世界遺産パルミラ遺跡に迫るISの脅威

ローマ帝国に抵抗した文化のるつぼ

2015.05.20
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
古代都市パルミラの遺跡。(Photograph by Ed Kashi, National Geographic Creative)
古代都市パルミラの遺跡。(Photograph by Ed Kashi, National Geographic Creative)
[画像のクリックで拡大表示]

 過激派組織「イスラム国(IS)」が、シリアの世界遺産、パルミラ遺跡のすぐそばまで迫っている。その昔、重要な文化拠点として繁栄した砂漠のオアシスは今、シリア軍とISが睨み合う前線地帯となっている。

 ISは5月16日、シリア中央部にあるパルミラの町に攻め込んだが、シリア当局によると今のところパルミラは「安全」で、状況は「完全に制御されている」という。

 ISはこれまで、世界遺産であるニムルド、ニネベ、ハトラの遺跡など、シリアやイラクにある重要な歴史的建造物を破壊しており、シリア当局はパルミラ遺跡が次のターゲットになることを警戒している。首都ダマスカスの北東215キロに位置するパルミラには、保存状態の良好なローマ時代の遺跡が立ち並んでいる。(参考記事:「専門家に聞く、「イスラム国」遺跡破壊のねらいは?」

「パルミラ遺跡を守るためにあらゆる方面に協力を要請し、破壊を防ぐ最大限の努力をしています」と、ユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長は語る。

パルミラに立つローマ様式の遺跡。(Photograph by  James L. Stanfield, National Geographic Creative)
パルミラに立つローマ様式の遺跡。(Photograph by James L. Stanfield, National Geographic Creative)
[画像のクリックで拡大表示]

 2011年に内戦が勃発するまで、パルミラはシリア屈指の人気観光地だった。2~3世紀に建造された全長1.1キロの列柱道路や、紀元32年に建造されたベル神殿などの見事な遺跡をひと目見ようと、世界中から観光客が集まっていた。(参考記事:「古代都市パルミラ、繁栄の謎を解明か」

 内戦開始以降、シリア政府の統治下にあるパルミラ遺跡では略奪が横行し、ときおり砲弾が飛んでくることもあった。

貿易の要、文化のるつぼ

 パルミラのすばらしさは、ギリシャ、メソポタミア、ローマ、そして地元の文化が豊かに混ざり合った独特の様式にあると専門家は語る。

「ローマ帝国諸都市の中でも、文化の変化と折衷の過程を示す証拠がこれほど豊かに残っているところはそうはありません」と米ノースカロライナ大学の古典学准教授であるモーラ・ヘイン氏は言う。

古代文化のるつぼ、パルミラに新たな脅威が迫る。(Photograph by Jim Richardson, National Geographic Creative)
古代文化のるつぼ、パルミラに新たな脅威が迫る。(Photograph by Jim Richardson, National Geographic Creative)
[画像のクリックで拡大表示]

 パルミラは、3800年前からすでに隊商の基地であったことが古い記録に残されている。しかしこの街がにぎやかな商業都市として、またローマ帝国と極東を結ぶ貿易の拠点として大いに栄えたのは1~3世紀のことだ。パルミラの商人たちが築いた広大なネットワークの痕跡は、現在の英国、トルクメニスタン、バーレーンといった場所でも見つかっている。

 パルミラは数世紀の間に徐々にローマの支配を受けるようになり、やがてローマ帝国屈指の隊商都市として、東側のペルシャ帝国と西側との間に位置する緩衝地帯の役割を果たすようになった。パルミラの人々はアラム語の方言を話し、彫刻などはギリシャ風とペルシャ風、両方の服を着ている姿で表現されている。建築にはグレコ=ローマン様式の影響が見られるが、信仰の対象は主にフェニキアやメソポタミアの神々であった。

ローマに抵抗した古代都市が原理主義者の標的に

 パルミラでもっとも有名な人物といえば、間違いなく女王ゼノビアだろう。ゼノビアはローマ帝国から一時的にエジプト、シリア、パレスチナといった東部の属州を奪い取り、パルミナ帝国(269~273年)に組み入れた人物だが、最終的にはローマ皇帝アウレリアヌスの軍に敗れて捕虜となった。続いてパルミラで反乱が起こると、皇帝はこれを鎮圧して街を略奪した。それ以降、パルミラがかつての繁栄を取り戻すことはなく、この街からローマにもたらされていた富は激減する。西ローマ帝国は5世紀に入って衰えるが、そこにはパルミラの没落が大きく関わっていたとも言われる。

パルミラ遺跡を通る現代の隊商。(Photograph by Jim Richardson, National Geographic Creative)
パルミラ遺跡を通る現代の隊商。(Photograph by Jim Richardson, National Geographic Creative)
[画像のクリックで拡大表示]

 それから2000年が経った現在、ローマ帝国の支配を拒んで抵抗を続けた華やかな商業都市パルミラに、シリア人は強い絆を感じている。

「シリア人にとってパルミラは特別な存在です。あの場所は彼らのプライドの源泉なのです」。米ペンシルベニア大学で客員教授を務めるシリア人考古学者サラーム・アル・クンタール氏はそう語る。「シリア人はパルミラの歴史と、パルミラが生んだ遺跡や芸術をとても大切に思っています」

 皮肉なことに、西の帝国主義による支配を拒んだことで名を馳せた古代都市は今、東の原理主義者の脅威にさらされている。パルミラが爆撃を受けたことは過去にもあったが、もしISが他の遺跡で見せたような大規模破壊を実行に移せば、その被害の大きさは以前とは比べものにならないだろう。シリア文化財博物館総局のマムーン・アブドゥルカリム総裁は言う。「ISがパルミラに侵入することは、パルミラの破壊を意味します。この古代都市が占拠されてしまえば、国際的な大惨事となるでしょう」

文=Kristin Romey/訳=北村京子

  • このエントリーをはてなブックマークに追加