●---- -->容量アップを言いわけに新しいiPodを買ってしまった。今まで使っていた60GBのiPod Photoが満杯になってしまったので、これからどうしようかと途方に暮れていたところだったので、渡りに船だ。 ●低いビットレートで捨てられるもの とりあえず、20GB分の余裕ができたので、これまで96kbpsのCBRだったリッピングのレートを128kbpsのVBRにした。すでにリッピング済みの2万曲分はそのままだ。今までは1曲が3.5MB程度だったが、これからは5MB程度になる。それでも、20GBあれば4,000曲、アルバムなら400枚は入るだろう。これで、今までのペースで音楽を購入している分には当分大丈夫だろうし、これがいっぱいになるころには、次世代の大容量iPodが出ているだろう。 ビットレートを上げるにあたり、改めて、複数の組み合わせを試してみたが、AACでは96kbpsのCBRと128kbpsのVBRの差はわずかでしかない。けっこうまともなオーディオセットにPCからS/PDIFで渡して再生しても、特に、96kpbs CBRに不満を感じることはない。比べてみて、ようやくわかる程度の差にすぎない。 でも、CDをダイレクトに再生したり、ロスレス圧縮したものを聴いたときと128kbps VBRとの差は歴然としている。近頃は、オーディオセットの前に陣取って音楽を楽しむような余裕があまりなくて、せっかく買ったCDも、オーディオセットで聴くこともなく、封を切ってすぐにパソコンのCDドライブでリッピングして、そのまま棚で待機という状態だから、ちょっともったいないような気もする。本来、その楽曲から得られていたはずの情報量の何%かを捨てているようなものだからだ。 ●圧縮に慣れる危険性 圧縮音楽というと聞こえは悪いが、非可逆の圧縮コンテンツというのは、身の回りを見渡してもずいぶんたくさんあることに気がつく。そもそも携帯電話で話をするときでさえ、ぼくらの耳は非可逆の圧縮音声を伸張したものを聴いているのだし、地上デジタル放送やDVDはMPEG圧縮、デジカメで写真を撮ればJPEG圧縮だ。 圧縮することで得られるメリットは、データサイズが小さくなることだ。データサイズが小さければ、通信では短時間に伝送できるし、保存する際のストレージ容量も少なくて済む。通信速度は高速になる一方だし、ストレージの容量も増えている。でも、同じ帯域幅、同じ容量なら、たくさんのコンテンツを扱えるのだから、圧縮コーデックは、今後も使われ続けることになるのだろう。 非可逆圧縮の原点は、人間が知覚できないのなら省略してもかまわないだろうという発想にある。これは、言い換えると、知覚できても許容範囲ならよしとしようということでもある。危険なのは、その許容範囲の上限がどんどん下がってしまうことだ。AMラジオだからFMラジオよりも音が悪くて当然だというのとはわけがちがう。人間の目や耳は、とても賢く、ノイズまみれの音楽や映像からも、コンテンツの本質をとらえることができる。だからといって、ブロックノイズ満載のニュース映像が、こうも堂々とオンエアされてしまっていいのだろうかと思うのだ。 化学調味料のうまみに慣れきった舌が、煮干しやカツオで丹精込めてとった出汁に、なんとなく物足りなさを感じるようなことが、今後、起こりはしないのだろうか。 ●ニーズと現実 可逆、非可逆以前の問題として、そもそも、サンプリングによるデジタル化という行為そのものが、オリジナルを冒涜しているのではないかという考え方もある。広い帯域を持つ音声を、たかだか44.1kHz程度のレートで切り刻んでいいものなのか。広いダイナミックレンジと複雑な空間周波数で成立している自然界の光を1,000万画素程度で表現できるはずがないということだ。 録音、撮影といった行為の時点で、ぼくらは、非可逆への暗黙的了解をしてしまっているのかもしれない。その時点でオリジナルは劣化コピーと化し、二度と再現することはできなくなる。あとにあるのは、再生だけだ。再生は、その環境によって、著しく再現域が異なる。つまり、同じものであるはずなのに、誰も同じものを見ていないということが起こってしまう。 デジタルがぼくらの生活にもたらした恩恵は決して少なくはないが、それによって、失ったものも多い。今さら言っても遅いかもしれないが、音楽くらいは、せめてロスレス圧縮で楽しめる環境を標準にしてもよかったのかもしれない。持っている音楽、全部を持ち出せるというところに意義を見いだして買ったiPodだが、持ち出せたのは全部じゃなかった。圧縮で失われた音は、CDの棚に置いたまんまだ。128kbps VBRとロスレスのサイズ差はほぼ8倍。今、2万曲が入っている80GBのiPodには、ロスレスでは3,000曲くらいしか入らない。 でも、750GBのHDDを用意すれば、少なくとも手持ちのCDは全部収まるのかと思うと、ちょっとそそられたりもするのだ。750GBのHDDは、すでに市場にある。たぶん、1TBのiPodがあれば、残りの生涯で手に入れる楽曲を含めて、すべてのCDをロスレスで収録できるだろう。たった1TBで収まってしまうのだ。手のひらにおさまるS/PDIF出力つき1TBのiPodができるのが先か、それとも、画期的に小さくなるロスレス圧縮アルゴリズムの登場が先だろうか。ロスレス圧縮は各社ともに研究開発を続けているようだが、圧縮率の点で理想にはほど遠い。いずれにしても、ニーズがなければ、そんなものは生まれはしない。問題の本質はそこにある。 □関連記事
(2006年9月22日)
[Reported by 山田祥平]
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