ザトウクジラはシャチから他の動物を守る、研究報告

アザラシやマンボウを助けるのは勘違い? それとも親切心?

2016.08.10
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南極でカニクイアザラシを攻撃するシャチを妨害するザトウクジラ。ザトウクジラがシャチから別の動物を守った100件を超える事例の1つ。(Photograph by Robert L. Pitman)
南極でカニクイアザラシを攻撃するシャチを妨害するザトウクジラ。ザトウクジラがシャチから別の動物を守った100件を超える事例の1つ。(Photograph by Robert L. Pitman)
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 2012年5月、米国カリフォルニア州のモントレー湾で、シャチの群れがコククジラとその子供を襲う様子を研究者たちが観察していた。この戦いの末、コククジラの子供は殺された。しかし、次に起きたことは簡単に説明がつかないことだった。(参考記事:「【動画】シャチの群れ、コククジラ母子を襲う」

 シャチの群れがコククジラを攻撃している最中も、2頭のザトウクジラがその場にいた。しかし、コククジラの子供が死んだ後、14頭以上のザトウクジラが集まってきた。まるでシャチに子クジラを食べさせまいとするように。

「1頭のザトウクジラが子クジラの死体のそばにやってきました。頭を子クジラの方に向け、身の丈以上に離れようとはしませんでした。そして大きな鳴き声をあげ、シャチが食事をしようと近づいてくるたびに尾を振って追い払おうとするのです」。カリフォルニア・シャチ・プロジェクトと行動をともにしていたクジラの研究者、アリサ・シュルマン=ジェニガー氏はそう話す。

 6時間半もの間、ザトウクジラはヒレや尾を使ってシャチを追い払い続けた。ザトウクジラたちは、好物のオキアミの群れが近くにいるにもかかわらず、死んだ子クジラを守るのをやめようとしなかった。

 なぜザトウクジラは、まったく違う種を守ってケガをする危険を犯したり、労力を使ったりするのだろうか。明らかなことは、これが唯一の事例ではないことだ。2016年7月に科学誌「Marine Mammal Science」で発表された研究によれば、このようなザトウクジラとシャチの戦いはここ62年間で115回も記録されている。

 研究の共著者であるシュルマン=ジェニガー氏は、「このようなザトウクジラの行動は、世界中の複数の海域で発生しています」と言う。

「私も何回か目撃したことがありますが、あのとき(2012年5月)ほどドラマチックなものはありませんでした」。現在まで、ザトウクジラとシャチの戦いがここまで長時間にわたって繰り広げられたという報告はない。(参考記事:「【動画】ザトウクジラが桟橋前で大口開け食事」

何が起こっているのか

 なぜザトウクジラはこのような行動をとるのだろうか。生物学的にもっとも合理的な説明は、ザトウクジラがシャチの狩りを妨害することで何らかのメリットを得ているというものだ。

 シャチはザトウクジラも攻撃することがわかっている。しかし、幼いクジラは狙われやすいが、成長してしまえば、1頭でシャチの群れ全体を相手にできるほど大きくなる。

 つまり、ザトウクジラの「レスキュー」行動は、この種がもっとも弱い段階を生きぬくのを助ける方法として進化してきた可能性が考えられる。

 攻撃されていた子クジラがレスキューにやってきたクジラと関わりがあった可能性も十分考えられる。「ザトウクジラの子供は母親の餌場や繁殖地に帰ってくることが多いため、その海域に暮らすザトウクジラは、ほかに比べて近隣のクジラと関わりがある確率が高いのです」。そう話すのは、この研究を率いたロバート・ピットマン氏だ。氏は米海洋大気局の海洋生態学者で、ナショナル ジオグラフィック協会の支援も受けている。

ザトウクジラの胸の上で休むウェッデルアザラシ。シャチに攻撃される心配がない束の間の安全地帯だ。(Photograph by Robert L. Pitman)
ザトウクジラの胸の上で休むウェッデルアザラシ。シャチに攻撃される心配がない束の間の安全地帯だ。(Photograph by Robert L. Pitman)
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 しかし、この説明には不十分な点もある。ここ50年間以上にわたって科学者が調査してきた全事象のうち、シャチがザトウクジラを狙ったのは全体のわずか11パーセントだ。残りの89パーセントでは、シャチはアザラシ、アシカ、ネズミイルカなど、他の海洋哺乳類を攻撃していた。

 ザトウクジラが、シャチに襲われていた2匹のマンボウを助けようとした事例も1件ある。

 ひょっとすると、個々のクジラの性格が影響しているのかもしれない。シュルマン=ジェニガー氏は、すべてのザトウクジラがシャチの狩りを妨害するわけではなく、そのような行動をとるザトウクジラの多くは体に傷があると言う。おそらく、子供のころにシャチに攻撃された傷だろう。つまり、かつて攻撃されたことがある敵に反応して狩りを妨害しているとも考えられる。

 さらに研究では、攻撃されている動物ではなく、シャチの鳴き声に反応している可能性もあげられている。この場合、ザトウクジラは実際に戦いが行われている場所にやってくるまで、攻撃されている動物が何であるかわからないことになる。

 このような行動がザトウクジラ全体に定着しているのは、これによってザトウクジラがメリットを得ているからかもしれない。その場合は、おそらく他の種のために費やした多くの時間に見合う十分なメリットがあるはずだ。(参考記事:「ネズミの恩返し行動を発見、人間以外で初」

一人はみんなのために、みんなは一人のために?

 博愛主義を持ち出してさらに話をややこしくするクジラの専門家もいる。

「この行動はとても興味深いものですが、クジラが別の種を助けようとするのは、さほど驚くようなことではないと思います」。そう話すのは、クジラの知能を研究する専門家であり、ホエール・サンクチュアリ・プロジェクトの代表でもあるローリ・マリーノ氏だ。

 キンメラ動物愛護センターの所長でもあるマリーノ氏は、ザトウクジラは高度な思考力や意志決定力、問題解決力、コミュニケーション力を持ち合わせていると言う。(参考記事:「ザトウクジラの狩りは“文化”か?」

「そういったことをすべて考慮に入れると、このような行動は、感情的な応答ができる程度まで一般的知能が発達した種の特性だと言えるでしょう」

 他の種に対して何らかの敬意を示す動物は、ザトウクジラだけではない。イルカは、イヌやクジラ、そして人間さえも“助ける”動物として有名だ。ただし、そのような事象が報告されるのは、ほとんどが動物の専門家ではなく単なる目撃者によってである。一般の人々は動物の行動を誤解しがちであることも考慮する必要がある。

 ザトウクジラが本当に親切心から行動しているにしろ、その過程からメリットを得ているにしろ、確かなのは、私たちのまわりにいる動物の思考や動機はほとんどわかっていないということだ。

 ピットマン氏は、たとえその動機が私たちに理解できなくても、動物はそのときにもっとも興味があることを行うことが多いと言う。

「生物学者としては、そこから理由の解明を始めてゆくべきでしょう」(参考記事:「アラスカに漂着した謎のクジラ、新種と判明」

文=Jason Bittel/訳=鈴木和博

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