クスミの後悔日記２

先日雨の時、いつも自宅から歩く道をバスに乗った。
雨でバスはかなり混んでいて、ボクも前のほうに立っていた。

そしたら途中のバス停から吉祥寺の名物おじさんが乗ってきた。
橘家円蔵似のこの人はポケットに両手を突っ込んで、
吉祥寺の繁華街を、大声でいろんなことをがなり続けながら歩き回る人で、
言ってることは社会的なことや政治的なことやわけわかんないことだが、
毎回違うが、ポイントは短いフレーズをずっと繰り返すこと。

その人が乗ってきて、金を払ったかバス共通カードを買ったか
したらしいが、おつりの小銭が無かったらしく、運転手が
「あと100円、ちょっと待っていたけますか？」と言った。

そしたら、おじさんは例の大声で（屋外よりはずっと小さいが）

「待ってる待ってる、摩天楼で待っているのが普通じゃないか？」

と言ったので（出た、面白いぞこれは）と思っておかしくなった。
運転手は無言。他の客も無言だったが、ボクは次の言葉を期待した。
すると、おじさんは

「テツヤさんが運転手になったか」

と言った。運転手の顔はボクの位置からは混んでいて見えない。

「モノは考えようだな、テツヤさんが運転手になったか」

ボクはフロントガラスの上に書いてある運転手の名前を見た。
「神山正勝」
全然テツヤじゃない。運転手は無言。乗客も無言。

「天丼カツ丼が専門じゃないか？」
「天丼カツ丼が専門じゃないか？」

誰に言ってるんだろう？

「差別20年、鍋焼きうどんばかり食わせやがって」

誰が？誰に言ってるの？

「差別20年、鍋焼きうどんばかり食わせやがって」
「差別20年、鍋焼きうどんばかり食わせやがって」
「差別20年、鍋焼きうどんばかり食わせやがって」

出た。こういうパターンなんだ。調子が出てきたぞ。
朗々と、歌うように繰り返す。

次の停留所でまた人が乗ってきて、そしたら運転手の声が
「あ、100円どうぞ」
おじさんの声が
「あ、どうも」
これはいたって普通の小声だ。ボケてる感じもしない。

それからしばらく静かだった。
そしたら、次でも人がたくさん乗ってきて、車内はいよいよ混みあってきた。
そしたら、録音された車内アナウンスの女性の声が
「車内が大変混雑してまいりました。お客様は奥の方へつめて
　御乗車なさいますよう、御協力お願いします」
みたいなことを言った。そしたらおじさん、

「御協力しろ、御協力しろ、ゴキブリがどこからか出てくるぞ」

とまた大声をあげた。
そしたら、誰かの声が（運転手か、近くの男性客）、

「どこからゴキブリが出てくるんですか」

と聞いた。するとおじさんの声が、朗々としたまま、

「さあ、どこから出てくるのか。わからん。ゴキブリやネズミは
いったいどこから出てくるのか。地面の底から出てくるんじゃないか」

男、無言。

「だいたいどこにか、隠れ潜んでいるんだな」

「英雄豪傑も何処かに隠れているんだ」
「英雄豪傑も何処かに隠れているんだ」
「英雄豪傑も」

気に入ったらしい。

「英雄豪傑も何処かに隠れている」
「英雄豪傑も何処かに隠れている」
「英雄豪傑も何処かに隠れている」
「英雄豪傑も何処かに隠れている」

「英雄豪傑も何処かに隠れている」

「英雄豪傑も何処かに隠れている」

このへんで吉祥寺駅に着いたので、全員バスを降りた。