絶滅危惧種のウナギがコカイン中毒になっているかもしれない。2018年6月に学術誌「Science of the Total Environment」に発表された論文で、その可能性が明らかになった。(参考記事:「ウナギ大海原の旅、衛星タグで初めて追跡」)
社会は違法薬物の問題に取り組み続けているが、下水とともに川や海に流れ込んだ薬物がほかの種に及ぼす影響はよくわかっていない。(参考記事:「麻薬密売で中米の熱帯雨林に深刻な危機」)
そこで、科学者たちは研究のため、ヨーロッパウナギを50日間、川に含まれている程度の微量のコカインにさらし、その影響を観察することにした。
ヨーロッパウナギの生活パターンは複雑だ。ヨーロッパの淡水域または汽水域にやってきた稚魚は成長しつつ5〜20年を過ごし、その後、産卵のために大西洋へ出る。目的地はカリブ海と米国東海岸のすぐ東にある北大西洋のサルガッソー海だ。野生の個体数は減少しており、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「近絶滅種(critically endangered)」に分類されている。ダム建設などによって水路が変わり、移動が妨げられているほか、乱獲や水質汚染も減少の一因となっている。(参考記事:「ウナギ闇取引を摘発、親玉は「ウナギ漁の父」」)
論文によると、ヨーロッパウナギは特に稚魚の段階で、微量濃度のコカインの影響を受けやすいという。
今回の研究を率いたイタリア、フェデリコ2世ナポリ大学の生物学者アナ・カパルド氏は「世界中の表層水に違法薬物とその代謝物質が存在することをデータが示しています」と話す。なかでも都市に近い水域は深刻らしく、カパルド氏によると、英国ロンドンの国会議事堂前を流れるテムズ川とイタリア、アルノ川のピサの斜塔付近は特に濃度が高いと言う。(参考記事:「若者の23%が経験あり、イタリアの大麻事情」)
性成熟が止まる?繁殖地に移動できない?
カパルド氏の研究チームは微量のコカインを含む水にヨーロッパウナギを入れた。コカインの濃度は実際の川に含まれる濃度を参考にした。ウナギたちはとても活発になったが、健康状態はコカインにさらされていない個体と変わらなかった。しかし、その体内では異変が起きていた。(参考記事:「魚も薬物依存症になると判明、治療法研究に期待」)
まず、脳や筋肉、えら、皮膚などの組織にコカインが蓄積していた。筋肉は腫れ、損傷も見られた。生理機能を調節するホルモンにも変化が起きていた。コカイン入りの水からウナギたちを出し、10日間のリハビリを行った後も、これらの問題は解消されなかった。
「主な機能が何もかも変わってしまう可能性があります」とカパルド氏は話す。
特に心配なのは、コカインによってコルチゾールの濃度が高まることだ。コルチゾールはストレスによって分泌されるホルモンで、脂肪の消費を促す。ヨーロッパウナギは脂肪を蓄えてから、繁殖のためサルガッソー海に移動する。そのため、コルチゾールの濃度が高まれば、移動のタイミングが遅れてしまう恐れがある。
カパルド氏はまた、コカインにさらされたウナギはドーパミンの濃度が高まっており、性成熟が止まってしまう恐れがあると指摘する。「このような状況では、繁殖が妨げられる可能性も十分あります」(参考記事:「ずっとウナギを食べるには」)
そして何より、筋肉が腫れたり、損傷したりすれば、ウナギたちはサルガッソー海にたどり着くことさえできないかもしれない。
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