焦点:海外勢の存在感増す日本国債、膨れる金利上昇リスクに備えも

焦点:海外勢の存在感増す日本国債、膨れる金利上昇リスクに備えも
11月7日、米グローバル金融市場の先行きに不透明感が強まるなか、日本国債の群を抜く安定性と収益性に着目し、安全資産としての優位性を見直す動きが海外勢に強まっている。写真はスクリーンに映った黒田日銀総裁。5月撮影(2013年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 7日 ロイター] -国内勢が主導権を握ってきた日本国債の取引で、異変が起きている。国債先物の取引において海外勢のシェアがトップに躍り出たのだ。米グローバル金融市場の先行きに不透明感が強まるなか、群を抜く安定性と収益性に着目し、安全資産としての優位性を見直す動きが海外勢に強まっている。
一方で、「異次元緩和」による国債大量購入を進める日銀の存在感が膨張し、市場構造のいびつさも意識され出した。いつ来るかははっきりしないものの「金利上昇リスク」に備える動きも始まった。
<国債先物、海外勢シェアが過去最高>
東京証券取引所が公表する投資部門別国債先物取引状況によると、海外投資家による9月取引シェアが、53.66%と過去最高を記録した。国内投資家の取引がほとんどの現物債と異なり、円債先物はこれまでも海外投資家が多く利用してきたが、これほどシェアが高まったのは初めてだ。
海外勢の取引が目立ち始めたのは、9月上旬ごろ。当時は、2020年の東京五輪決定や4─6月国内総生産(GDP)2次速報を受け、2014年4月の消費税率引き上げが決定的になり、財政悪化懸念が後退。海外でも弱めの8月米雇用統計で米量的緩和縮小(テーパリング)の早期実施に不透明感が出てきたタイミングと符合する。
「米連邦準備理事会(FRB)の次期議長に、ハト派のイエレン氏が就任すれば、テーパリングが開始されても金利にある程度の配慮をするとの思惑から、海外勢がグローバルに債券ロングポジションを構築する動きが強まったのではないか。海外年金などの長期投資家というよりは、ディーリング目的の短期投資家が主体だろう」と、SMBC日興証券・シニア金利ストラテジスト、野地慎氏はみる。
1000兆円超の公的債務を抱える日本における海外勢の先物シェア増大は、売り仕掛けのリスク拡大を想起させるが、市場では「品薄感が強い現物の代替として、流動性が高い先物に買いを入れる動きのではないか」(外資系証券)との見方が多い。
国内勢の取引が手控えられやすい9月の決算月という季節性を勘案する必要があるが、海外投資家も「安全資産」として日本国債を重視し、国債先物を利用している可能性が大きい。
<群を抜く安定性と収益性>
三菱東京UFJ銀行・円貨資金証券部ALM戦略グループ調査役の小田尚志氏は、あらためて円債の収益安定性が見直されていると指摘する。「早期の米テーパリングの確度が低下する中で、とにかくいちばん安定している資産に資金を振り向ける投資行動は自然な流れだ。テーパリングの議論が再開されるまで、この流れは続くのではないか」との見方を示す。
実際、円債先物の原資産である日本国債の安定性、収益性は群を抜いている。今年7─9月の主要アセット別パフォーマンス(リスク調整済)は、日本債券インデックス(野村BPI・総合)がプラス13.5、S&P500がプラス8.2、金がプラス5.8、日経平均株価がプラス3.6、海外債券インデックス(シティ)がプラス2.3──などとなった。
日本債券インデックスはリスク1単位に対して13.5単位の収益を上げたことになる。小さなリスクで大きな収益を得られた優れた資産ということであり、安全資産の代表格である「金」を上回る抜群の実績を示した。
バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が米緩和縮小の可能性に言及した5月22日から、米連邦公開市場委員会(FOMC)で緩和縮小見送りを決めた9月18日までの約4カ月の間に、米10年国債利回りはいったん2%付近から3%付近に水準を切り上げた。だが、円金利はその影響をほとんど受けずに、むしろ低下基調を鮮明にした。
<日銀が最大の買い手に浮上へ>
良好な需給環境が続く国債市場を支えているのは、毎月7兆円強のペースで買い進める日銀の存在が大きいのは言うまでもない。
日銀の資金循環によると、日銀は4─6月期で国債残高(含む財投債、国庫短期証券除く)を19兆0244億円増加させ、最大の買い手。一方、国内銀行は16兆9409億円減少させ、最大の売り手。これまでほとんど変わらなかった国債の保有構造が劇的に変わり始めている。
日銀の国債保有比率は14.0%。国内銀行の12.8%を上回っているが、今のところ生命保険の18.4%、中小企業金融機関等の20.9%に及ばない。
しかし、日銀は2014年に長期国債を50兆円を買い入れる方針を示しているため「来年末には日銀のシェアがトップに躍り出る可能性が高い」(SMBC日興証券・金融財政アナリストの末澤豪謙氏)とみられている。
「真綿で首を締めるめられるようだ」とある債券ファンドマネージャーは、日銀買い入れで強まる需給相場に、運用者として苦しい胸の内を明かす。金利がじりじりと下がる相場展開に、安い価格(高い利回り)で買い、高い価格(低い利回り)で売るという基本的な投資手法は通用しない。「いずれ相場に負けると分かっていながら、期間収益を求めて投資せざるを得ない状況は、チキンレースそのものだ」とあきらめ顔だ。
<リスクはらむ日銀依存>
中央銀行依存の国債保有構造はリスクもはらむ。日銀の異次元緩和は未来永ごう終わらないのではないか──。早稲田大学ファイナンス総合研究所・顧問の野口悠紀雄氏は、異次元緩和が終了した場合、長期金利が上昇して日銀が大量に保有する長期国債に損失が発生、国家財政でも一般会計の国債利子支払い負担が膨らむと指摘する。このことは、もし金利が上昇すれば、日本財政が破局的状態に陥る可能性が高まることを意味すると懸念を示す。
需給相場に潜む金利上昇のマグマ。SMBC日興証券の末澤氏は「国債の流動性低下で、将来の金利上昇に対するバッファーが減じている。金利が低下した局面で、ボラティリティを拡大させる要因が出てくることを警戒する動きが出てくるかもしれない」と懸念する。足元の材料として「米緩和縮小議論や米財政問題の進展などによって、米株高・米金利上昇の可能性がどの程度あるのか、見極める必要がある」と話す。
国債先物オプション市場では、コール(買う権利)取引に盛り上がりを欠く一方で、プット(売る権利)取引が買われやすい展開が続いている。
プットの建玉は、現在の水準(145円付近)から大きく下回る142円50銭─143円50銭で大きく膨らんでいる。プット取引は先物下落局面で利益を得られるため「金利上昇時の保険」としての側面があるが、一方で、短期筋がもう一段の上値を狙った「ダミーポジション」との見方もある。
仮に海外市場でリスクオンの流れが強まり、株高・金利高になった場合、低位にある円金利がどこまで抗しきれるかという懸念もある。銀行や生保などは、円債の代替で外債に投資しているだけに、外債投資で損失が生じれば、国債売却によって埋め合わせるといったシナリオも現実味を帯びる可能性がある。
日銀の「出口」が見え始めれば、金利上昇のきっかけになる可能性もある。黒田東彦日銀総裁は7日午前の参院財政金融委員会で、異次元緩和の出口戦略について、現時点での具体的な議論は時期尚早との考えをあらためて表明しながらも、目標達成時において大量に保有する国債の取り扱いに関しては、縮減方法などをいずれ議論したい、と語った。
<進まないリバランス>
一方で、アベノミクスによって期待されたポートフォリオ・リバランスは、一向に進んでいない。国内機関投資家の日本株投資は依然として慎重で、企業融資の伸びも鈍いままだ。
日本国債の安定性はやはり無視できない──。大手生保の債券関係者は上半期の運用環境をこう振り返る。大手9社の2013年度下期運用計画でも、円債中心の運用方針であることには変わらなかった。
大和証券・チーフストラテジストの山本徹氏は「アベノミクスの3本目の矢である成長戦略に対して、市場が期待していたほどの内容が出てこなかった。2本目の財政政策も消費増税決定で緊縮方向、残る1本目の金融政策は黒田日銀総裁が順調を強調するあまり、追加策に対する思惑が後退している。4月・5月のような期待が薄れて、ポートフォリオ・リバランスが生じにくくなっている」と話す。
国債などの安全資産からリスク資産へのポートフォリオ・リバランスを促すはずだった日銀の異次元緩和。その意図と裏腹に、余剰資金の多くは国債市場に滞留したままだ。日本株が頭打ちとなり、日本国債だけが買い進まれる光景に、アベノミクス相場の行き詰まりを織り込み始めたとの声も出始めている。

星 裕康;編集 田巻 一彦

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab