米ミシガン州で、前夜に気温マイナス18℃を記録したという1月のある寒い日の朝、アンドレ・ポイノー氏がシャールボイ湖畔の別荘へ様子を見に行ってみると、別荘の前の湖は完全に凍結し、表面を覆う氷は不気味なまでに透き通っていた。
ポイノー氏はシャベルを手に湖の上に足を踏み出してみた。透明度の高い氷には気泡や堆積物が全く含まれず、亀裂も入っていない。氷の薄い部分があっても見た目ではわからないので、シャベルを使って厚さを確かめながら慎重に歩を進めた。氷に穴をあけてみると、厚さは約5センチほどだった。いつ足元が割れるかわからないので、水深が胸までしかないとわかっている範囲から出ないよう注意した。
「もし氷が割れて下に落ちても、シャベルを使ってよじ登ることができますから」と、ポイノー氏は笑った。
ガラスのように透き通った氷の上を、ポイノー氏ともうひとりの人物が恐るおそる立つ姿は、まるで水の上を歩いているかのように見える。写真は合成ではなく、iPhone 6で普通に撮影したものだという。フェイスブックに書き込むことはめったにないそうだが、これらの写真を投稿すると、みるみるうちに拡散されてネットで大きな話題となった。(参考記事:「キツツキに乗って空を飛ぶイタチ、写真はホンモノ?」)
あまりの反響にポイノー氏は驚いたというが、彼にとってこれはそれほど珍しい現象ではない。シャールボイ湖が写真のように凍ることはたまにあるのだという。生まれてから63年間ここに住んでいるポイノー氏は、少なくとも6回は似たような現象を目撃している。子どもの頃は、友達と凍った湖でスケートをして、氷の下の魚たちをびっくりさせたものだという。(参考記事:「南極の厚さ700mの氷の下にすむ半透明の魚を発見」)
「それほど不思議なことでもないと思いますよ。風が全くない日に湖が凍結すると、このように透明度の高い氷が形成されます」
彼の記憶によると、前夜の気温はマイナス18℃で、無風、雪も雨も降らなかった。おまけに、侵略的外来種であるゼブラ貝(カワホトトギスガイ)が湖にすみついているおかげで、湖の水は驚くほどきれいなのだという。(参考記事:「ゼブラ貝、熱波と生物種の関係」)
透き通った氷ができる条件は?
五大湖の氷を44年間研究してきた米海洋大気局の物理学者ジョージ・レシュケビッチ氏の説明によると、気温が著しく低下して湖の余熱がほとんど失われると、大きくて形の良い氷晶が発生する。水中に不純物や気泡などの障害物がなく、水の流れもない穏やかな状態の時、氷晶は湖底へ向かって成長する。
五大湖では風のせいで波が起こるため、この「板状のガラス氷」が長く伸びることはほとんどないが、厚さはかなりのものになる場合がある。レシュケビッチ氏は、76センチの厚みを計測したこともある。
「五大湖のマキナック海峡近くで透明な氷が押し寄せてうず高く積み重なっているのを見たことがありますが、巨大なガラス板の山のようでした」と、レシュケビッチ氏は言う。(参考記事:「凍り付く五大湖」)
透明な氷に覆われた湖を人工衛星から見ると、その部分だけ黒く見えるので、専門家はこれを「ブラックアイス」と呼ぶ。氷が光を完全に透過させてしまい、宇宙空間へ何も跳ね返ってこないためだ。
「透明の氷を作るコツは、水を長い時間かけてゆっくりと凍らせることです。そうすると、不純物が表面に上がってきて、気泡は外に逃げ出すことができます」。英国レスターにある国立宇宙センターの天体物理学者タメラ・マシエル氏は、2014年にスロバキアの湖で同様の現象が報告された時に、ブログ記事でそのように説明している。「また、ゆっくりと凍ることによって、光を散乱させにくい大きな氷の結晶ができます」
人々が驚いていることについて、ポイノー氏は、寒い日に自分で外に出る機会が少ないからだろうという。「あの日はよく晴れたいい天気でしたが、人の姿は全く見えませんでした。外に出て見てみようという人はいなかったのです」(参考記事:「極上の世界旅行 第4回 世界各地にある透明で美しい湖を訪ねる」)