ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

ネット上のストレージに、自身の購入した著作物をアップロードし、それを携帯電話のいつでもダウンロードすることができる、というサービスの提供が著作権侵害にあたるのかどうか、という裁判で、サービスの提供者側が著作権を侵害している、という判決が下されたよ、というお話。ちょっと勘違いしそうな部分もあるけれども、この裁判はJASRACが起こしたものではなく、このサービスが著作権侵害だとしてサービスの差し止めを求めたJASRACの主張は誤りであるということ確認するため、このMyUtaというサービスを提供していたイメージシティという会社が起こしたもの。

何がどうなれば著作権法違反なのかが、あまりに見えないので、このイメージシティの提供していたMyUtaサービス開始時のNikkei BPNet毎日新聞のMSNニュースJASRACのプレスリリースnikkansports.comの記事を元に、私なりに整理してみる。

サービス概要

  • パソコンから音楽ファイルをアップロードするためのストレージを提供し、携帯電話でのダウンロードを可能にする
  • 利用できるのは、会員登録を行ったユーザのみ
  • ダウンロード時は、サービスへのアクセスキーと携帯電話の固有キーにより個人認証
  • 専用ソフト「Music Uploader」でフォーマット変換、アップロードを行う
  • 本人以外のダウンロードは不可能であるため、私的複製の範囲内であると主張

概念図 まぁ、一般的な感覚から言えば、私的複製なんじゃないの?といった感じ。ただ、ダウンロードするよりならSDカード使えば?といった感じもするが。毎日新聞の記事では、非常にわかりやすい概略図を掲載しているので、引用させてもらおう。この図を見れば一目瞭然なように、一連の流れは、最終的にはユーザの携帯電話にダウンロードされる、という一方向のものであることがわかる。

JASRACによる差し止め請求

  • イメージシティが提供する専用ソフトによって携帯電話用に変換された音楽ファイルが、同社の管理、所有するサーバに保存される
  • そのサーバからユーザの携帯電話に送信される
  • 以上のことから、このサービスにおいて行われる複製、公衆送信の主体はイメージシティである
  • よって、JASRACのもつ複製権・公衆送信権に基づく差し止め請求権が及ぶ
以上がJASRACの差し止め請求をおこなった根拠であり、主張。 ここでは、ユーザがその著作物を購入したかどうかは問題にはしていない。

イメージシティ(MyUta)の主張

  • 実質的にデータ複製や送信をするのはユーザー自身
  • MyUtaはデータ保管を代行するサービス
  • 不特定多数への送信はしておらず、著作権は侵害しない
  • 複製はユーザの私的行為にあたる

こちらの主張は、ユーザがその音楽を購入していることを主張している。このサービスの一連の流れとしては、オンラインストレージそのものもユーザの管理する領域であるという認識であり、その主体はユーザである、という主張かと。

インターネット上で非常に評判の悪い裁判官の判決

  • システムの中枢になるサーバーはイメージシティが所有、管理
  • 同社にとってユーザーは不特定の者
  • 複製と公衆(不特定多数)への送信の行為主体はイメージシティ

JASRACの主張を全面的に認めている模様。一方で、イメージシティの主張は全く認められなかったようだ。

さて、この問題については、ストレージサービスそのものの解釈に影響を及ぼすとして各所で批判があがっている。

まぁ、ここまで纏めておいてアレだけど、私自身は法律云々はそれほど知らないので、法的な議論は差し控えてみる。それよりもなぜこのような状況にいたっているのかについて、少し考えてみたい。1つは、裁判官がオンラインストレージについてどのような概念を持っているか、ということと、JASRACが差し止め請求を行った意図について。どちらも、法律云々の話ではありませぬ。

裁判官はどれだけネットの知識があるのか

実際に、この裁判の経過を見てきたわけでも、判決文をみたわけでもないので、推測になってしまうのだけれど、おそらくはオンラインストレージを利用したことはないのだろう。この判決を見る限りでは、オンラインストレージを「単なる配信のためのwebサーバ」としてみているかのようにも思える。

また、オンラインストレージを知っていれば、このような判決がストレージサービスに及ぼす影響がどれほど大きいかを想像できなくはないだろう。判決をみるかぎりでは、単に「多くのユーザが利用可能なアップローダ」と同じような認識を持っているかのようだ。個人的には、このような問題に対しては、それぞれのサービス特有の特性を考慮し、その上でその違いに留意して判断をして欲しいと思う。Web上のサービスを単純化してしまうことが、今後のWebサービスを縛ることにもなりかねない。

では、なぜこのような判断をしたのかについて、ちょっと想像してみたい。Web屋のネタ帳でも嘆いているように、裁判官の知識のなさは絶望的かもしれない。おそらく、この裁判になって初めてオンラインストレージについての知識を得たのだと推測できる。とすれば、裁判官はどのようにしてオンラインストレージについての概念(表象)を作り上げたのだろうか。

この裁判での争点は著作権侵害かそうではないか、である。となれば、この裁判官はオンラインストレージに関する概念を著作権法に照らして作り上げたのではないかと想像してしまう。そう考えると、我々ユーザの持つオンラインストレージの概念と異なってくるのは必然かもしれない。たとえ、本当に個人をアイデンティファイし、その個人にしか利用できないストレージであったとしても、それは裁判官にとっては重要ではなくなるだろう。それよりも著作権法の際限なく拡大されつつあるイリュージョンに惑わされたのかと。法律とその解釈の字面だけを追うことが、これほど現実と剥離するのか、をあらわす好例といえる。だって、論点ずれすぎだろ。

JASRACは何を意図していたか

結論から言うと、携帯電話における著作権ビジネスというサンチュアリを守りたかったということ。 JASRACはストレージサービスを何とかしようと考えていた、というよりは、携帯電話に転送する仕組みを何とかしようとしていたと推測できる。

もちろん、ストレージサービスを利用した転送サービスを排除しようとしたのも事実であり、(副次的な面も否めないが)そういった側面もあっただろう。少なくとも、ネット上における著作権侵害の事例を多く作り上げることが、自分たち以外の著作物の利用を(どれほどフェアであっても)支配下に置くことができる。それはJASRACのこの件に関するニュースリリースからも読み取れる。

 今回の判決は、ユーザに対し著作物をアップロードさせるシステムを提供するというサービスについて、そのサービス提供者に著作物の利用主体としての責任が及ぶことを明確に示したものであり、高く評価されます。

ユーザが楽曲を購入したか否かは問題にせず、アップロードする行為を強調している。私的複製の話に持ち込まれると、厄介になるからね。もちろん、このようなサービスを私的複製とすれば、私的複製補償金制度の対象を拡大しうるものなのだけれど、それ以上のダメージを被るということだろう。

携帯電話における音楽著作権収入が莫大なものであることが、このような法的問題の背景にあったということは想像に難くない。もちろん、自身の所有しない楽曲をダウンロードできることは論外であろうが、たとえ私的複製のような行為であっても、音楽を金にならない方法で携帯電話に入れる、という行為は認めたくないのだろう。

やはり、この問題は私的複製に関する問題でもあるのだ。つまり、JASRACは「金のなる木」の私的複製をできる限り阻害したいのだということ。結局は、根底にあるのはDRMのコンセプトそのものだろう。リスナーが音楽を楽しむデバイスを制限し、それによって利益をあげる、というね。

ところで、音楽配信やCDの購入は、一体何を購入しているか、という問題がある。DRMのコンセプトを考えれば、音楽の購入とは、ある特定のデバイスで許される、制限された「音楽を聴くライセンス」の購入、と音楽産業側は考えていると見ていいだろう。この定義が示すことは、音楽をリスナーの手元に届けることで利益を上げるのではなく、音楽をリスナーが楽しむ手段を細分化して利益を上げようとしているということ。

購入したのはデータではなく、ライセンスだ、という彼らの考えからすれば、確かに今回の件は非常に拙いものだろう。さしずめCDで購入したのだから、携帯電話に転送する権利はない、というところ。しかし、私が考えてしまうのは、ライセンスを購入しているのであれば、そのライセンスの範囲内での複製は可能かということ。もし、ライセンスを購入しているのであれば、データが消失しようとしまいとライセンスを持っていることには変わりない。であれば、データが消失したとしても、そのラインセンスは有効であり、何度再送信されてもよいだろう。まぁ、今回の件を考えると、それも排除しようと動くのだろうけどね。そうなればそのライセンスに期間という概念をねじこむのだろう。

今回の件を考えると、何が問題かという制度的な問題を詰めた話ではなく、彼らのビジネスを邪魔しそう奴はなんとしてでも排除してやる、といった話のように思える。いい加減、自分たちに都合のいい場当たり的な解釈や定義は止めていただきたいと思うのだけれどね。まぁ、音楽を届けることで利益を上げるというのが、音楽とビジネスの正しい関係だ、ということも理解できない人達だからねぇ・・・。使用の仕方を細かく制限して、それによって利益を上げようというのは、何ともばかばかしい。著作権自体が非常に細分化され、ビジネス方面に傾倒していけば行くほど、ユーザからの剥離は一層顕著になっていく。もちろん、それも運用の仕方次第なんだろうけれども。うまくやるのも、まずくやるのも、運用者次第。音楽をリスナーに届ける方法を細分化し、それによって利益を得ようと努力してきた著作権団体、次はリスナーがどう聴くかを細分化し、それよって利益をあげようとしているのだろう。

利用されるデバイスを制限し、その利用方法を制限すること、今回の訴訟(まぁ、訴訟そのものはサービスプロバイダ側からのものだけれど)
はそこに帰することができるのかもね。それによって、ご都合主義的なオンラインストレージの解釈も生み出す結果となったわけで。

**追記**
そうそう、このニュースを見て思い出したんだけど、昔MP3.comというネットバブルの寵児が展開した"MyMP3.com"というサービスがこれとそっくりだったりする(詳しくはwikipedia - MP3.comの項を参照のこと)。まぁ、MyMP3.comはユーザが持っていることを証明することで、MP3.comのサーバからダウンロードできる、というサービスだったので、このようなストレージ云々の問題にはならかったけれどもね。ちょっとした余談です。

コメント

Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

裁判官馬鹿すぎる
JASRACうざすぎる

Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

同じMP3.comの創業者がMyUtaと似たようなサービスMP3tunes Lockerを始めてます。
やってることはパソコンか携帯かぐらいしかMyUtaと変わらないですね。
http://japanese.engadget.com/2005/11/30/mp3tunes-locker-itunes/

Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

やっぱり、司法関係者も情報産業やネット方面の知識がない者は淘汰されるべきでしょう。
「普通の感覚」との乖離は目に余るってレベルではないですし。

Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

guruguruさま

面白い記事をありがとうございます。
そのリンクをたどっていった先のレッシグ先生の記事もなかなかおもしろかったです。
http://blog.japan.cnet.com/lessig/archives/000637.html

損害賠償ってなんなんでしょうね、ほんと。

匿名さま、こんばんわさま

どうも勢いで書いてしまったので、我ながら辛辣なことを書いてしまったなぁと判決文を読んで少し反省。

ただ、私的複製問題に関して、私的複製が利用に必要不可欠な時代になって、以前と同じような仕組みを押し通そうとするのは、少し気になっているところではあります。

Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

http://nagablo.seesaa.net/article/42935209.html
コメント欄も含めて活発に議論が行われており参考になります

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Re: ネットを理解できない裁判官、利権を守るJASRAC、振り回されるオンラインストレージ

こんばんわさま

コメントありがとうございます。

この判決は、何ともいえないものでしたね。MyUta側としては著作権者側に非常に配慮したサービスを提供していたはずなのですが、それを超えて更に要求を高める結果となったということでしょうか。

このエントリではかなりアジ吉っぷりを発揮したので、かなり強めの意見になっていますが、実は裁判官もこのくらいのネットの知識としてはある程度は理解できているのだろうなという印象はあります。現状の法律を解釈したときに、このような判決になったのだろうなとも思います。ただ、このようなストレージの問題を明示しているような法律はないのでしょうから、解釈の問題でもあるでしょうね。その点で批判している次第であります。

何というか、著作権という制度自体がもはやハックされているのだなぁと思ったりもします。
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