焦点:エジプトは「暗いトンネル」突入か、明暗分ける軍の対応

焦点:エジプトは「暗いトンネル」突入か、明暗分ける軍の対応
6月28日、「暗いトンネル」に入りつつあるエジプト。抗議デモへの軍当局の対応は、エジプト民主化運動の成否を決定する鍵となるかもしれない。首都カイロで撮影(2013年 ロイター/Amr Abdallah Dalsh)
[カイロ 28日 ロイター] - エジプトは「暗いトンネル」に入りつつある──。同国軍を統括する立場にあるシシ国防相は、モルシ大統領派と反大統領派の対立についてこう語った。抗議デモへの軍当局の対応は、エジプト民主化運動の成否を決定する鍵となるかもしれない。
シシ国防相による「警告」は、対立する2つの勢力にとって警鐘となった。対立する勢力の1つは、イスラム組織出身のモルシ大統領とその支持勢力。そしてもう1つはリベラル派と経済に不満を示す多くのエジプト国民だ。
政治家らに意見の一致と衝突の回避を求めたシシ国防相は、言葉こそ辛辣(しんらつ)ではなかったものの、必要があれば軍が介入するという厳しい姿勢を隠すことはできなかった。
1つだけ明らかなことがある。国防相が求めた「意見の一致」は存在しないということだ。モルシ大統領は演説で協調的な取り組みを申し出たが、具体的な内容には触れず、反大統領派はこれを拒絶した。
今月30日に大統領就任から1年を迎えるエジプトでは、大統領の支持派と反対派の双方が集会を予定しており、衝突が懸念されている。軍が介入に踏み切るかどうかは、向こう数日の間、カイロの大統領府やムバラク政権崩壊につながったデモが行われたタハリール広場、また他の主要都市での状況がどう展開するかに左右される。
「国民の意思を守る」とするシシ国防相の姿勢を、対立する双方の勢力は心強く受け止めている。大統領派のイスラム勢力にとって「国民の意思」とは、自由選挙でモルシ大統領と政府が選ばれ、明確な指導者のいない野党を破ったということを意味する。
一方、反大統領派は、計画している集会にさらに数百万人が参加し、「国民の意思」は別にあるということを示すことが可能だと考えている。
シシ国防相らが軍のクーデターによって長期的な支配を望んでいるとの見方はほとんどない。しかし、リベラル主義者やムバラク政権時代の懐古主義者を含む反イスラム勢力は、民主化運動を方向転換させ、行き詰まり状態を打開させるために短期的な軍の介入を歓迎するとみられている。
<軍介入の引き金>
軍が介入に踏み切るかどうか、そして軍がモルシ大統領にどの程度の圧力をかけるのかについては、以下の2つのポイントが引き金になると考えられる。
1つは暴力行為。カイロや他の都市で銃撃戦などが確認されれば、軍は国家の治安維持のため出動する可能性がある。
軍のある関係筋は27日、ロイターに対し「軍は暴力行為は容認せず、制御不能な事態に陥るようであれば傍観はしないとの姿勢を明らかにしている」と述べた。その上で、大統領派も反大統領派も、それぞれの支持者を完全に統制できていないとの考えを示した。
もう1つは、軍がどのように国民の意思を解釈するかということだ。大統領選の結果を不満とする声には応じなかった一方、ムバラク氏が失脚したときには、それを望む国民の声に耳を傾けた。
また、この軍関係筋は、反大統領派が計画する抗議デモが、2011年にムバラク政権の崩壊につながったデモと同規模程度になれば、モルシ大統領は屈する可能性があると述べた。同筋は「今回のデモ参加者数が革命時を上回れば、(対立している勢力の)力関係は変わらざるを得ないだろう」と指摘。「誰も国民の意思に反することはできない。少なくとも、それは長続きしない」と語った。
軍当局と密接なつながりを持つコメンテーター、Mohamed Hassenein Heikal氏はテレビ番組で、軍は政治家が将来的な見通しに欠けていることを懸念しているとし、「軍は常に民衆の意見を支持する。それが示される場所が投票所であっても、他の場所であってもだ」と述べた。
<深まる対立>
政治的な対立が、今後どのように展開していくかを判断するのは困難とみられる。双方とも歩み寄る姿勢を示してはいない。モルシ大統領とイスラム組織「ムスリム同胞団」は公正な選挙で勝利したと主張し、反大統領派は今後の選挙で戦うべきだとしている。これに対し反大統領派は、大統領の退陣を要求している。
ジョージワシントン大学のネイサン・ブラウン氏は「双方の要求は相いれず、衝突が起こることが予想される」との考えを示した。「大規模な暴力行為が発生する可能性もある。たとえ軍が介入したとしても、どのような形での介入になるのか、また解決につながるのかどうかは不明だ」と語った。
反大統領派はムスリム同胞団について、民主化への関心を装いながら、ムバラク時代の為政者のように政権支配を強化しようとしていると非難。一方、モルシ大統領派は官僚の多くやメディアが政府の取り組みを妨害していると批判する。
<過激派組織とのつながり>
また、暴力的な衝突が起きたとしても、軍がそれを問題なく鎮圧できるかどうかも未知数だ。
モルシ大統領は以前にも増してイスラム過激派組織からの支援に頼るようになっており、そうした組織の中には旧政権と長年にわたり対立し、国際武装組織アルカイダともつながりのある「イスラム集団」も含まれる。革命後に刑務所から釈放された同組織のメンバーの多くは、大統領を守るために武装すると表明している。
シンクタンク「国際危機グループ」のアナリスト、Yasser El-Shimy氏は、軍が双方の勢力を妥協に向かわせようとする公算が大きいと指摘。「抗議デモの規模が拡大して過激化し、軍が介入したとしても、その目的は大統領に辞任を迫ったり、大統領選挙の実施を求めたりするためではない。むしろ大統領の対抗勢力をなだめるため、憲法や統治のあり方において妥協を見いだすためだ」と述べた。
ただ、このような妥協は容易ではなく、暴力行為が拡大すればさらに困難になるとみられる。西側のある外交官は「政治的解決を探るのに、事態はますます複雑化している」と指摘。「軍の行動が活発化すればするほど、文民統制の力は失われる。政府の正統性も失われるだろう」と述べた。
(原文執筆:Alastair Macdonald記者、 Yasmine Saleh記者、翻訳:本田ももこ、編集:伊藤典子)

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