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任天堂 岩田聡社長インタビュー(3)
あえてロードマップから外れたWiiの設計




岩田聡氏

 PLAYSTATION 3(PS3)やXbox 360と並べると、特異なWiiの省サイズと省電力。その背景には、家庭に置いた時に邪魔者扱いされないことを主眼に置いたWiiの設計思想があった。あえてテクノロジロードマップから外れて、チップアーキテクチャを肥大化させない路線を取った。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)に、同社のWii開発とその背景について伺った。


●壁となった90nmプロセスの消費電力の問題

【Q】 90nmプロセスでは、消費電力がクリティカルな問題となり、チップ設計は困難に直面しました。Wiiはそれに対して、チップアーキテクチャをシンプルに留めて、パフォーマンス/消費電力を上げるという、1つの回答を示しました。その意味では、Wiiハードの設計思想は非常に明快ですね。

【岩田氏】 おっしゃる通り、特に90nm(プロセス)以下は、リーク電流がものすごく大きな割合になり、プロセスの線幅が細くなっても消費電力が下がらないというジレンマに直面しました。PCのファンが大きくうるさくなって、世界をリードしているはずのIntelさんも、その問題から、なかなか抜けられない。それを横目で見て、僕らもどうしようと考えました。

 その時、その同じ半導体(プロセス)90nmを、この時代だったらある程度枯れた技術として使えるけど、どうしようという話になりました。そこで、全く逆に振ったのがWiiだったわけです。

【Q】 枯れ始めた90nmプロセスを使うが、プロセスに合わせてチップを大規模化する方向には振らない。逆に、枯れたチップアーキテクチャを90nmで製造することで、消費電力を抑える。これも1つの『枯れた技術の水平思考』ですね。

【岩田氏】 ええ、でも僕らも最新鋭なんですよ。SOI(silicon-on-insulater)プロセスを使って電力消費を抑え、リーク電流も抑えました。レーシングカーで極限のスピードを目指すのも1つの道だけど、ハイブリッドカーでものすごく燃費がいい車もハイテクじゃないですか。ハイテクの向きが違うだけで。

 我々の目標は、(筐体を)うんと小さくても、スタンバイ時ならファンレスで動かせるようにし、アクティブ時にもファンもそれほどすごいスピードで回さなくても十分冷えるようにすることでした。常に動いていても、お客さんが邪魔に感じないようにするためです。そうしようと思うと、この方法しかなかった。

90nmで製造したため極めてダイが小さいWiiのCPU 冷却機構はCPUとGPUにまたがるヒートシンク

●DVDケースを目標とした省スペース筺体

【Q】 家庭に抵抗なく受け入れられコンテンツダウンロードなどのために24時間通電されるマシンというコンセプトがあり、そのために、明確な静音化と省スペース筺体化の目標があった。しかし、90nmプロセス以降のリーク電流という壁があったために、必然的にチップ設計の方針が決まったわけですね。

2005年のE3でWiiのサイズを発表する岩田氏

【岩田氏】 そうです。ただ、最初に私がDVDケースを持ち出して、この大きさに入れましょう(Wiiの筺体は「DVDケース2から3つ程度」と2005年のE3時にアナウンスした)と言った時のハードウェアチームの凍った顔は忘れられないですね(笑)。

 サイズはね、最初からこれにしましょうと。家の中で邪魔者にされないためには、サイズの目標をはっきり決めておいたほうがいいと。私や竹田(竹田玄洋氏、任天堂専務)や宮本(宮本茂氏、任天堂専務)の会議で、そういう話があったんです。

【Q】 てっきりチップ設計からサーマル(Thermal Design Power:熱設計消費電力)が決まり、その結果、筐体のサイズが決まったかと思っていました。

【岩田氏】 サーマルが決まったらこれくらいのサイズになりますという箱は当然出てくるんです。でもその箱を見てもピンと来なかった。そこで、このサイズにしましょうとこっちから提案した。

 そのときは、私もあえて素人のふりをして(笑)、こうであってほしいとね。当然のことですが、サーマルって本当に設計が詰まって最終段階にならないと読み切れないんですね。だから作ってみないとわからないのに、この箱に入れろと言われて、ハード屋さんは大変だったと思います。

【Q】 筐体が小さければ、筐体内温度が上がりやすいので、サーマルバジェット(チップの冷却のための温度の余裕)が限られます。なのに、静音化しようとすると、ファンの回転を抑えることになる。ファンを静音にすると、エアフローが限られますから、消費電力をかなり落とさないと難しい。静音でエアフローを増やそうとすると、冷却システムのコストが上がる。エアフローを確保しようとすると、吸気口が増えてEMIを基準内に納めることが難しくなる。サーマル、EMI、アコースティックのトレードオフを考えると、スリムなWiiの低コストでの静音化は、非常に難しいことがよくわかります。

【岩田氏】 そうでしょう。本当にファンが付いているのと思うくらいですからね。

●テクノロジロードマップから外れたチップ開発

チップ個数が少なくシンプルなWiiのマザーボード

【Q】 半導体プロセスは微細化しても、チップ規模は抑える。これは、半導体スケーリングの常識から言えば完全に外れていますね。プロセス世代毎にチップ規模を倍々にするのがスケーリングのセオリーです。半導体技術からすると、かなり意外性があります。

【岩田氏】 竹田(竹田玄洋氏、任天堂専務)にその(案の)話をした時、「それは(テクノロジ)ロードマップから外れろってことですよね」と言うんです。私は「はい、ロードマップから外れましょう」と答えて(笑)。

 次に、ロードマップから外れるという、とんでもない話を、今度は開発パートナーのIBMさんやNECさんやATIさんにするわけです。みなさん、最初はまず固まるんですよ(笑)。

 でも、なぜそうしなければならないのか、お話して、ご理解いただくと、なるほど面白い、チャレンジしましょうと。全力出していただけたんで、そういう意味で面白い開発でしたね。

【Q】 テクノロジロードマップを外れることは、勇気が必要です。ロードマップに沿ったデバイスから取り残される可能性を意味しますから。パッドリミットなどのハードルもあります。それをあえてやったことが、Wiiのチップ設計の最大のポイントですね。

【岩田氏】 我々の根っこにあったのは、どうしたらゲームを遊んでくださる方が増えるのか、ゲーム人口が拡大するかという点。そのテーマからすると、ハードの設計は、この道以外になかったんです。熱設計もそうですが、こうした選択を取ることで、ぐっとUI(ユーザーインターフェイス)の方に投資を傾けられましたから。

 結局、CPUなりGPUなりの(ダイ)面積がどんどん大きくなると、そこにコストがかかるようになる。すると、全体のコストの中で、マンマシンインターフェイスにはコストをかけられなくなります。しかし、今回Wiiでは、コストをこっちにかけたかった。それも大きな理由でした。

●比重が増すソフトウェア開発コスト

【Q】 Wiiを見ると、ハードウェアの開発コストを抑えていることがわかります。しかし、今世代機は、Wiiに限らず、いずれもソフトウェアの開発コストが膨れあがってますね。OSやライブラリがリッチになっただけでなく、汎用アプリも載せています。ソフトウェアモデルが変わったことで検証にも、より労力がかかる。本体ソフトだけでなく、サーバ側のシステムのコストもありますし。

【岩田氏】 おっしゃるとおりです。本体に初めから内蔵されているソフトウェアを考えても、以前とは比べものにならない量が詰め込まれています。

 昔はディスクを読み込んで立ち上げるためのソフト(ローダー)しか入っていなかった。けれど、今は、ファイルシステムからOSからDRM(デジタル権利マネジメント)から、さまざまなアプリケーションまでが入っている。それらを全て作るために、ソフト開発投資全体が増えました。

 昔はゲーム機の開発では、カスタムチップを作るコストが非常に大きかった。それと、量産立ち上げのための設備投資、これが開発のコストだったんです。けれど、今回は、ソフトの開発コストの割合いがすごく上昇しましたね。

 ですが、そのためにソフトの開発環境もきちんと揃えようとなって、開発リソースも振り分けてます。また、ソフトならフレキシブルなので、後から色々なことができるという利点もあります。

 ただし、レイトバインディング(ソフトウェアコンポーネントを実行時にバインドすること)は、最後の最後に(ソフトウェアを)貼り合わせるため、すごく恐ろしいですね。一歩間違えれば、発売の時にボロボロになるリスクもあります。

【Q】 従来のゲーム機のソフトウェアモデルでは、ディスク上にあるプログラム間で互換性が取れていればOKでした。問題が見つかっても、ディスク上のプログラムを修正すれば済んだ。しかし、本体側にソフトウェアモジュールのかなりの部分があると、そうした手は効きません。しかも、後からシステムソフトにアップデートが加わる。そのため、整合性を取ることは、原理的にはより難しくなり、互換性の維持もある意味難しくなりますね。

【岩田氏】 ディスクのアプリは、その都度いろんな環境で作られていますからね。ディスクアプリの実行を保証するためには、ディスクアプリを作った時のOSやさまざまなI/Oサブシステムの環境が、作った時と同じでないと動作が保証できなくなります。Wiiは、(PCのように)汎用OSがあってそこに(アプリケーションプログラムを)ロードするわけではないんです。けれど、明らかに、かつてのように全てメディアの中にありますという時代とは変わりましたね。

 ですから、ゲーム機の互換の維持も、どんどんハードルが上がっていきます。次の(世代の)ことを考えるのは、ちょっと気が早いですが、次に(互換性の維持を)どうするんだろうと考え始めると、ぞっとしますね。

【Q】 でも、その逆に、ハードウェアを完全互換にしなくても、後方互換(Backward Compatible)性はソフトウェアで吸収し易くなりますね。

【岩田氏】 ソフトが厚くなる分、ハードでやる割合は減って行くでしょうね。

●インターフェイスでは業界スタンダードに乗る

【Q】 チップに関してはテクノロジロードマップから外れるというお話でした。しかし、インターフェイス回りは、Wiiも他の2機と同様に業界スタンダードを採用しました。こちらは、逆に標準化の流れに乗っているようですが。

【岩田氏】 そうです。昔は、任天堂は、ゲーム機に付けるインターフェイスに、独自の規格ばかり作って来ました。ゲームのデータの改造をされたらどうするとか、得体の知れないものをつながれて壊れたらどうするとか、そういう発想だったんです。

WiiはBluetoothと無線LANを搭載

 でも、WiiはUSBとSDカードスロットですから、もろにスタンダード。Bluetoothもある意味そうですね。これまでとは逆に、スタンダードで量産されるものを使わない手はない、という発想になって来ています。そこは、ある意味テクノロジロードマップに乗っていることです。世の中のスタンダードに乗っていれば、選択肢がバッと広がるので、その利点を取ったわけです。

 Wiiではデバイスドライバソフトさえ書けば、何でもつながります。こんな面白いデバイスができたんで、使えるようにして欲しいといったリクエストが、ソフトの開発先から出てくれば、きっと僕らはドライバを書いて使えるようにしちゃうんです。そうすると、新しいデバイスを早く使えて面白いなと。

 ですから、ただあまのじゃくでロードマップに乗らないわけじゃあない(笑)。意図を持って、ロードマップを外すところと、ロードマップにあえてそのまま乗るところがあります。

【Q】 チップの複雑化を抑えて、低電力消費と低発熱を実現する一方、必要な業界標準は取り込む。今後も、こうした設計思想を続けて行くのでしょうか。

【岩田氏】 今回の選択は、こういう値段のゲーム機で、こういうことをしたいという用途に対してベネフィットがあっただけなんです。だから、任天堂が一度こういう道を取ったといって、次も同じとは限りません。この先も、常にその時のベストバランスを考えると思います。私が一番大事なのはバランスだと思います。優れていても、何か足を引っ張る要素が1つでもあれば、全体として活きないわけですから。

●5年に1回ハード変わると硬直的に考えることが問題

【Q】 ゲーム機は約5年サイクルでプラットフォームを更新してきました。このサイクルは今後も続きますか。

【岩田氏】 我々はいつでも研究をしているのですが、研究のアウトプットがいつ出せるのかは何とも言えないですね。5年より伸びるかもしれないし、5年くらいで必要になるかもしれないですし。むしろ、5年に1回変わるものと硬直的に考えることが、逆に問題だと思います。それはまさに、ロードマップに乗ったモノの考え方そのものじゃないですか(笑)。

 今、我々はロードマップに乗らないことをしようとしているわけだから、そこも硬直的に考えなくていいと思っています。たんに、シリコンサイクルが進んだからとか、そろそろ新しいハードを売りたいから、という理由でプラットフォームを更新してはいけないと思うんですね。

【Q】 本体側のライブラリが厚くなると、ディスク側のアプリのために、ハード側を完全互換にする必然性が薄れます。その分、原理的にはハードを変更しやすくなりますよね。例えば、ハードを段階的に拡張し、後方互換を維持しながらソフトウェアを拡張して行くモデルも取りやすい。実行するアプリも、ディスクアプリだけではなくなったので、ハードを拡張する意味がある。

【岩田氏】 ソフト層が厚くなってバーチャライゼーション(仮想化)が進めば、ハードウェアの完全な同一化の要求は下がりますから、それは、1つの要因にはなりますね。

 ただし、あくまでも目的はお客様に驚きを与えることです。ゲーム機の処理性能やグラフィックスの強化で性能を上げることも1つの道ですけど、僕らはこの機械がお客様を驚かせるネタをいくつ提供できるかを一番重視しています。そのネタはハードに限らない。ハードでもいいし、全く新しいUI(ユーザーインターフェイス)を作っても驚きになるかもしれない。あるいは、もっと別のことが驚きのタネになるかもしれません。

【Q】 ソフトウェアモデルはどうですか。任天堂は、今回、ゲームキューブからWiiでプログラミングのベースはほぼ変更しませんでした。ソフトウェア開発のモデルをリセットしないという点もWiiの重要なポイントの1つでした。

【岩田氏】 確かに、Wiiは非常に(ゲームキューブに)近かったので、すごく移行が早く済みましたね。効率よく乗り換えが出来ましたと思います。

 今までは、5年ごとにソフトウェアも変わってきました。しかし、本当に5年に一度、開発手法からものの作り方から全部変えるのが正しいのかと、そこは疑問に思います。作り手の負担を考えるとですね。

●ゲーム開発の負担とプログラミングの容易さ

【Q】 Microsoftは、現在、「XNA」でゲームのプログラミングモデルを変革して行こうとしています。ソフトウェアをよりリッチにして、ゲームプログラミングを容易にし、ハードの世代間、あるいはプラットフォーム間の移行を容易にする方向へと進んでいます。また、.NETのランタイムをXbox 360に載せて、エンドユーザーの中間コードのプログラムを走らせることができるようにする。ソフトウェア開発者として、こうしたMicrosoftのアプローチはどう見ているのでしょう。

【岩田氏】 コンピュータとしてどんなにプログラムしやすくても、お客さんが驚くかどうかは関係しません。お客さんを驚かす部分は、「全部(デベロッパが)自分で考えてね」とか「ひたすらリッチにして驚かしてね」といった形になると、開発の負担は減らないんですね。プログラムをし易くすることは、もちろん重要だと考えていますが、あくまでも手段です。プログラムに効率がいい手段が提供されても、お客さんを驚かせる方法が与えられなければ課題は解決しないんです。

 今のお話は、私もソフトウェア技術者なのでよくわかるんです。ですが、任天堂が提案しているものは、そうした(ソフトウェア技術進歩の)ロードマップに載っていないんですね。僕らのモデルでは、お客に驚いてもらえるソフトを作る時に、ソフトウェア屋さんが「(ネタが)品切れだ」と叫んだ時、「じゃあこれはどう」と提案できるのがゲームハード側のあるべき姿だと思うんです。

【Q】 コンピュータ業界から見ると、Microsoftやソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の動き方は分かりやすい。コンピュータ業界のテクノロジロードマップに沿っていますから。任天堂は、逆にコンピュータの世界からはわかりにくい。それは、発想の原点が異なるからですね。

【岩田氏】 彼らはとても、PC的だと思います。私も、技術者としてはそのアプローチはわかるんです。でも、うちはお客さんに驚いてもらってナンボですから、こういう方法になっていますね。

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【12月7日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(2)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1207/kaigai325.htm
【12月6日】【海外】任天堂 岩田聡社長インタビュー(1)
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【9月20日】【海外】ローパワーでハイパフォーマンスを目指すWiiのプロセッサ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0920/kaigai301.htm

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(2006年12月11日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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