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経済学市場万能説に代わる新理論AMHとは?
金融危機で信用失墜した「効率的市場仮説」の次を探す経済学の挑戦が始まった
かつて、市場は全知全能だと思われていた時代があったのをご記憶だろうか?
金融危機が起きる前、経済学の世界で30年以上にわたって幅を利かせていたのは「効率的市場仮説(EMH)」だった。これは市場は入手可能なすべての情報を反映しており、投資家は理性的で市場価格は安定しているという理論。素人ならこれが穴だらけの理論であることにすぐ気付くはずだが、専門家の間では自明の理として扱われていた。
「経済の専門家はみんな道に迷ってしまった」と、ノーベル経済学賞受賞者でプリンストン大学教授のポール・クルーグマンは言った。原因の一端はEMHそのものにある。EMHは、経済学者が真実をなおざりにして、エレガントで数値化可能な「理論」を選んだ好例だ。この理論を基に、金融機関は市場の動きを「予言」するコンピュータープログラムを作成。これを使って作られた金融商品が世界経済の崩壊を招いてようやく、EMHの欠点に人々は気付いた。
経済学と生物学をくっつけろ
問題が起きつつあることに気付いていた人はほんの一部だった。01年、コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授はEMHの欠点(市場参加者によって入手する情報には差があること)を指摘したことを評価されてノーベル経済学賞を受賞した。行動経済学の研究者たちも、人間は群集心理にとらわれるなど非理性的に行動し得ることを証明した。
だがこうした発見は散発的だった上に、現実世界にどう当てはめるべきかという指針も示されなかった。そこでEMHの欠点を埋め、行動経済学の成果も取り入れた新たな大理論の追究が始まった。
マサチューセッツ工科大学のアンドルー・ロー教授はEMHに代わる理論を見つけたと自負している。それが進化生物学を通して市場を見ようという「適応的市場仮説(AMH)」だ。
AMHとは、経済や金融市場は異なる「種」(ヘッジファンドや投資銀行)が「天然資源」(つまり利益)を奪い合う一種の生態系だと考えれば説明がつくという説だ。これらの種は互いに適応する一方で、突然変異(金融危機)に見舞われることもある。ローがこの理論を提唱したのは04年だが、脚光を浴びたのは金融危機が発生してからだ。
AMHが前提としているのは、市場がすべてを知っているとは限らないという認識だ。非合理的な行動がバブルや世界的な経済危機を引き起こすことさえあるという認識もカギとなっている。
ローは市場の「生態系」を研究することこそ真実を見つける道だと考えている。生物学者が生物の種をリストアップして時系列でその盛衰を追うように、規制当局や行政は多岐にわたる市場参加者を分類すべきだという。
統一理論を作る野心は捨てよ
これはつまり特定の市場におけるヘッジファンドや年金基金などの参加者を特定し、その時々でどんな投資戦略が好まれているかを調べることを意味する。「どれだけの生物が生息しているのか、それがどのように互いに関わり合っているのか」が問題だと、ローは言う。
だが驚いたことに規制当局はこの種の情報を集めていない。EMHでは、どの市場参加者も同じような動機に基づいて行動するとされていたからだ。だがAMHでは、投資家の行動はそのときの心理状態によって変わり得る。
もし投資家の行動を長期的かつさまざまな状況別に追跡していれば、「市場の動き方をめぐる理解を驚くほど深めることができたはずだ」とローは言う。だが金融当局にそれを求めるのは難しい。大手の機関投資家が、投資戦略についての情報開示に強く抵抗しているからだ。
もっとも、今回の金融危機の最大の教訓はAMHには反映されていない。教訓とは、統合された大きなモデルを捨て去るべきだということだ。
「小さな理論に含まれるささやかな視点が、強力なものより優れている場合も珍しくない」と、ジョージ・メイソン大学のタイラー・カウエン教授は言う。つまり、包括的だが穴のある新たなパラダイム(枠組み)に世界を押し込もうとするよりも、世界は複雑であることを受け入れたほうがいいかもしれないということだ。
ローもその可能性は否定しない。「概念も自然淘汰されていく。生き残るのは最良のものだけだ」
*2月3日号(1月27日発売)に、経済学の歴史的変遷や行動経済学の台頭まで視野を広げた関連記事「最強の経済学は世界を救う?」を掲載。
[2009年12月30日号掲載]