫画家を矢面に立てて自らは、その陰に隠れて利益をあやつろうとしている構図を浮かび上がらせている。
出版社から「お仕事」をもらっている関係にある漫画家は、出版社から、この様な企画を持ちかけられたら、ことわれる人は少ない。しかし、その弱点を突かれて従っている者ばかりが漫画家ではない。
「創作活動の維持」は「単行本の印税」が入らない事によって、危機に瀕するかの如く書かれているが、それでは単行本に成る事の無い漫画家の「創作活動」は何なのか?!
漫画家全員の作品が、単行本に成っていく訳ではない!
雑誌には載っていても、あまり人気のない作品は単行本化しない出版社が「印税」を理由に漫画家の「創作活動」を云々するのは、ちゃんちゃらおかしいかぎりだが、あの文章は表面上、「漫画家側」の意見になっているので、それもいえないシカケなのだ。ずるい!
あの文章を書いた人は、漫画家の「創作意欲」をナメている、という点でも漫画家のものではないと思わざるを得ない。先日亡くなった「あすかひろし」は広島で土方仕事をしながら、原稿を書いていた。かの有名な「トキワ荘」で一番売れない漫画家と、いわれ、去年亡くなった「森安なおや」に創作の場を提供したのは出版社ではなく、高校時代の同窓生だった。「少年ジャンプ」で、ことわられた経由になっている「少年期」という作品を亡くなるまで書いていた。現在73歳で、かっては「ジャジャ馬君」や「ストップ兄ちゃん」で、一世を風靡した「関谷ひさし」は今も出版社の依頼ではない原稿を書いておられる。哀愁満々、胸を打たれる迫力であるが、いづれも「印税なき創作活動」であり、弱輩の漫画描きと致しましては大いに励まされるものである。
又、昨今、やむにやまれぬ創作意欲にとっては出版社に頼らなくても、同人誌や個人誌という形で、発露する道もある。
出版社の存在を隠すための一行「読者←→作家という漫画を産み出す仕組」とう言葉が額面通りなら、出版社の必要はなく、それこそ同人誌や個人誌でいいのであって、漫画家の陰に隠れようとしていた作文が、自らの存在価値を否定している事になっている。「漫画家←→出版社←→書店←→読者」と書けない理由はなんだ!?
漫画の本が売れるか売れないかは、読者側の都合であって、漫画家の都合でもなければ出版社の都合でもないのは明白な事実だが、それを出版社の都合にしようとする事が、当たり前のように行われているから、そんな姿勢が昴じて、こんな運動(?)を企画するのだろうけど、自分達の立場ばかり振り回さないで、少し読者側の立場も考慮して、なぜ「漫画喫茶」「新古書店」が利用されるのか?を考えてほしい。漫画の本に使われていたお金が何に使われているのか?まず一番の要因が携帯電話である事は誰の目にも明らかで、これだけ若者の間に普及すれば、それだけのお金が、そこに使われているから当然、漫画本に使われていたお金が少なくなる、その少ないお金をやりくりしてでも漫画を読もうとするために「漫画喫茶」や「新古書店」が必要になる訳で、お金が少なくなったからといって「漫画離れ」することなく、やりくりしてでも漫画を読んでくれる人が居るということは、漫画家にとって、非常に在り難い事で、その「漫画離れ」の「防波堤」になっている「漫画喫茶」や「新古書店」を責める理由が何所にあるのか?
無いお金で漫画は買えないのだ!
「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」に名を連ねている漫画家は、少ないお金をやりくりして漫画を読んでくれるくれる読者に対して、感謝や同情の念を捨てたのだろうか?!
印税で豊かな暮しをしている漫画家ばかりが漫画家ではない。豊かでない漫画家にとって「漫画喫茶」や「新古書店」は、他の漫画家の優れた作品を安くお勉強できる格好の場所で有難く利用させてもらっている。
豊かな暮しの漫画家は、豊かな暮しの前にまず、読まれることが先にあった事を忘れてしまっているのではないか?「漫画喫茶」や「新古書店」に圧力をかけて、仮にそれが成功し「新古書店市場」に漫画がでなくなり、「漫画喫茶」に法的規制をかけて、営業できなくなり、漫画が読まれる機会を少なくすれば、現代の様な価値観の多様化した状況では、かつて漫画の読者だった人が何所へ向かうか知れたものではなく、「漫画離れ」を従進することになるのは確実だと思えないのか?
無いお金で漫画は買えないのだ!
例え「手塚治虫」でも「世界に誇る日本の漫画文化」でも「携帯電話をやめて本を買え!」といえる程の権力はない。
「まんが離れ」と従進し、漫画界が衰退して行ったら、出版社のお先棒をかついで、自らの首を締めた漫画家達は、その軽薄さを笑われる事になりかねない。
読まれることの大切さを示すエピソードをひとつ紹介しよう。かつて「巨人の星」が大ヒットした時、某出版社が対抗策として、それまでなかった「巨人軍」のマーク(商標権)の漫画化権をわざわざ作って買った。そのせいで「巨人軍」の漫画は、その出版社の独占という事になり、他の出版社は「巨人軍」の漫画は載せられなくなった。結果、何が起こったかというと少年誌からプロ野球ファンを減らす事になり、その後、もりあがって来たサッカー人気におびえ、対抗策として、一番人気のある長嶋を永久監督にする事によって支えにした。しかし長嶋の命も永久ではない。あの老骨にムチ打たせているのは、某出版社が本来の務めである掲載作品の充実ではなく、権利を買うことによって、他社の漫画家の「創作活動」に圧力をかけた企業エゴに端を発しているのだ。漫画化されたスポーツがファンを養成する事はプロ野球に限ったことではない。累計一億冊売った、といわれる「スラムダンク」は、果たしてどれくらいのバスケットボールファンを生んだか計り知れないものがある。
それだけ漫画の持つ影響力が大きくなっている。つまり読まれる事の影響力もあるが、読まれないことの影響力も大きいのだ。
が、今、「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」緊急アピールの訴えている事は漫画の一分野である野球漫画のレベルではない.一番最初に100万部を突破した漫画は「巨人の星」で、まさしく快拳だった!が、今や100万部を突破する作品は、そんに珍しくないもなく、その分大きなお金が動くようになった。しかし、その昔、漫画はサブカルチャー(活字文化)が大手出版社の軸で、それなりのそれなりのプライドがあった。小学館が集英社を作り、講談社が光文社を作ったのは何のためか?
自社のブランドイメージを落とさないで利益を得る為のサブカルチャー用の小会社である。別会社を作る事によって、大勢を保った、経済よりも文化だった。所が、漫画が大きくなるにつれて、メインカルチャーであるべき、大手出版社内に、とんでもない編集者が現われた。講談社の内田勝と、小学館の小西湧之の両氏である。内田勝は活字がメインの大手出版社に身を置きながら、「劇画の一駒は、活字の四千文字に匹敵する」と延べ「少年マガジン」誌上で「劇画宣言」なるものを発表した!これは、メインカルチャ-よりもサブカルチャーの劇画の方が訴求効果が高いと発言したと共に、劇画は、最早メインカルチャー足りうると、云った事になる。本来ならば、社風に合わないといわれ一発で首が飛ぶ所だ。戦時中の軍隊なら銃殺?だが漫画界にとっては、勇気のある思人である。片や小学館の小西湧之は何をしたのか?彼はサブカルチャーである漫画を扱う事によって、自社ブランドを落とすのではなく、自社ブランドに見合うように、漫画作品の方を、一流化しようとしたのだ!それが「ビッグコミック」というネーミングにも現われている。小西はまだ日の目を見ない新人投稿作品に対しても、「君の作品を一流の作品にするには、何処を変えるべきか?」という方向でアドバイスしていた。
事実「ビッグコミック」は唯一茶の間まで届く漫画雑誌といわれるまでになった。日陰者的な劇画を堂々と表通りへ出れる様に働きかけたのだ。小西湧之も漫画界の思人である。
さて、それだけの人材を持っていた大出版社が、今、漫画家達を動員して何をしようとそているのか?
「新古書店」や「漫画喫茶」が「漫画離れ」の防波堤になっている事実には目もくれず手前の損得のために、かっての小会社の様に漫画家達を矢面に立てて、影で利益を操るような動きは、只々減滅するばかりで、イメージダウンもはなはだしい!サブカルチャーだった漫画で大きなお金が動く様になったからって、メインカルチャーを担っていたプライドは捨てないで欲しいものだ。それともプライドゆえに漫画の陰に隠れるのか?
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