コラム:中国の経済改革を「信用」する理由=ブレマー氏

コラム:中国の経済改革を「信用」する理由=ブレマー氏
4月10日、習近平国家主席(写真)が進める改革は、野心的かつ前例のないものであり、中国の経済成長エンジンを旧来の国家主導型から、デジタル時代の中流消費者がけん引する新たなモデルに変えようとしている。こうした改革が順調に進むと考える理由は十分ある。北京で昨年11月撮影(2014年 ロイター/Jason Lee)
[10日 ロイター] - 国際政治学者イアン・ブレマー
過去数週間、中国大手ネット企業の新規株式公開(IPO)に関するニュースが相次いだ。電子商取引会社大手のアリババと京東商城(JDドット・コム)、そして中国版ツイッターと呼ばれる微博(ウェイボー)だ。
いずれも米国での株式上場を計画しているが、そうすることで彼らは高い流動性へのアクセスを手にするとともに、自国での規制を回避できる。中国には、利益を出していない企業にはIPOが認められないなどの規制がある。
世界の投資家がこうした中国企業のIPOに興奮するのは無理からぬことだ。中国の消費者市場は急速に成長しており、電子商取引は恐らく最も期待できる分野だからだ。2013年1─9月に中国で配達された小包の数は60億個に上る。前年同期比で実に61.2%の増加だが、こうした小包の半分が、オンラインショッピングによるものだ。
習近平国家主席が進める改革は、野心的かつ前例のないものであり、中国の経済成長エンジンを旧来の国家主導型から、デジタル時代の中流消費者がけん引する新たなモデルに変えようとしている。
こうした経済改革が成功すれば、内需拡大とネットを積極活用する中流層の増加から恩恵を受けるIT企業には、大きなチャンスの扉が開くことになる。
ただ一方で、経済改革をめぐって発せられる危険信号が、潜在的投資家に二の足を踏ませているのも事実だ。われわれは最近、中国人富裕層が国外に脱出しているのを目の当たりにしている。指導部の中には、習主席が推し進める汚職撲滅運動は行き過ぎであり、派閥内に亀裂を生みかねないとの懸念もある。また投資家は、経済成長の停滞にも不安を抱いており、これまで二桁だった成長率が「新たな前提」である7%台に減速することで、中国指導部が改革から旧来型の景気刺激策に回帰するとの疑念もある。
しかしながら、こうした状況を考慮してもなお、経済改革のアジェンダが順調に進むと考える理由は十分にある。まず最初に注目すべきは、中国エリート層の国外脱出の動きだ。最近の統計によると、純資産1000万元(約1億6000万円)以上を持つ同国の最富裕層のうち、すでに海外に移住した人や移住を検討している人の割合は64%に上る。2013年には、この数字は60%だった。こうした富裕層の国外脱出は、経済改革が成功しつつあることのサインだ。なぜなら、経済開放や汚職対策が多くの既得権益層を脅かしているからこそ、彼らに海外での資産保護を急がせているからだ。
ただ中国の富裕層は、国外脱出の動きを強めているものの、自国経済の見通しには強気だ。景気の先行きに極めて自信を持っているという富裕者の数は、過去5年で初めて前年を上回っている。
習主席の汚職撲滅運動が共産党指導部の間で激しい反発を誘発し、経済改革プロセスの勢いをそぐ可能性はある。江沢民元国家主席は最近、「この汚職撲滅運動の足跡が大きくなり過ぎることはない」と公言したが、胡錦濤前国家主席もこうした意見に同調し、汚職撲滅運動は行き過ぎるべきではないと警告した。
しかし、明るい展望が持てるのは、彼らが異議を唱え始める1年も前から、習近平氏が有力者たちと戦ってきたことだ。習氏の汚職撲滅は見せかけだけではなく、実際に影響を与えている。そして、こうした政治基盤の安定化は、習政権の経済開放に向けた推進力とも密接に関係し合う。
中国の経済成長鈍化で、投資家は共産党指導部が旧来型の景気刺激策に回帰するとの懸念を抱くが、習主席は引き続き改革のアジェンダにコミットしており、改革の見返りに国家主導型経済成長の一部を犠牲にする姿勢も見せている。
短期的には、引き続き政府主導の景気刺激策を目にするだろうが、主としてそれは改革を前進させる分野を対象にしたものになるだろう。例えば、国内投資の減速に伴い、中国政府は、これまでは聖域とされていた分野でも、新たに民間や外資による投資を解禁する可能性が高い。上海自由貿易試験区がいい例だ。
中国政府はまた、産業ごとに投資の優先順位を決めるだろう。省エネや最先端ITなど新たな経済成長の局面に関係が強い分野に重点を置く一方、鉄鋼やアルミなど過去の国策で肥大化した分野への投資は減らはずだ。
長期的には、中国の経済改革の道のりは前途多難であり、政治的には予測不可能だ。中国の国家資本主義モデルは当面は支配的な経済力であり続けるだろうが、景気減速が一段と深刻になれば、習主席の改革アジェンダは後退するかもしれない。自分たちの影響力低下に危機感を持った政界上層部からの批判が強まる可能性もある。
中国経済の成長軌道は依然として不透明なままであり、その答えは恐らく、唯一最大の要因である「世界経済がどこに向かっているのか」に集約される。
しかし現時点では、いくつかの危険信号はあるにせよ、習主席は引き続き、政治的抵抗に対する最善の防御は良い攻撃だと信じており、改革に関して言えば、最善の策は妥協ではないと確信している。消費主導型の中国経済から恩恵を受けたい投資家や企業にとって、こうした習主席の楽観は共有する価値があると言えるかもしれない。
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End oftheFreeMarket」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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