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VAIO type Pがもたらすソニーエクスペリエンス




 「これはどうだ」といわんばかりに、ストリンガー氏はジャケットの内ポケットからAtom搭載のVAIO type Pを取り出した。意外なことに会場はさほど沸かなかった。多くの観衆が、それがフルスペックのPCだとは気がついていないように見えた。だが、それが物語の始まりだ。Atomでなければならない必然性を感じる初めてのパッケージのデビューである。

●ソニーが変えるライフスタイル

 米国・ラスベガスで開催中のCESで、VAIO type Pがお披露目された。ソニーの会長兼CEOとして壇上に立ったハワード・ストリンガー氏による初日の基調講演でのことだ。もっとも、前日のプレスカンファレンスで、製品そのものが、すでに発表済みだったこともあり、拍手喝采といかなかったのは、ストリンガー氏にとっては拍子抜けに感じられたかもしれない。それとも、米国人にとって、このパッケージングは、さほど魅力のあるものに見えないのだろうか。

 ソニーという企業は、頃合いを見計らったかのように、人々のライフスタイルに大きな変革をあたえる製品を出す。個人的には30年前のウォークマンで音楽を身にまとうことを覚え、パスポートサイズのTR-55でビデオカメラが身近になり、CDによってLPと決別した。直近では、昨春にハンディカムHDR-TG1でハイビジョン録画を手のひらの中で録れるようになった。VAIO type Pを初めて見たときにも、それらの過去に近い感覚を覚えたのだ。仕事柄、未発表の機材を評価する機会は少なくないが、機密は守らなければならない。だが、今回ほど、人前で使いたいという衝動にかられた機材はなかった。

●線のモバイルと妥協

 携帯電話はモバイルコンピューティングの概念をちょっとだけ変革したと思う。それは、点のモバイルを線のモバイルへと拡張した点だ。走行中の電車の中を見渡せば、少なからずの乗客が携帯電話で何やら楽しんでいる。メールを書いたり、ゲームをしたり、ウェブを見たりといったところだろうか。また、駅に着いたとたん、歩きながら通話を始める光景も珍しくない。

 持ち運んで到着した地点で機器を使うのが点のモバイルなら、持ち運び中にも活用するのが線のモバイルだ。残念ながら、PCを線のモバイル機として使っているユーザーは、新幹線や飛行機の中でも多数派とはいえない。

 約10日間、この製品を手元に置いて使ってみて感じたのは、日常的な作業のほとんどは、これで十分だということだ。もちろん自宅では処理性能の高いPCを使っている。Core i7搭載のフルスペックPCに、数TBのストレージを内蔵、フルHD液晶を含むポートレートとランドスケープのマルチディスプレイデスクトップを、ハイエンドのキーボードとマウスで操作する環境は、作業にストレスを感じさせることはほとんどない。

 本当は、その環境を持ち歩けるのが理想だ。でも、そうはいかない。だから、モバイルでは、さまざまな点で妥協が必要だ。

 だが、妥協をするにしても、ガマンできることとできないことがある。それに、割り切りのベクトルが異なると、とたんに陳腐な道具と化してしまう。特に、PCの一部の機能を切り出したものは、もはやPCではなくアプライアンスだ。ぼくが欲しいと思うのは、アプライアンスではなく、PCの汎用性をそのまま維持したものであり、個人の工夫とノウハウがきちんと活かせ、希望に応えて拡張していけることができるだけの道具だ。そのためには、PCの機能の一部を切り出すのではなく、すべてのファンクションを凝縮する必要がある。それならハードやソフトで自在に拡張していける。

 VAIO type Pは、PCが持つすべての要素を凝縮し、割り切りを処理性能の低下に落とし込んだ。だから、遅くともPCそのものであり、自宅で使うCore i7機と、まったく同じように使える。

 ただ遅いだけだ。ちなみに、ぼくが新品のノートPCをゼロからセットアップして、まともに使えるようになるまでは、アプリケーションのインストールから、ファイルの同期、インデクシングの完了まで含めて丸一昼夜かかるのだが、VAIO type Pの場合は、48時間かかっても終わらなかった。

 でも、いったんそれらの準備が終わると、不思議と使うのにストレスを感じることは少なくなった。そもそも、ブラウザと個人情報管理のためのOutlook、メモ用に秀丸エディタ、常用日本語入力環境としてのATOKなどが、自分なりにカスタマイズした環境で使え、暇つぶしにコンテンツを楽しむためのMPEGビューワーやアドビリーダーが使え、オフィスソフトがそれなりに動けば十分だ。

 たったそれだけのことだが、これらの環境のためには、フルスペックのPCが必要だ。過去にもぼくは、パーソナルワープロにはいっさい手を出さなかったし、今も、携帯電話のフルブラウザを使うことはない。携帯電話でメールを入力するたびにストレスを感じるし、iPod touchがどんなに使いやすくても、カットアンドペーストのできないアプリケーションでは作業にならない。Windowsの名を冠しているのにちっともWindowsじゃないPDAも同様だ。

●わがままも叫び続ければいつか叶う

 普段の持ち歩きに使っているLet'snote Rシリーズと同等かそれ以上の打鍵感を持つキーボード、極端に小さいけれど解像度的には十分なディスプレイ、購入時のカスタマイズによって、多少乱暴に扱っても壊れる心配のないSSDによるストレージ、WAN、GPS、Bluetoothなどが手に入る。それでいて、手元のノートではもっとも薄いdynabook SS RX1の最薄部とほぼ同等の19.5mmに、600gを切りそうな重量は、処理性能の低さに容易に目をつぶらせてくれる。

 残念ながら、タンスの中を探しても、この製品が尻ポケットに入るパンツは見つからなかったが、ポータビリティは抜群だ。遅いのをガマンすれば何でもできるというのは、どんなにがんばっても不可能というのと大きな違いがある。そして、低処理性能はノウハウでカバーすることができる。

 気になる点があるとすれば、ポインティングデバイスがスティック型である点だろうか。ノートPCでは、日常的にタッチパッドを常用しているので、ちょっとした違和感がある。普段、パッドでは、クリックやダブルクリックをタップで作業するので、左右ボタンを使うことはあまりない。だから、スティックを叩いてタップ代わりにできることに救いを求めたのだが、感度を最低にしてもまだまだ敏感で、ちょっとした操作で、すぐに反応してしまうため、慣れることができず、機能を無効にしてしまった。

 その結果、必然的に左右ボタンを使うことになるのだが、キーボード手前部分と左右中央ボタンの区切りのコントラストが低く、誤操作してしまうことがことが多かった。特に、立ったまま操作する際には、ボディを支える手の不安定さと、ボタンの押しづらさなどもあり、ドラッグ操作などに苦労する。ただ、これらに関しては慣れでなんとかなるかもしれない。

 ディスプレイサイズによる文字の小ささは何ともしがたい。きっと若い世代のユーザーには何の問題もないだろう。ぼくは、DPIスケーリングを標準の96dpiから120dpiに変更した。それでもまだ小さいが、慣れているWindowsの操作なので、とまどうことは少ない。それに、アプリケーションはアプリケーションで、そのウィンドウの中で大きくスケーリングすればちゃんと使える。ただ、120dpiスケーリングにすら対応できないアプリケーションの多さには閉口する。特にソニー謹製の設定ソフト等で、ボタンがダイアログボックスからはみ出して操作できないのは言語道断だろう。

 もっとも、デスクトップPCがある場所で、この製品を操作することはほとんどない。手元で評価したのはWindows Vista Home Basicプリインストールだったが、初期設定が終わったところで、すぐにVista Businessを上書きインストールし、リモートデスクトップで大きなディスプレイに表示して、以降の設定作業を進めたので、効率よく作業を進めることができた。

 期間の関係で、WANやGPSを試すことができなかったこと、そして、先に書いたように、発売前ということもあり、モバイル機としての実使用という点では評価不足の点もあるが、理想的なモバイルPCとしては、ワンステージクリアという印象を持った。秀逸なプロダクトであり、満を持してこの製品をリリースしたソニーの仕事を高く評価したい。他社が続々とAtom搭載機をリリースする中で、ソニーならではの方向性を持つ製品として、その完成度は特筆に値する。

 ストリンガー氏は、CESの基調講演を、

「If you can imagine it, We can help you make it real.」

と締めくくった。「あなたが願いさえすれば、ソニーがそれを叶えてあげよう」といったところだろうか。わがままは叫び続ければ、いつか叶うものらしい。

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【1月9日】【本田】「VAIO type P」チェックポイント7題
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(2009年1月9日)

[Reported by 山田祥平]


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