いつまで続く東京一極集中 / 少子化ではじまる東京圏の衰退
総務省による住民基本台帳に基づく人口調査では東京への人口集中が改めて鮮明になった。人口調査によると前年比での人口増加数(91,000人)増加率(0.76%)ともに東京都が前年に続き全国トップになった。国立社会保障・人口問題研究所の清水昌人研究員は「若年層の減少で地方からの流入は一段落しつつあるが、中高年層を中心に勤務地からの交通の便や娯楽環境を重視した都心内での近距離移動が増え、転出が抑えられている。」と分析する。
97年頃、都心地価に割安感が見え始め、やがて低金利の追い風でマンションが都心に林立する風景が目立ちだした潮目から東京の人口増が始まった。地価公示価格も東京都心では底離れから反転に転じ、絶えて久しかった失われた10年の不動産市場の低迷を経てファンドバブルなる現象が取りざたされるようになった。
東京の一人勝ちに対比して語られるのが地方の疲弊である。公共工事に支えられてきた地方経済は、地方財源の大幅な削減と、これから加速する人口減少の時代を迎え、地方の首長と住民は、「自己責任」を貫徹し、生き永らえる途を模索しなければならない。
「東京一極集中と地方の衰退」、この図式ははたして日本の社会・産業構造の健康な姿と言えるのだろうか…。
東京大学先端科学技術研究センターの大西隆教授は日本経済新聞「経済教室」で次のように指摘している。「北米、欧州、日本の経済先進3地域で顕著な差異があるのが大企業の本社所在地の分布状況である。それぞれの売り上げトップ企業100社の立地を調べると、米国では、最も多いニューヨーク都市圏でも3割程度のシェアであり、欧州はパリやロンドンで2割程度とビジネスの拠点は分散している。しかし東京都心には3分の2を超える大企業が集中し、世界でも突出している。この背景は行政の中央集権や大学の集中があり、企業の集中と不離不即の関係にあった。」さらに大西教授は横並び意識、東京に集まれば怖くないという発想の貧困があると指摘し、地方はビジネス分散に慣れた外資を誘致すべきだと説いている。米国のマイクロソフト、ゼネラルモーターズ、フォード、コカコーラの本社はニューヨークやワシントンではない。
高度成長を遂げ躍進する中国は政治的には北京の中央集権国家だが経済的にはメガリゼーションと呼ばれる沿岸部の複数の都市国家群による重層的強力エンジンで驚異的な高度成長を遂げている。大前研一はそれぞれが中国の一部というより独立した国家として独自性を持って発展していると「チャイナ・インパクト」で書いている。
日本における地方の切捨てと東京一極集中信仰の呪縛、母体が癌細胞に侵され衰弱していくのに枢要部とはいえ東京だけがいつまでも元気でいられるはずがない。国内に蔓延する一極集中幻想の虚構性を筆者はこれまで主張続けてきたのだが、残念ながら少数意見でしかなかった。いままでは…。
最近、少子化が東京一極集中を抑制し、さらに東京VS地方の相対的位置を逆転させるという興味深い書籍や新聞論調、シンクタンクの予測が目立ってきた。
今年5月に日本経済新聞社から発刊された松谷明彦著「人口減少経済」の新しい公式が注目されている。書評も好評だ。松谷教授は「人口減少により日本経済自体は縮小するが、一人当たりの国民所得は変わらないどころか、技術進歩による生産性の向上で賃金水準は向上し、むしろ拡大指向の人口増加社会より、個人は幸せになれる」と悲観論を払拭しているのだが、注目すべきは、「人口減少高齢化社会の到来」=「地方の一層の疲弊と衰退」という社会通念を逆転させ、人口減少社会では大都市圏より、地方が豊かになれると宣言している。
朝日新聞主催のシンポジウム「超少子化と向き合う―問われる生き方・施策」での松谷教授の主張は同著書の論理で貫かれている。「少子高齢化という中では、一般的に大都市はまだいいけれども、地方は大変だという意見が聞かれます。しかし、私はそれは逆だと思います。経済にとって重要なのは、高齢化の速度です。そして、高齢化の速度は、地方より大都市のほうがはるかに早いわけです。なぜかといいますと、現在、大都市には20代、30代の人が非常に多くて、いわばそういう人たちに大きく偏った人口構造になりますけれども、これから20年後、30年後にその人たちが高齢者になる時に大量の高齢者になり、その結果、高齢化率が大幅に上昇する。従って、大都市のほうが高齢化率の上昇速度が早いということになるわけですが、重要なのは、その過程で、労働力もまた高齢化するわけであります。(中略) 大都市の労働者が、今後大きく高齢化するということは、今後における大都市の生産能力が大幅に低下するということを意味するわけです。そうなりますと、産業や企業は、そうしたところにいることを嫌って、より若い労働力構造にある地方に分散していくということが考えられます。そうした観点を加え、私のモデルで、2000年と比較した2030年における各地域の1人当たりの県民所得の増減率を予測すると (中略) 三大都市圏およびその近郊の地域では、軒並みかなり大幅にマイナスになります。一方、逆に地方では、かなりの地域で所得水準が大きく上昇していることが見てとれると思います。そういうわけで、少子高齢化というのは、一般に言われているのと違って、地域間の所得格差を縮小するという方向に働きます。」
日本経済新聞は「少子化で新潮流・若者が東京に出ない」という見出しで地方から東京へが常識であった若者の人口移動が変化し、少子化を背景に地方にとどまる若者が相対的に増えていると指摘している。例えば大学進学は地元志向が定着している。文化省調査では高校と同じ都道府県内の大学に入った生徒の比率は昨年39.5%と92年の34.9%を底に上昇基調。東京進学後再び地元に戻る割合も高い。「少子化で親子関係が緊密になり親元を離れない」千葉大の宮元みちこ教授らが行った20代未婚者調査の結論だ。同紙によると地方の若者の高い失業率は求人が少ない面もあるがそれだけ地元で求職する若者が多いことを証明していると指摘する。国立社会保障・人口問題研究所の小池司朗研究員は「地方でも少子化の影響で都会に出る若者は少なくなる」と予測している。若者の東京への流入の減少は、松谷教授が指摘する東京の急速な高齢化進行と相俟って東京圏の衰退を加速させる。
また経済のグローバル化の進展で狭い国内枠での立地メリットより世界的市場経済の拠点として本社機能を再検討する企業が増えている。これらの企業は東京本社にこだわらなくなってきている。日本経済新聞社説「多極化促す大手企業本社の東京離れ」は日産自動車が本社を東京・銀座から横浜市に移転、先にトヨタは東京から名古屋駅前ビルに移転を表明している点にふれ、企業がそれぞれの戦略で一極集中から多極分散に向かう時代の到来を予感させると書いている。いままでは東京の巨大消費市場、中央官庁、業界団体の集積メリットで東京本社は十分な意味があったが、経済のグローバル化、特に大手製造業の場合、海外市場が収益源として比重を増しているため、規制緩和で東京集積の官主導の経済は後退しており、高コスト、過密化の東京に本社をおく利点が薄れている。さらに同紙は最近、経費削減のため東京を離れる企業も増えていると論じている。
近年、地方商業地といえばシャッター商店街の荒廃のみが取り上げられてきたが、いま、地方各地に若者主導の商業集積が相次ぎ誕生し、いままでの東京発が主流の若者文化の発信基地が広域化、多様化している。若者に閉ざされていた地方の復権が始まっている。 さらに瞬時に情報が国境を越えてクロスする時代を迎え、グローバル化やITで本社機能を東京を離れ再編成する方向性も見えてきた。岩盤のように強固な東京一極集中信仰、日本人の横並び意識に確実に変化が始まっている。
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