書評/映画評

たかが世界の終わり  〜 家族とは「居心地の悪いもの」

映画の話ではありますが、
映画の話というよりも、「家族」の話なので、
映画に興味のない人も、最後まで読んでいただきたいと思います。

昨日、『たかが世界の終わり』という映画を見ました。
カンヌ映画祭のグランプリ受賞作です。

というと、さぞかし「おもしろい」作品と思う人も多いでしょうが、
カンヌ映画祭の受賞作には、注意が必要です。

痛快な娯楽作品が評価されることはまずなく、
よく言えば重厚な映画。
悪く言えば、見終わった後に気分が重たくなる映画が多いからです。

本作も、『たかが世界の終わり』というタイトルから
予想はしていたものの、
タイトルどおり、虚無と絶望の底にたたき落とされる映画でありました。

主人公のルイは、自分が重病となり、もうすぐ死ぬことを知らせるため、
長く疎遠になっていた家に、12年ぶりに戻ることを決意します。

母や兄夫婦、妹が待つ家。

そこで待っていたのは、
12年ぶりの「楽しい家族団欒」
ではなく、
「罵詈雑言が飛びかう修羅場」でした。

この映画を見ていると、ものすごく不快になります。
イライラします。腹も立ってきます。
 
せっかく、12年ぶりに帰宅しているのに、
この会話や態度は、一体何なのだ!?

おそらく、主人公のルイの感情を観客は、
追体験させられたのでしょう。

ですから、ものすごく不快であり、怒りに満ちあふれ、
いてもたってもいられない映画なのです。

「関係回復」のために戻ったはずの主人公に、
家族は「ノー」を突きつけます。

母も妹も、主人公にポジティブな感情を抱いてはいるものの、
それは主人公に「癒やし」も「くつろぎ」も与えないのです。

「家族だから、理解しあえる」という幻想を、
この映画はかる〜く吹き飛ばしてくれます。

そして、衝撃的なラスト。

ある意味、ストーリー的には予想していましたが、
ここまで、(観客である自分が)虚無と絶望の底にたたき落とされる
とは予想していませんでした。

なので、万人に勧められる映画ではありません。

しかし、この映画を見終わった後、
今、いろいろと考えさせられることが多いのです。

「家」「家庭」というのは、
「癒やしの場」「憩いの場」というイメージを持つ人が多いのですが、
実はそうでない家庭が多いのです

親子断絶している人も山ほどいますし、
10年以上帰省していないという人もたくさんいます。

特に、私は精神科医なので、いろいろな裏事情に直面しますが、
「親子関係がうまくいっている家庭」というのは、
非常に少ない。
滅多にないんじゃないかと思うほどです。

むしろ、いろいろな問題や確執をかかえながら、
なんとかやっている家庭の方が、圧倒的に多いのではないか。
という実感を持っています。
 
対外的にはうまく見せているかもしれませんが、
実際は違うのです。

私も、帰省するのは楽しみではありますが、
長く滞在していると、必ず母親と喧嘩になります。

「どうして、親というのは、
子供に不快なことを遠慮なく口にできるのか」
と思います。

子供とはいえ、もう50歳を超えたいい大人に、

「そのクセは悪いからやめたほうがいい」
「いつもヨレヨレの服を着ているから、毎日アイロンをかけて、
パリッとした服を着なさい」
「食べるのが早すぎるから、ゆっくり噛んで食べなさい」

と、一日、20回、30回と、絶え間なく小言を言い続けるので、
さすがに辟易とします。

本人は、「子供のため」を思って言うのでしょうが、
50歳を超えて、そんな長年続いた癖が治るはずもありません。

「よく来たね」と笑顔で迎えてくれれば、
楽しい時間を過ごせるのに、なぜそうはいかないのか?

と常日頃から思っていたものの、
この『たかが世界の終わり』を見て気づきました。

「ああ、うちの家と同じだ」と。

親子とは、こういうものなのです。
親は、いつまでたっても、子供を子供扱いする。

兄弟は、いつまでたっても、兄弟喧嘩が絶えない。

「家」「家族」というのは、「癒やしの場」「安定の場」ではなく、
「不快な場」「不安定な場」になることで、
私たちを常に成長させる場所なのではないのか、と。

映画の冒頭の曲で
「家は救いの場所ではない」という一節が出て来ますが、
まさしくそういうことです。

ということで、家で親子、夫婦、兄弟のいさかいが多い人は、
この映画を見ると、大いに共感すると思います。

この作品が、カンヌ映画祭のグランプリを受賞したのも、
多くのフランス人がこの作品に共感したからでしょう。

家族とは「居心地の悪い」もの。
これは、普段、あまり語られるものではありません。

でも、多くの人はそう思っていた。

でも、「それは、うちだけじゃないか」と思うので、
誰にも語らないで、秘密にしている。

そんな、タブーを破り、
「家族の居心地の悪さ」を白日のもとにさらしたのが、
この『たかが世界の終わり』という作品なのです。

主人公が家を出た具体的な理由は説明されませんが、
この「居心地の悪さ」が原因であったことは、
間違いないでしょう。

世の中、

「他人の家は仲睦まじいのに、自分の家の親子関係は悲惨」
「なぜ、自分の家庭では、こんなにいさかいが絶えないのか」

と、自分の家や親子関係で苦しんでいる人がたくさんいます。

そんな人に対して、この映画は

「それって、普通ですよ」
「それって、特別なことじゃないですよ」
「それって、よくあることですよ」

というメッセージを投げているのです。

主人公のルイは、ラストでどん底に叩き落さますが、
この映画を見た一部の人には、
「大きな救い」を与えたのでしょう。

親子関係も、夫婦関係も、兄弟関係も、
全てがうまくいっている家庭なんか、滅多にありません。

ですから、
あなたの家で、それらがうまくいっていなかったとしても、
悲観することはないのです。



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