理系? 文系? そんな質問はこれからあまり意味をなさなくなるかもしれない。
今、各地の大学で、文理を超えた横断学部が続々と誕生している。農業の専門知識だけではなく、地域や社会とつながり、新しい産業を生み出していこうとする農学系の学部には、リケジョならぬノケジョが殺到。バリバリの工学系大学も、教養教育に力を入れ始めた。
(Yahoo!ニュース編集部/AERA編集部)
社会と向き合う、新しい理系のかたち
「自分の手で、スプレーで色づけされたのではない、鮮やかなカスミソウを開発してみたい」
そんな将来の夢を語るのは、龍谷大学農学部2年の女子学生(19)だ。幼い頃から大好きだった花について学びたい、と入学を決めた。サークルで、農学部のキャンパスがある滋賀県大津市の伝統野菜「坂本菊」や「近江かぶら」の栽培にも挑戦している。
開設から2年目を迎えた同学部。キャンパスには植物培養ユニットが28基。食事や運動による体組成の変化を測定できるヒト代謝実験室など最先端の設備が並び、約850人の学生が学んでいる。地元の農家から借りた3ヘクタールの土地に小麦が黄金色に実り、学生たちが植えた稲が整然と並ぶ。
末原達郎学部長は、
「自信はあったが、果たして本当に学生が来てくれるのか、不安もあった」
と振り返る。しかし、フタを開けてみると関西圏を中心に盛況で、2年目の入試でも、前期日程、後期日程のすべてで募集人員の10~20倍近い志願者を集めた。現在、女子学生が全体の約45%を占める。
TPPや環境問題にもアプローチ
理系といえば長く、理学部、工学部が「本流」とされてきたが、いま、「農学部」に注目が集まっている。「農家の長男が行く学部」というのは遠い過去の話。「食」という身近な題材を扱う点が従来の理系学部の硬いイメージを覆し、女子学生の人気が高いのが特徴だ。いまやトレンドは、「リケジョ」ではなく「ノケジョ」だと言っていい。
リクルート進学総研の小林浩所長は、数年前からこの動きに着目していた。その理由をこう話す。
「いわゆる農業だけにとどまらず、新しい学問を提供しているのが最近の農学部。食の安全やTPP、環境問題など、昨今の社会のさまざまな関心事に対してアプローチできる知識や技能が学べる点が、大きな魅力となっています」
食と農は世界に通じる道
実際、龍谷大学農学部で扱うテーマは幅広い。例えば、2013年にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録された「和食」。その本質に迫ろうと、大学本部のある京都の老舗料亭と協力し、だしの取り方から食材選び、その処理方法、料理を出す順序まで、日本料理の「おいしさ」を科学の手法で解析し、国境を超えた発展性を探る研究が始まっている。
「農業とは、誰もが自分と世界とを結び付けることができるキーワード。日々食べているものが、どこで取れたものなのか、加工方法や調理方法はどんなものなのかを考えると、一本の道が見えて面白くなる」(末原学部長)
各大学、農学教育に注力
農学部には地域振興という意味でも期待が大きい。徳島大学では今年度、農学系の「生物資源産業学部」が始動。それまで四国で唯一、農学系学部がなかったため、地元経済に貢献できる人材を育て、生産、加工、流通、販売までの全てを網羅する新しい産業の提案を目指して開設された。
明治大学農学部では将来、地域の農業のリーダーとなるような志の高い人材を求め、通常の入試とは別に「地域農業振興特別入試」を実施。受験生は農業にかける思いをプレゼンし、面接を経て合格者が決まる。
山梨大学は今年度入学者から、生命環境学部地域食物科学科のワイン科学特別コースの定員を6人から13人に増やした。同コースは、国内有数のワイナリーを抱える地元のワイン産業とかかわりが深く、日本の気候に合った品種の改良や栽培方法の開発などに取り組む。「以前と比べて格段においしくなった」と日本産ワインが注目を集める中、学生は全国から集まる。
リベラルアーツ重視の流れ
変化が起きているのは、農学系だけではない。前出の小林所長がもう一つ、注目するのは、教養教育を重視する流れだ。
「変化の激しい時代に、自分の頭でものを考えるベースを学生に養わせようという試みです」
注目は、理系の単科大学でありながら、リベラルアーツ重視を打ち出した東京工業大学。
同大ではあえて「教養」ではなく、リベラルアーツという言葉を使う。リベラルアーツは古代ギリシャ・ローマ時代に、人を奴隷状態から解放し自由にする学問として確立され、中世以降の大学ではリーダー教育に欠かせないものと位置づけられた。しかし1980年代以降の日本の大学においては、「パンキョー」として軽視され、学生たちは、「ラクしてパンキョーの単位をとる」ことに腐心した。そんな負のイメージが染みついた「教養」ではなく、本来のリベラルアーツを復活させようというのが、その意図だ。
今年5月、同大の講堂では一風変わった授業が行われていた。
「あなたの命は誰のものですか? 本当にあなたのものと言えますか?」
壇上から新入生1100人に語りかけるのは、曹洞宗の僧侶、三部義道さん。これは同大が今年から開講したリベラルアーツの科目「立志プロジェクト」の授業。1年生全員が受ける必修科目だ。
「志を立てよ」「専門しか知らない優等生はいらない」
全15回の授業では三部さんのほか、ジャーナリストで同大特命教授の池上彰さん、哲学者の永井均さん、劇作家の平田オリザさんら6人の外部講師が登壇し、「教養」「哲学」「命」などをテーマに講義。学生は感想などをまとめたメモを手に、4~5人のグループに分かれてディスカッションを繰り返す。最終回では、学生がひとりひとり、「これからどんな『志』で学んでいくのか」をクラスメートの前でプレゼンする、という内容だ。
同大では今年、学部と大学院を統合した六つの理工系学院と「リベラルアーツ研究教育院」を創設。学生が各理工系大学院で学びながら、リベラルアーツ研究教育院の教養科目を継続的に学ぶ仕組みに改めた。
その狙いについて上田紀行・リベラルアーツ研究教育院長に問うと、こんな答えが返ってきた。
「以前、僕のゼミに参加してくれた慶應義塾大学の女子学生に、東工大生についてどう思うか、と聞いたことがあるんです。答えは『人間のことを話しているのに、人間がロボットであっても全く変わらないような言い方で語る人たち』。思わず唸りました。確かに典型的な東工大生の気質を言い当てている、と」
賢いけれど、他者への共感力が低い。専門しか知らない優等生--。上田院長はそんな東工大生の気質を変えるのが、リベラルアーツ教育だという。
「決められた一定のシステムの中で効率よく最適解を出すだけではダメ。システムそのものを改革したり、イノベーションをリードしたりする人材になってほしいのです。そのために必要なのが『問いを立てる力』。それは自由人としての素養=リベラルアーツでこそ養えるものなのです」
文系でもデータサイエンス
文系か、理系か――。この二分法はきっと、21世紀には通用しなくなる。これから求められるのは、どちらの分野も横断的に見渡せる人材だ。立教大学経営学部の佐々木宏研究室は、ゼミという小さな単位ではあるが、その育成に取り組む。
集まる学生は、一応「文系」ではあるが、データサイエンスの基礎を学んでいる。佐々木教授によると、少し前までは特殊な統計解析言語を使ってコンピューター処理するといった専門スキルが必須だったが、ソフトウェアが急速に進化。文系学生でも勉強すれば扱えるようになった。ただし、ちょうどいい教材がないため、テキストは教授と学生たちが自作した。
毎年、ビッグデータの専門企業などと組んで、プロジェクトを実施。ゴルフポータルサイトが持つ顧客属性情報や関連グッズの購買記録などを専用のソフトで解析し、売り上げ拡大のためのマーケティング施策を提案する、といった課題に取り組んできた。佐々木教授は言う。
「これからはマーケティングや営業を専門とする人間も、普通にビッグデータを扱わなくてはならない時代になります。だからあえて文系学部でチャレンジするんです」
変わり始めた大学教育。そこで学んだ学生たちが、やがて企業を、社会を動かす核になっていくことを期待したい。
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