空中で反転して天井に止まるというコウモリの行動は、自然界でもとりわけ難度の高い妙技だ。隙間などの狭い空間にパタパタと飛んでいき、ひらりと身を翻して、頭を下にしてぶら下がる。その間、わずか数秒しかかからない。
コウモリがどうやってこの技を成功させているのかは、長い間謎とされてきた。飛ぶ生物の中でも、彼らはその体重の割に非常に重たい翼を持っているからだ。
科学者たちはようやくその答えをつかんだようだ。コウモリは厄介な翼を長所に変え、その重さを利用することで、上下逆さまになる際に必要な力を得ているのだという。
11月16日に学術サイト『PLOS Biology』に掲載された論文によると、研究チームはセバタンビヘラコウモリ(Carollia perspicillata)とコイヌガオフルーツコウモリ(Cynopterus brachyotis)を、閉鎖空間に飛んでいって天井に固定された網に止まるよう訓練した。
ハイスピードカメラで撮影した映像からは、体を翻す際、コウモリが片方の翼を体に引き寄せ、もう片方をめいっぱい伸ばしていることがわかる。
このように体重を移動させることによって、コウモリは「慣性力」と呼ばれる力を利用して、一瞬のうちに頭を下にして網に止まることができる。
たとえばフィギュアスケートの選手は、腕を体に引き付けることによって、慣性力を利用してスピンのスピードを上げているし、ダイバーは体重を移動させることによって、体をひねったり、くるりと一回転したりする。コウモリもこれと同じことを、非常に高い精度で行っているわけだ。(参考記事:「コウモリは酒に酔ってもちゃんと飛ぶ」)
フライトシミュレーション
この実験結果を確かめるために、研究チームは慣性力や空気の力(空気抵抗や揚力)の影響を加減できるコンピューター・シミュレーションを使って、コウモリの動きを再現した。その結果、コンピューター上のコウモリは、慣性力のみを利用して、現実のコウモリと同じ動きをしてみせた。(参考記事:「コウモリやナマケモノはなぜ逆さまでも平気なのか」)
一方、ミバエを使って同様のシミューレションを行ったところ、羽がごく軽いミバエは、空気の力を利用しなければ上下逆さまに止まることができなかった。
こうした結果は、コウモリが空気以外の力を利用しているという推測を裏付けるものだと、論文の共著者で、米ブラウン大学の工学教授であるケニー・ブロイアー氏は述べている。
「コウモリはあの離れ業を行う際、あらゆる局面で慣性力を利用していると考えられます」とは言うものの、「直接的な証拠はまだ見つかっていません」
スウェーデン、ルンド大学の進化生態学者、アンデシュ・ヘデンストローム氏は、今回の発見は理にかなっており、特にコウモリが逆さまに止まる際には、慣性力が不可欠だろうと語る。コウモリは鳥のように逆さまで飛ぶこともできないため、「慣性力に頼らなければなりません」
翼が先か、姿勢が先か
それでは鳥は飛ぶ際に、慣性力を利用しているのだろうか。今回の研究で共同リーダーを務めた生物学教授のシャロン・スウォーツ氏は、それは疑わしいと述べている。
「鳥の中にはコウモリと同じくらい翼が重たいものもいますが、比較的軽い翼を持つものもいます。決定的な違いは、(鳥はコウモリより)関節がかなり少なく、翼を操ってコウモリと同じように折りたたみ、体に引き付けることはできないということです」
「脳が大きく、数多い筋肉と関節を器用に操ることができる哺乳類であるという点が、とても重要なのです」
果たしてコウモリは、逆さまに止まるために翼をたくましく進化させたのか、それともたくましい翼を最大限に活用した結果が逆さまに止まることだったのだろうか。それは定かではない。
飛ばない哺乳類から進化したコウモリは、まだ進化の途中なのかもしれない。「もしタイムマシンで数百万年前の地球に戻れたなら、今よりもっと軽い翼を持つコウモリに会えるかもしれません」とスウォーツ氏は言う。
あるいは、逆さまにぶら下がるのを止めるという選択肢もあるだろう。事実、コウモリの仲間には、逆さまにならない種も存在する。たとえばスイツキコウモリは、頭を上にして葉に止まるために、翼に吸盤を持っている。(参考記事:「“逆さま”にぶらさがるコウモリ」)
ドラキュラのイメージには合わないだろうが、バットマンならそんな姿も似合いそうだ。