おおみそかの日のことでした。
村はずれにはお地蔵さまが6つ並んでおりました。
「お地蔵さま。雪が降って寒かろう。このかさをかぶってくだされ」
やさしいおじいさんは、売れなかった笠をお地蔵さまにかぶせてあげることにしました。
しかし笠は5つしかありません。
「ひとつ笠が足りない・・・」
そこで、おじいさんは初期値を変えることにしました。
(n=7)
・・・・・・笠はひとつも売れませんでした。
雪が強くなってきました
お地蔵さまが7つ並んでおりました。
「お地蔵さま。雪が降って寒かろう。この笠をかぶってくだされ」
おじいさんは、売れなかった笠をお地蔵さまにかぶせてあげました。
しかし笠は6つしかありません。
「やはりひとつ笠が足りない・・・やりなおしか・・・」
やはり、おじいさんは初期値を変えることにしました
(n=8)
・・・お地蔵さまが8つ並んでおりました。
しかし笠は7つしかありません。
「笠がたりないというより・・・」
おじいさんは初期値を変えることにしました
(n=9)
・・・お地蔵さまが9つ並んでおりました。
しかし笠は8つしかありません。
「お地蔵さまが笠にあわせて増えている・・・」
うすうす気づいていましたが、おじいさんは初期値を変えることにしました
(n=23)
・・・お地蔵さまが23つ並んでおりました。
しかし笠は22つしかありません。
「わたしがすべてのお地蔵さまに笠をかぶせることを、なにかが拒んでいる」
それでもそれでも、おじいさんは初期値を変えることにしました
(n=35)
(n=51)
(n=65)
:
:
(n=78)
・・・村はずれにはお地蔵さまが78つ並んでおりました。
しかしおじいさんの持っている笠は77つしかありません。
「世界の意志というべきか・・・」
何度やり直しても、どんなnを初期値にとってもお地蔵さまはそのひとつ上を行くのです。
聡明なおじいさんは、n=3の時点で気づいていたのですが、受け入れるのが恐ろしくてズルズルとループを繰り返していたのです。
おじいさんは、度重なるループにすり減らした意志をかき集めどうにか問題を一般化しました。
n = m + 1
nはお地蔵さまの数。mは笠の数。この式は変えることはできない。
それでもお地蔵さまに笠をかぶせきる方法があるとしたら・・・
おじいさんは願いを込めて初期値を変えることにしました。
(n→無限)
Q. すべてのお地蔵さまに笠をかぶせるにはどうすればいいか?
A. 笠を無限個にする
それがおじいさんの最終計画<ラストプロット>でした。
この感じ、ここから先、割とたくさんの人を置いてけぼりにするだろう。やさしいおじいさんは思いました。また一方で、暗く、しかし強く堅い決意もありました。
「置いていけぼりにした人たちは雪が覆い隠してくれる」
雪はさらに強くなっていました。進むしかない
お地蔵さまは無限体+1体並んでおりました。売れ残った笠は無限個です。
「ここまではよし・・・」
笠を無限個にすれば、お地蔵さまは無限体+1になる。ここまでは想定内です。
そう、おじいさんには計画がありました。
その計画とは・・・
1体目のお地蔵さまに笠はかぶせません。
そのかわりに
2体目のお地蔵さまに1つ目の笠をかぶせます。同様に、
3体目のお地蔵さまに2つ目の笠を、
4体目のお地蔵さまに3つ目の笠を、
5体目のお地蔵さまに4つ目の笠を、
6体目のお地蔵さまに5つ目の笠を対応させてかぶせます。
このとき、お地蔵さまが何体続いていようと、2体目以降のどのお地蔵さまにも対応する笠はあることは明白でしょう。
2体目以降のどのお地蔵さまにも対応する笠はある
笠が無限個あるのでお地蔵さまが無限体あっても成り立ちます。ゆえに1体目以降のすべてのお地蔵さまに笠をかぶせられることになります。
そして、全てのお地蔵さまに笠をかぶせたら1体目のお地蔵さまに立ち戻ります。
そして最後に1体目のお地蔵さまにひとつ笠をかぶせる。笠は無限個あるからこれは可能。これですべての地蔵に笠をかぶせられるこれがおじいさんの計画でした。
「お地蔵さま。雪が降って寒かろう。この笠をかぶってくだされ」
おじいさんは、1体目の地蔵をシカトし、2体目のお地蔵さまに笠かぶせました。
「.. 朝じゃ…終わらん…」
240体目のお地蔵さまに笠を被せたところで、夜が明けました。
さらに、1日がめぐり、1週間がめぐり、1ヶ月がめぐり、 春が来て、季節が夏になっても、笠をかぶせ続けました。
それは176904体目のことでした。
さらに、1年がめぐり、10年がめぐり、1世紀がめぐりました。
時代はうつろって平和は終わり、戦争が始まりました。
人類の愚かさを横目に笠をかぶせていきました。21165008体目のことです。
敗戦からの高度経済成長、バブル。異様な熱気に包まれる日本。
それでもおじいさんはわれ関せずと笠をかぶせていきました。
新たなる千年紀を迎え、なおも人類の発展はめざましく、かわらず愚かさも無限大でしたが、それでも笠をかぶせていきました。71366251体目のことです。
自らの可能性を試すように進化し深化した都市、科学、芸術、なんども危険はあったものの人類の栄華は絶頂にありました。511396286体目のことでした。
絶頂のあと、ほんの綻びから人類は歴史の表舞台からぷっつりと姿を消しました。なにがあったのかおじいさんは語らず、黙して笠をかぶせ続けていました。
さらに数万年、 自然の力が戻り、星影が文明の残骸を優しくなでる頃になっても、笠をかぶせていきました。かぶせた笠はすでに通常の表記では表せないほどでした。
青く揺れる惑星<テラ>は、悠久のときの流れの中、ゆっくりと星界へ還元され、 太陽系は散開し、さらに時間は流れ、宇宙はひっそり冷えて、あるとき誰にも気付かれることなく「時間」そのものが失われ
それでもお地蔵さまに笠を被せ終わることはありませんでした。
おじいさんは、無限に関して「可能無限」の立場をとっていたからです。
それは無限に数え続けることができる世界のことでした。
長く、無限に触れ過ぎたおじいさんの生命時間は引き伸ばされ終わりをなくしていました。
「つかれた」
おじいさんはつぶやいて、世界の移ろいを思い出して目を閉じました。
意識はおおみそかの日に戻っていました。
今にも落ちてきそうな空の下で
「数え終わった世界」を考えていました。
そしてそれこそが「実無限」と呼ばれる無限だったのです。
有限の人間が無限を手にする方法。
それは考えるだけでよかったのです。
「すべてが」
古い肉体を捨て、おじいさんは一条の赤い光となっておおみそかの空へ舞い上がりました。
雪雲すらも切り裂いて、高く青い空でおじいさんは思いました。
次はどんなお地蔵さまに笠をかぶせようか。
可算無限集合アレフゼロ地蔵?
それとも超限順序数オメガ地蔵?
無限の世界の中で、生まれ変わったおじいさんは自由でした。
めでたしめでたし
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