88艦隊の中核を担う巡洋戦艦として作られていたものの
途中で軍縮のため一転して廃棄対象に!
空母に改装しようとしたら関東大震災にあって船台上で損壊!今度こそ解体か!
とおもいきや浮き桟橋[1]となり今も現役という運がいいんだか悪いんだかわからない
"元"巡洋戦艦天城。
横須賀で撤去されてから今どこにいるのか探してる人が結構いるようなのでまとめてみた。
http://d.hatena.ne.jp/Blueforce/20070401/より
10-11号バースとして使用中の浮き桟橋天城。言われなければ誰も気づかないがここに彼女は確かに生きていた。
http://www.rimpeace.or.jp/jrp/umi/yokosuka/070331sanbashi.htmlより
原子力空母配備による港湾拡張のため撤去される天城。2007年3月のこと。
この後、彼女は解体されたのか、どこに行ったのか・・・
そもそもこんな形で日本の戦艦が生き残っているということ自体誰も知らないのでしばらく謎であった。
その後、とある掲示板にある一つの書き込みが…
http://6018.teacup.com/watashiki/bbs/thread/list/thread_id/4/
ちょっと「天城」の船体を見てきました(笑)
投稿日:2008年 3月 2日(日)03時54分23秒
関東大震災で、解体された巡洋戦艦「天城」の船体の一部が、現存しています。防水構造の鋲接構造がもったいないと、大型のポンツーンにされて、横須賀基地で使われ、戦後は在日米軍が使用。過日、民間造船所に払い下げられました。
今、どこにあるかというと、艤装中の「ひゅうが」の浮き桟橋に用いられているんですね。で、鋲接の構造を見てきたんですが‥‥‥結論を言えば、700分の1でこれを表現するのは、(塗装での表現を除けば)完全にオーバースケールです。まぁ、700分の1だと、こだわるとオーバースケールになるのはしょうがないんですが、正確でなくてもメリハリを付ける為付け加えたい人が付け加えればいい話で、キットのメーカーには正確さを期待したい訳で、船体モールドに「鋲接構造の重ね張り」を付けるのは大きなお世話かと。
実は民間造船所(IHI)に払い下げられていたのでした。
そんな彼女の今の姿はグーグルマップで見ることが出来る。


あわや解体かという絶体絶命のピンチから紆余曲折を経て
気づけば90年も経ってしまっていた天城さん。
後輩達が生まれ、戦い、そして消えていった姿を見守りつつ
今日も港の片隅でひっそりと、しかし力強く日本のために働いています。
[1]福井静夫『終戦と帝国艦艇』P194 「未成巡洋戦艦天城の艦底の一部を浮桟橋に使用」