2013年の終わりに、科学者たちはアラスカ湾で奇妙な現象が起きていることに気づきはじめた。海面温度が、例年に比べてかなり高かったのだ。
2014年初頭には、米国西海岸の沖合約200kmのところにも暖水塊が出現し、どんどん広がっていって、秋には海岸に到達した。2015年のほとんどの期間と2016年にかけても、カリフォルニア州沿岸や太平洋の他の海域で、海面温度が高い状態が続いた。場所によっては、平均より5℃以上も高かった。(参考記事:「太平洋 大量死をもたらした不吉な暖水塊」)
科学者たちは、この暖水塊を「ブロブ(the Blob)」と呼んで、解明に取り組みはじめた。
このほど、暖水塊の形成から消滅までを宇宙から観測した詳細な地図が完成した。研究者たちは、数カ国の複数の人工衛星からのデータを使って、2014年から2016年までの太平洋の海面温度と風の吹き方の変化を追跡した。この分析の結果が、上の暖水塊の画像とともに、地球物理学の専門誌『Geophysical Research Letters』1月号に発表された 。
論文の筆頭著者である米国地球宇宙研究所の自然地理学者シェル・ジェンテマン氏は、「これは新しい現象です」と言う。ジェンテマン氏は、今回の暖水塊の温度を1910年以降の海面温度の記録と比較して、同じような現象が起きていないか調べた。
「私が調べたかぎりでは、今回の暖水塊は大きさの点でも持続期間の点でも、これまでにない規模のものでした」と彼女は言う。
2013年から2016年にかけては、海洋生物の異常が相次いだ。アシカやオットセイ、ウミガラス、アメリカウミスズメが大量死したほか、米国西海岸全域で有害な藻類が大発生(下の衛星画像参照)し、イワシやカニ、マテガイの漁業に影響が及んだ。暖水塊の新しい地図は、こうした大量死の原因を解明するのに役立つかもしれない。(参考記事:「藻類の毒でアシカに記憶障害、大量漂着の原因か」)
「カリフォルニアの風」が弱かった
ジェンテマン氏のチームは、人工衛星のデータを用いて海岸沿いの海面温度と風の吹き方の変化を注意深く調べることによって、暖水塊の関与を解き明かす手がかりを得た。新たに始まった国際協力により、数多くの人工衛星からのデータを組み合わせることで、海の異常を詳細に把握することができたのだ。
通常は、米国西海岸沿いに吹く風が海岸線から表層水を運び去り、深層の冷たい水が湧き上がってくる。湧き上がってくる海水は、沿岸の食物網の維持に重要な硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩などの栄養素を含んでいる。プランクトンから海洋哺乳類、鳥類まで、多くの生物種がこうした栄養素に依存している。
けれども今回は、カリフォルニア沿岸で、いつもとは違ったことが起きていた。気圧のデータを調べると、沿岸の風がいつもどおり吹いているように思われたが、それにもかかわらず海面温度が下がっていない時期があったのだ。
この時期に何が起きていたかを知るため、ジェンテマン氏のチームは衛星データから得られる、海面から放射される赤外線とマイクロ波を分析した。赤外線データで海面温度を、マイクロ波データと数学モデルを用いて風の吹き方を推測した。その結果、カリフォルニア沿岸の風が弱かったため、表層にある高温の海水を運び去ることができず、下から冷たい海水が湧き上がってこられなくなっていたことが判明した。
こうした発見は、暖水塊が海洋生物に及ぼす影響を生物学者たちがよりよく理解するのに役に立つ。ジェンテマン氏は、水温や湧水の小さな変化が、深海の栄養素に依存する生物種に大きな影響を及ぼす可能性があると指摘する。「タイミングは非常に重要です。この海域の食物網の全体、生態系の全体が、深層水が湧き上がってくるタイミングに合わせて進化してきたからです」(参考記事:「10億匹の青いクラゲが大量死、米国西海岸で」)