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特集

エジプト
クジラが眠る谷

AUGUST 2010

文=トム・ミューラー 写真=リチャード・バーンズ

ジラの祖先はどんな姿で、どのような環境に生きていたのか。砂漠に埋もれた数千万年前の化石が、その謎を解く鍵を握っている。

 3700万年ほど前のことだ。2つの超大陸に挟まれたテチス海で、1頭の巨大な生物が息絶えた。体長はおよそ15メートルに達し、大きなあごと鋭い歯をもつ生物の死体は海底に沈み、何万年もの時をかけて堆積物(たいせきぶつ)に埋もれていった。

 海はやがて後退して砂漠になり、吹き荒れる風によって砂岩や頁岩(けつがん)の層が少しずつ削られる。世界もゆっくりと変わっていく。インド亜大陸とアジア大陸が衝突してヒマラヤ山脈ができた。アフリカ大陸では人類の祖先が二足歩行を始めた。やがて、エジプトに壮大なピラミッドが建設され、ローマ帝国が興り、そして、亡んだ。こうした間にも、風は地層を削り、地道な“発掘作業”を続けていた。そして、最後の仕上げをしたのが、フィリップ・ギングリッチだ。

 2009年11月のある夕暮れ時のこと。エジプトのワディ・アル=ヒタンという砂漠で、米国ミシガン大学の古脊椎(こせきつい)動物学者であるギングリッチは原クジラ亜目に分類されるバシロサウルスの脊柱(せきちゅう)の脇で腹ばいになっていた。周囲にはサメの鋭い歯や、ウニのとげ、大きなナマズの骨などの化石が散乱している。「こうした海の生き物に囲まれるうちに、彼らの世界に引き込まれました」と、ギングリッチは丸太ほどもある脊柱を発掘用ブラシでつつきながら言った。「いまは砂漠が大海原に見えます」。彼が探していたのは、バシロサウルスの身体構造の決め手となる部分だった。ギングリッチはブラシの柄を使って、尾のほうに向かって椎骨(ついこつ)を1個ずつ入念に調べていく。そして、ある場所で彼の手は止まった。「これこそ、探し求めていたものです」。指先でそっと砂を払うと、長さ20センチほどの細い骨が姿を現した。「これは脚の骨です。めったにお目にかかれませんよ」。そう言って、骨を両手で恭(うやうや)しく持ち上げた。

 バシロサウルスは原始的なクジラだが、脇腹から1対のか細い後肢が出ていた。大きさは3歳児の脚と同じくらいで、形こそ整っているものの、歩くためには全く役立たない。しかし、この脚こそ、海を縦横に泳ぎ回る現生のクジラが、陸上の哺乳(ほにゅう)動物からどのように変化していったかを知る重要な手掛かりだ。あらゆる動物の中でも、これほど大きく変容した例はほかに見当たらないとも言える。ギングリッチはその謎を解こうと、研究者人生の大半を費やしてきた。

 ワディ・アル=ヒタンとは文字通り、「クジラの谷」という意味だ。ここからは、重要な手掛かりが驚くほど多く発見されている。ギングリッチと同僚たちは、過去27年間に1000頭を超すクジラの化石を探し当てたが、ここにはまだ数え切れないほどの化石が眠っている。

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