山田祥平のRe:config.sys

Y! mobile、孫氏の孫会社

 ヤフーがイー・アクセス買収を発表、「Y! mobile」として携帯電話事業に参入するという。OTT(Over The Top)がキャリアを手に入れるという今回の買収劇、それによって、今の何がどう変わるのか。日本初のインターネットキャリアをアピールするヤフーの目論見を考えてみる。

ヤフーとインターネットのエコシステム

 ヤフーはOTTではあるが、メディアでもある。そして、すでにある意味でキャリアでもある。というのも、乱暴な言い方をすれば、ヤフーが抱えるコンテンツの多くは、各コンテンツプロバイダのコンテンツを二次配信しているものに過ぎないからだ。

 例えば、ヤフーニュースだけを見ても、そのニュース提供社はたくさんあるが、 ユーザーは、個々のメディアを個別に訪問しなくても、ヤフーニュースだけに注目していれば、各社のニュースが集まってきて、自分の興味のあるものを読むことができる。単なるリンク集ではないため、コンテンツの書式も統一され、たくさんの記事を読むにしても、かえって読みやすいというメリットもある。このImpress Watchもまた、ヤフーニュースのニュース提供者の1つとなっている。こうした構造は、何も昨日、今日、始まったものでもなんでもなく、例えば、メディアの代表選手ともいえるTVにしても、古くから、その番組の多くは外部の制作プロダクションが作ってきた。

 コンテンツは、コンテンツプロバイダ→メディア→キャリアという経路で大衆に届く。ここで気が付くのは、ここ10年くらいで左へのシフトが起こっていることだ。つまり、かつてのメディアがコンテンツプロバイダとなり、かつてのキャリアがメディアとして認識されるようになっている。

 そして、何がキャリアにシフトしようとしているのか。それは言うまでもなくOver The Top(OTT)と呼ばれるキャリアの上に君臨する事業体だ。GoogleやAmazon、Microsoftといった企業、また、Twitterやfacebookなどもその範疇に入る。これらの企業は、キャリアの枠組みにとらわれないサービスを提供することで、インターネットのエコシステムの最上位に君臨してきた。それまでのトップであったキャリアの上に位置するのだ。

 こうなることはインターネットという枠組みの中に、モバイルネットワークが乗り入れた時点で分かっていたことではある。端末にとってはキャリアのネットワークを経由しようが、自宅のWi-Fiで光回線を経由しようが、そのスクリーンに表示されるコンテンツは同じなのだ。特定のキャリアでしか使えないサービスは淘汰されていくのは当たり前だ。

バーチャルキャリアからリアルキャリアへの転身

 ヤフーはメディアであり、キャリアでもあるがOTTの1つでもある。ややこしいが、まさにインターネットのエコシステムを横断した事業体だと言える。今回の買収劇は、そのヤフーがOTTから左に1つシフトしてキャリアになると同時に、メディアから右に1つシフトしてキャリアになるということだ。ここで起ころうとしているのは、バーチャルなキャリアからリアルなキャリアへの転身だ。

 そのレンジの拡張が華麗なものであるかどうかは短期間で結論を出すのは難しい。だが、少なくとも、現時点では、キャリアにとっての端末ビジネスは、極めて重要な位置付けとなっている点がポイントだ。

 今回の買収の対象になったイー・モバイルは、Googleの「Nexus 5」を発売して話題になったが、ヤフーの選択肢としては、キャリアを問わずにヤフーを使いやすくするSIMロックフリーの“Yahoo! フォン”的なデバイスを出すことも考えられていたはずだ。百歩譲って既存キャリアのMVNOとして端末ビジネスだけを成立させてもよかったはずだ。

 それをやらずに、1,000万契約超を視野に入れた携帯電話事業そのものに乗り出すことの背景には、今、起こりつつある端末ビジネスと回線ビジネスの分離トレンドがあるのではないか。これまでは契約を確保するための拡販材として端末が利用されてきたわけだが、そのモデルはこれから大きく変わろうとしているのだ。

 端末ベンダーにとって、全国津々浦々に展開されたキャリアショップは、販売網として極めて魅力的だ。そこを通せるかどうかで端末の売り上げ台数は10倍どころか、100倍違うという声も聞こえてくる。多くの端末ベンダーから聞こえてくるのは、すでにキャリアから学ぶことは何もないという声であるにもかかわらず、その販売網の魅力で、ベンダーはキャリアの要望をことごとく盛り込んだ端末を作って納品してきたし、これからもそれは続くだろう。

 このモデルがそのまま続くとすれば、Y! mobileがY! フォンを複数機種用意するのは間違いなさそうだ。ヤフーは、すでに、Android向けにホームアプリを提供、ヤフーのサービスにアクセスしやすくするための環境を提供している。こうした環境が、さらにエスカレートした端末が登場することになるわけだ。

Yahoo! BBのデジャブ

 iOSに比べて、Androidは、バージョンの断片化が問題になっている。iPhoneなら、誰に聞いても解決できる問題が、同じAndroid端末なのに異なるユーザー体験、そして、バージョンの断片化で、一筋縄では解決できないといったことは日常茶飯事だ。だからこそ、誰もが持っているiPhoneなら安心という論理で、そのシェアが高くなる。

 Y! フォンは、Androidを使ったプラットフォームの中で、もう1つのプラットフォームとなり、その断片化をさらに促進することになるだろう。決して歓迎すべきことではないが、iPhone的になるための方便の1つとしては否定しない。

 現時点で、NTTドコモ、au、ソフトバンクという3強ともいえる老舗キャリアは、高止まりの通信料金システムを維持し、なかなかそのモデルを変えられない。ぼくの考えるようなことは、とっくに考えているだろうけれど、ビジネスのスピードが、考えに追いつかなくなってきている。

 そんな中で、Y! mobileが今のNTTドコモMVNO並みの料金システムを打ち出し、言わば価格破壊のようなことを起こせば、たとえ端末を適正な価格で販売したとしても消費者はそちらに流れる可能性がある。どっちみち、3強キャリアもまた、同様のビジネスモデルへの変革を求められているのが今という時期だ。かつて、ヤフーが日本中のADSLを席巻したときのデジャブのようだ。あの時は、モデムを無料で配布したが、今回は、その手は使わない。端末は適正な価格で並べる代わりに維持費を安くするのだ。トータルの金額感ではいわゆる月々サポート的なものと同じになるが、印象は大きく異なる。

 それでうまくいくのかどうか。実は、ソフトバンクの孫正義氏が子会社を孫会社にしてまで進める結果となる今回の買収劇は、本当は、このビジネスモデルの試金石なのではないだろうか。可能性としては、iPhoneビジネスさえも見直せるかもしれないからだ。

(山田 祥平)