縄があれば縛る者あり――。クモの世界にも、交尾(交接)にあたりメスを縛るオスがいる。科学誌「バイオロジー・レターズ」に発表された最新の研究によると、緊縛によって交尾の時間が延び、より多くの精子を送り込めるため、オスが父親になれる可能性が高まることが明らかになった。
生物が交尾相手を魅了し、離さないための風変わりな方法はすでにいくつも知られているが、動物界で最も常識破りの愛し方をすると言われるクモが、今回の発見でその多様さを限界まで押し上げた形だ。(参考記事:「交尾の後にメスの交尾器を壊してしまうクモを発見」)
「だからクモの研究が好きでたまらないんです」と話すのは、今回の論文の共著者で、米ネブラスカ大学リンカーン校のアイリーン・ヘベッツ氏。「しばしば見られる過激な行動」が、進化についてのヒントをくれるという。(参考記事:「脚をチラッと見せてメスを誘うクモを発見」、「“背中をさすって”口説くオスグモ」)
この「過激」は文字通りの意味だ。クモのオスの中には、交尾中だけでなく交尾後までも自らの体を相手にささげ、不気味ながら効果的な方法で、子孫が確実に生き残れるよう力を尽くす者さえいる。(参考記事:「「孔雀グモ」、派手な求愛は命がけの進化の産物」)
さらに、クモは往々にしてメスがオスよりも大きく攻撃的で、交尾に至る前にオスを食べようとすることがしばしばある。これが、緊縛するもう1つの理由だ。メスの動きを止めれば、オスは食べられることなくその場を去れる。
命がけの束縛
これまで、少なくとも30種のクモが、交尾の前にメスの前足数本を糸で縛ることが知られていた。おかげで、メスは一時的に動けなくなる。
「婚礼のベール」と呼ばれるこの拘束行動と、それを行うクモについての論文を読みあさった共著者で同校のアリッサ・アンダーソン氏は、同じ行動を見せるキシダグモ科のナーサリー・ウェブ・スパイダー(Pisaurina mira)が抜け落ちていることに気が付いた。
このクモは、「婚礼のベール」を空中で作り出すという見事な特技さえ持つ。同じことができるクモは、他には1種しか知られていない。にもかかわらず、1988年の論文にその行動が初めて記載されて以来、全く研究されていなかった。
そこでアンダーソン氏は行動を起こした。フロリダ州とネブラスカ州を駆け回ってナーサリー・ウェブ・スパイダーを収集。研究室に持ち帰り、氏が「交尾アリーナ」と呼ぶプラスチックの容器に入れて一部始終を録画した。
このとき、アンダーソン氏はすべてのオスに緊縛を許したわけではなかった。オスの半分は、体を冷やして一時的に動きを止めた後、糸を紡ぎ出す器官である出糸突起(しゅっしとっき)を歯科用シリコーンでふさいだ。氏によれば、この方法はクモに害を与えず、「実際、とても簡単です」という。
結果は、希望の「糸」を失ったオスにとっては気の毒なものだった。
この研究でアンダーソン氏とヘベッツ氏は、メスを縛る能力を失ったオスが、メスに食べられる確率が非常に高くなったことを明らかにした。
また、「婚礼のベール」を作る能力があるオスはそうでないオスに比べ、1度の交尾で精子を2度挿入できる確率がずっと高かった。クモのメスには交尾孔が2つあり、緊縛することで、オスは子孫を残す確率を高めているとみられる。
それでも序の口?
だがナーサリー・ウェブ・スパイダーに関しては、解明すべきことがまだたくさんある。中でも、メスの視点は謎のままだ。
アンダーソン氏は、「メスが緊縛を解こうともがくのは、2度目の挿入を避けようとしているのか、単にオスを食べようとしているのかはまだ分かりません。あるいは、その両方かもしれません」と記している。(参考記事:「クモの「交尾栓」、その効果は?」)
ナーサリー・ウェブ・スパイダーの「婚礼のベール」には、体を拘束する以上の役割がある可能性も考えられる。
今回の研究には関わっていないカナダ、トロント大学のキャサリン・スコット氏は、オスは数種類のフェロモンのカクテルを糸に含ませ、メスが自分に強い関心を持つよう仕向けているのではと指摘する。(参考記事:「フェロモンたっぷりの糸でやる気のないオスを口説くメスグモ」)
というように謎は尽きないが、クモが専門の生物学者たちが確信していることが1つある。他のクモたちのまだ見ぬ交尾方法に比べれば、ハラハラさせられるナーサリー・ウェブ・スパイダーの戯れもごく平凡なものだろうということだ。
「世界中には4万5千種を超すクモがいます」とスコット氏はEメールで語った。「そのうち、交尾行動が研究されているのはごくわずかにすぎません」
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