笠原一輝のユビキタス情報局

ソニー新「ルームリンク」開発者インタビュー
~DLNAガイドライン対応の新ルームリンクは
デジタルホームの起爆剤となるか





ソニーがリリースした新ルームリンク“VGP-MR100”

 ソニーが同社のDMA(Digital Media Adaptor)「ルームリンク」の新製品「VGP-MR100」を発表した。

 従来のルームリンクは、あくまでVAIOの周辺機器という扱いで、サーバーにできるのはVAIOのみという仕様だったのに対し、新ルームリンクでは明確に「DLNAガイドライン」対応予定を打ち出しており、将来的にDLNAガイドライン対応機器もサーバーとして接続することが可能になっている。

 また、さらに同社がさかんにVAIOでアピールしているハイビジョンコンテンツへの対応を打ち出していることも特徴で、D3出力をもサポートしている。ソニーは、この新ルームリンクで何を目指しているのか、ルームリンクやVAIO Mediaの企画を担当しているソニー株式会社 インフォメーションテクノロジーカンパニー 企画部 デジタルホーム担当 統括マネージャーの岸本豊明氏にお話を伺ってきた。


●DLNAの成立に大きな影響を与えたソニーの動向

 今回の新ルームリンクについての話をする前に、DLNAの成り立ちについて、説明しておく必要があるだろう。

 DLNA(Digital Living Network Alliance)とは、ソニー、Intel、松下電器、Microsoftなどが中心になり進めてきたデジタルAV機器によるホームネットワークのガイドラインをまとめる団体だ。以前は、DHWG(Digital Home Working Group)と呼ばれていたが、昨年の6月にDLNAに改称された。

 最近では、AV機器にもEthernetポートが標準で装備されていることも珍しくないが、コンシューマ向けOSがWindowsかMac OSぐらいしかないPCとは異なり、家電の世界では機器ごとに仕様がまちまちで、ソフトウェア的な互換性がとれないため、機器同士で相互に通信はできない現状だ。

 ソニーで言えば、PSXやスゴ録にもEthernetポートが装備されているが、これらがVAIOとデータをやりとりできるわけではない。すでに述べたように、データをやりとりする手順やデータのフォーマットなどの取り決めが、家電側には存在していないからだ。

 そこで、DLNAでは、昨年の6月にDLNAガイドラインのバージョン1.0を策定、これをリリースした。DLNAガイドラインでは、AV機器が相互に接続する際の仕様を決め、それを各社が実装することで相互にやりとりをできるようにしよう、というものだ。

 これで、AV機器・家電同士やAV機器・家電とPCで相互にデータをやりとりすることが可能になり、AV機器・家電側でPCのファイルを再生したり、あるいはその逆ができたりするようになる。つまり、AV機器・家電とPCから構成されるホームAVネットワークを構築することが可能になるのだ。このため、DLNAの取り組みは、業界の関係者から大きな注目を集めている。

 このDLNA、その前身となるDHWGのいずれも、ソニーがその成立に多大な功績があると言うと、意外な印象を持つ人が多いのではないだろうか。DLNAにせよ、DHWGにせよ、IntelやMicrosoftといった、どちらかというと、IT企業側のニーズから作られたと考えている人が多いと思うが、実はそうではない。

 Intelに近い関係者によれば、確かにDHWG/DLNAの最初のアイディアはIntelが始めたというのは事実だそうだが、実際にはIntelが他ベンダに声をかけた時にはどこも動かなかったのだという。

 Intel側でDHWGの立ち上げに関わったDPG(Desktop Platform Group)のある幹部が困り果て、ソニーのある幹部に話を持って行ったところ、その人物が日本の大手ベンダに話をしてまわり、現在のDLNAの形としてまとまったという。

 ちなみに、DLNAの議長は、Intelではなく、ソニーのスコット・スマイヤー氏がつとめている。こうした団体では大抵、最初に話しを持ちかけた企業が議長職を取ることが多いことを考えると、ソニーが議長になっているという背景には、DHWG/DLNAの成り立ちが影響していると考えるのが妥当だろう。

●AV業界の産業構造の変化が、ITとAVの融合を促進する

 やや長い前書きとなってしまったが、DLNAの成り立ちにソニーが重要な役目を果たしたことはご理解いただけたのではないだろうか。

 では、なぜソニーはこれほどDLNAに肩入れし、実際にイニチアシブをとってまでDLNAの立ち上げに大きな貢献をしたのだろうか。これはかなり大きな疑問である。

 これまでの日本の常識では、ソニーや松下電器といった家電の大手ベンダは、IntelやMicrosoftといったIT系のリーディングカンパニーを毛嫌いしており、それらの企業と手を組んでITの技術をAVに取り入れていくなど、考えられないというものであったからだ。

ソニー株式会社 インフォメーションテクノロジーカンパニー 企画部 デジタルホーム担当 統括マネージャー 岸本豊明氏

 だが、岸本氏は、そうした考え方はもう古いと指摘する。「デジタル家電産業自体も産業構造が変わった。例えば、HDDレコーダというのは、いわゆる“テレパソ”と言われていたTV録画機能搭載PCで培われた技術や部品を、家電の形態に練り上げたもの。HDDなどの部品にしても、ミドルウェアにしても、完成品にしても、グローバルな水平分業の産業構造の中で競争をしている。つまり、中身も、産業構造もPC産業そのもの。

 同時に、PCとHDDレコーダとの間の競争や、PCと液晶TVとの間の競争も存在し、AVだ、ITだのと言っていられない環境となってきている。従来は、確かに、IT系企業とAV系企業の間に温度差があったが、すでにAV側もITの技術が切り離せなくなってきていることを認識している」(岸本氏)と、もはやAVとITは不可分になりつつあるのだ。

 確かに、最近のデジタル家電に利用されているコンポーネントは、元々PCの技術から来たものも少なくない。HDDやEthernetはその代表例であるし、液晶TVなどは、考えてみれば元々PCのディスプレイとして使われていた液晶パネルが大型化されて使われていると言うことだって可能だろう。

 すでにどこまでがAVで、どこまでがITであるかなどと指摘することすら不可能な時代を迎えているということだ。このような時代背景が、DLNAという取り組みを可能にした理由であるのだ。

 「AV機器の本質としては、ネットワークでつなぐのであれば、どのメーカーのPCでもつなぎたい。HDDレコーダが、AVケーブルを使えば、どんなメーカーのTVとも接続できるのと同様に。そのような背景から、AV業界の側も、DLNAのようなオープンスタンダードな取り組みを必要としていた」(岸本氏)と、AV機器側もD端子やSビデオ端子のように扱える、オープンスタンダードなホームネットワークの規格を必要としていたのだ。

 そうした背景があり、DLNAがAV機器の側にも受け入れられつつある状況の中、新しいルームリンク「VGP-MR100」が2月に発売される。

●HDコンテンツの再生を意識した新ルームリンク

 今回発表された新ルームリンクは、あくまでVAIOの周辺機器という位置づけであるが、DLNAガイドラインにも対応予定で、従来のVAIO Media専用機器という位置づけとは大きく異なっている。

 今後他社もDLNAガイドラインに対応したDMAをリリースしてくることが予想されるが(実際、すでにシャープは発表済みだ)、このVGP-MR100もDLNA互換のDMAと競合して行かざるを得ないし、VAIOの周辺機器であるという意味合いも出していかなければならない。製品の企画としては悩ましいところだろう。

VGP-MR100の背面。D3端子を搭載する

 VGP-MR100の最大の特徴は1080iのHDコンテンツを再生できるところだ。「VAIOデスクトップでは弊社のHDV 1080i対応デジタルハイビジョンハンディカム『HDR-FX1』から取り込んだ1080iのHD映像を編集できることをアピールポイントの1つにしている。このVGP-MR100でも1080iのHD動画が綺麗に再生できる、というところをアピールしていきたい」(岸本氏)、1080iをサポートするために、背面のD端子を利用してD3(1080i)のHD出力を可能にしていると説明する。

 VGP-MR100はメディアプロセッサとしてSigmaDesignsのEM8620Lを採用している。EM8620LはMPEG-2 HD(720p/1080i)、WMV HD(720p)のデコーダも内蔵している強力なメディアプロセッサで、DMAのデファクトスタンダードと言って良い製品だ。

 「今回の製品では、D端子を備えたTVであれば、ユーザーインターフェイスも高解像度にして表示することが可能です。D端子出力時にはフォントなどが明らかにくっきりときれいに見えるなど、違いが実感できる」(岸本氏)と、HD環境での利用を意識した製品に仕上がっているという。

●VAIO Media V4.1側でWMVからMPEG-2へのトランスコードをサポート

 新ルームリンクの最大の泣き所はWMVに対応したファイルの再生がネイティブではできないことだ。EM8620L自体の仕様としては、WMV HDの720pまで再生可能になっているのだが、VGP-MR100ではWMVの再生機能はソフトウェア的に実装されていない。

 このため、VAIO Media以外のDLNA対応メディアサーバー(デジオンのDiXiMや、それをベースにしたNECや富士通のメディアサーバー)に接続した場合、WMVファイルをブラウズしコンテンツとして認識することになるのだが、VGP-MR100では再生できない。

 「WMVに関してはDLNAガイドライン バージョン1.0のサポート要件の中には入っていない。必須フォーマットによる全てのサーバー機器との互換性実現を重視し、WMVは実装していていない」(岸本氏)と、今回はDLNAガイドラインへの対応を重視したため、このような仕様になっていると説明する。岸本氏も指摘するように、WMVやWMAのサポートは、DLNAガイドライン バージョン1.0には含まれていない。ソニーのATRAC3に関しても同様に含まれていない。

 なぜ、こうした仕様になっているかと言えば、各社の折り合いをつけるため、利害がぶつかるようなフォーマットの採用を避け、MPEG-2やWAVといった標準的なファイルフォーマットのみのサポートとなっているからだ。

 「DLNAの理想は、フォーマットの違いが分からないような、ITリテラシーがあまり高くないマスのユーザーでも音楽や映画を楽しむことができるようにするもの。このため、各社が利害を乗り越えて、ベースラインを確保して最低限の互換性を維持するためのもの」(岸本氏)との通り、MicrosoftもWMVやWMAをあきらめるから、ソニーもATRAC3をあきらめるという形で折り合いをつけたため、現在のような形になってしまっているのだ。

 しかし、PCユーザーの視点からすれば、WMVはデファクトスタンダードのようなフォーマットになりつつある。撮り貯めたTV番組をWMVにエンコードして保存しているという人も多いのではないだろうか。WMVファイルを再生できないという仕様は、やはり理解に苦しむと言える。実際、同じようにSigmaDesignsのEM8620Lを搭載している他社のDMAでは、WMVの再生ができることを考えると、なぜ? という感が強いことは否めない。

 ただし、今回ソニーはVAIOユーザーに無償配布するメディアサーバーのVAIO Media 4.1に、VGP-MR100では再生できない動画の形式をMPEG-2へとトランスコードする仕組みを実装している。このため、WMVに限らず、PC側で再生できるコーデックがインストールされていれば、DivXなど、ほかの形式のビデオもMPEG-2へとリアルタイムでトランスコードされて転送される。

 「トランスコードそのものはDLNAの仕様ではないため、ほかのDLNA対応メディアサーバーには実装されていない。VAIOでは、2004年5月以降発売のモデルに搭載しているVAIO Mediaに、ビデオ・オーディオファイルのトランスコード機能を搭載している。今後DLNAでも将来の仕様に入れてもらえるように議論していきたい」(岸本氏)

 また、今回ソニーは、従来のVAIO MediaがインストールされているVAIOユーザーに対して、最新のVAIO Mediaへのバージョンアップを行なう。VAIO Media 2.x、3.xがプリインストールされているVAIOユーザーは、無償提供されるアップグレードソフトウェアを利用してVAIO Media 4.1へのバージョンアップが可能になる。

 なお、このVAIO Media 4.1のメディアサーバーはDLNAガイドライン対応となっているので、他社のDLNAガイドライン対応DMAと組み合わせて利用することも可能になる。

●将来におけるDTCP-IPサポートの可能性は否定せず

 DLNAに関してのホットトピックと言えば、ホームIPネットワーク上でのセキュアなコンテンツの転送を実現する「DTCP-IP」への対応があげられる。DLNAでは、今年の半ば頃を目指して、DLNAガイドライン バージョン2.0の策定を行なっている。バージョン2.0では、DTCP-IPの実装に関する仕様が議論の中心となっている。

 DTCP-IPの搭載が実現すれば、PCに格納されているDRM技術で保護されているコンテンツも、ネットワーク越しに再生可能になる。

 例えば、ユーザーがWindows Media DRMで保護された音楽ファイルをPCに格納しているとする。現在のDLNAガイドライン バージョン1.0に対応したDMAでは、このファイルを再生できない。なぜかと言えば、ネットワーク上でストリームする際にデータをキャプチャされてしまう危険性があるからだ。

 しかし、DTCP-IPがサポートされるようになれば、ネットワーク上でも安全にストリームが可能になり、Windows Media DRMで保護された音楽ファイルも再生できるようになるのだ。

 VGP-MR100に関しては、今のところDTCP-IPの機能は搭載されていない。ただし、EM8620Lそのものに関してはDTCP-IPの機能を実装することが可能だ。その可能性について、岸本氏は「もちろん、可能性はないとは言えない」と言葉を濁すが、可能性を否定することはなかった。

 VGP-MR100自体は、ファームウェアのアップデートが可能になっており、新しいDLNAガイドラインが策定された場合には、DTCP-IPの実装という可能性もあると考えられるのではないだろうか。

●DLNAガイドライン対応のソニー製AV機器というのは今後登場するのか?

 今回ソニーがVAIO Media 4.1において、DLNAガイドライン対応を明らかにしたことで、NEC、富士通、ソニーといったコンシューマ向けPCメーカー御三家が、いずれも自社のPCをDLNAガイドライン対応化したことで、PC側の準備はほぼ終わりつつある状況だと言って良い。では、AV機器側の方はどうなのだろうか、この点が次の焦点となる。

 この点も徐々にではあるが、始まりつつある。例えば、松下電器のDIGAの最上位機種「DMR-E500H」には、Universal Plug and Play(UPnP)も、DTCP-IPも実装済みとなっている。松下電器はそれをDLNAガイドライン対応とは言っていないが、実際のところDLNAガイドライン対応のメディアクライアントから接続することが可能だ。それでは、DLNAの議長職をつとめる企業でもあるソニーは果たして、どうしていくのだろうか?

 実は、ソニーもすでに、DLNA互換とはいかないが、VAIO Mediaのクライアント機能を持つ機器を、ルームリンク以外にもリリースしている。それが、「メディアリンクスタジオ」という名前で呼ばれたVAIO Mediaのクライアント機能を持つプラズマTV「WEGA」や、ルームリンク機能搭載のAVアンプといった製品だ。これらは、あくまでVAIOがサーバーという条件は付くが、実質DMAとして利用できていた。

 だが、こういった機能を搭載した製品は、2003年にTVが3製品、その後ホームオーディオ系商品が2製品登場したきり、その後は新製品がリリースされていない。有り体に言えば、採用が進まなかったということだ。

 「これまでは、VAIO Media語というローカルな言語でしかなかった。AV機器への採用が進まなかったのはそうしたことが大きい」と、オープンスタンダードではなかったことが、ソニーのAV機器へのホームネットワーク機能の実装が進まなかった理由であると岸本氏は説明する。

 ならば、DLNAガイドラインというオープンスタンダードが存在する現在なら、そうした障害は無くなったということができるのではないか。

 「残念ながら、PC事業部門の担当者である私からは、今日は具体的な話はできませんが、これから具体的な動きがある可能性はあります」と、同氏は明言しなかったが、今後ソニーからも対応製品がでてくる可能性が高いことを示唆した。

 ソニーがDLNAの議長職をつとめていることを考えても、今後具体的な動きがでてくると期待することは十分可能だと筆者は思うが、いかがだろうか。

□関連記事
【1月10日】【笠原】立ち上がるDLNAガイドライン対応のホームAVネットワーク
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0110/ubiq92.htm
【1月8日】【笠原】同床異夢のWintelと家電陣営
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0108/ubiq91.htm
【1月5日】ソニー、DLNA/1080i再生に対応した新「ルームリンク」
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050105/sony.htm

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(2005年1月27日)

[Reported by 笠原一輝]


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