焦点:オバマ政権の移民制度改革、実現なら米経済底上げも

焦点:オバマ政権の移民制度改革、実現なら米経済底上げも
1月29日、オバマ米大統領と上院の与野党議員らが移民制度の改革に向けて舵を切ることができれば、低迷する米国経済を後押しする可能性がある。写真は移民に市民権取得の道を開くことを求めるプラカードを掲げる労働者(2013年 ロイター/Mario Anzuoni)
[ニューヨーク 29日 ロイター] オバマ米大統領と上院の与野党議員らが移民制度の改革に向けて舵を切ることができれば、低迷する米国経済を後押しする可能性がある。移民規制が緩和されれば、起業が促進され、住宅需要も高まり、税収が上がって財政赤字も削減できる──エコノミストらはこう分析する。
また、移民の数を増やして不法移民にも滞在許可を出せば、出生率の低下を相殺することも可能だ。人口動態の観点から見て、高齢化が進む日本や中国、欧州より優位な立場を築くことができる。
移民問題の専門家、ケイトー研究所のアレックス・ナウレステ氏は「今のような悪い経済状態ですら、米国では多くの業界で人手不足だ」と指摘する。
エコノミストの間では、移民が利益をもたらすとのコンセンサスができつつある。経済成長への影響度合いという点でこそ一致していないが、需要拡大や生産性向上につながるほか、イノベーションを促進するとの認識は共有している。
2期目に入ったオバマ大統領は29日、ネバダ州で移民制度改革に向けた演説を行う予定で、ホワイトハウスによれば、移民制度改革を今年の最重要課題の1つと位置付ける方針だという。上院の与野党議員は28日、1100万人の不法移民に市民権取得の道を開くことなどを柱とした移民法案の骨子で合意しており、制度改革に向けて弾みがついた。
また合意案は、科学技術、テクノロジー、エンジニア、数学など理系バックグラウンドを持つ労働者に魅力的なものとなっており、米国の大学で学ぶ外国人留学生や、海外でハイテク系の仕事に就く労働者を引きつけることを狙いとしている。
ナウレステ氏によれば、米国の科学者の約4割は移民であり、移民の起業者は移民以外の起業者の2倍という統計もある。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のラウル・ヒノホサ・オヘダ氏は、移民制度改革が実現すれば、今後10年で米経済に1兆5000億ドル(約136兆円)の経済効果をもたらすと試算している。これは、現在約2%にとどまっている経済成長率を0.8%ポイント押し上げる計算になる。
<共和党もヒスパニックに配慮>
一方、別のエコノミストからは、移民制度改革が経済成長に与える影響は限定的だと指摘する声もある。ハーバード大学のリチャード・フリーマン氏は、すでに米国に滞在している不法移民がもたらす経済的利益はほとんど数字に表れているとし、市民権を与えたところで新たに得られるものはわずかだと指摘する。
移民制度改革に反対する声は与野党いずれにもあるが、抜本的な改革の機運は高まりつつあるようだ。昨年の大統領選では、共和党のロムニー候補は不法移民に対して厳しい姿勢を示していたが、同党の有力政治家でもあるルイジアナ州のボビー・ジンダル知事が移民の重要性を明言するなど、風向きが変わりつつある。
オバマ大統領が2011年5月に打ち出した前回の計画では、外国人労働者を農業に従事させるプログラムを打ち出したが、今回大統領が発表する方針もこれと似た案になるとみられる。新たに合法化される移民労働者の賃金が上がり、高い技術を持った移民の流入によって生産性が向上すれば、さらなる成長も見込める。
2007年に移民制度改革について提案があった際、米議会予算局(CBO)は08年からの10年間で4800億ドルの歳入増につながるとした一方で、医療や社会保障面で増える歳出は2300億ドルと試算。また、不法移民取り締まりのための国境警備強化が必要だという声もあり、財政収支ではプラスになりにくい面もある。
歳入を増やす1つの方法として、カリフォルニア大学デービス校のジョバンニ・ペリ氏は、ビザの発給システムに「キャップ・アンド・トレード」を導入することを挙げている。これは、政府が一定数のビザを競争入札にかけ、企業同士が流通市場で売買するというものだ。
「より効果的で透明性もあり、かつ柔軟なシステムが、企業の事業拡大や米国での雇用創出につながる」。ブルッキングス研究所のハミルトン・プロジェクトが間もなく公表する報告書にはこう記されている。
長きにわたって議論されてきた移民に関する問題の1つは、人口動態の側面だ。多くの先進国は高齢化に直面しており、年金や医療費の負担が問題になっている。UBSの経済アドバイザー、ジョージ・マグナス氏は、米国で生産年齢人口を安定的に保つためには、移民の数を今の2倍にする必要があると指摘する。
米国の移民政策は、家族関係に重きを置くのではなく、カナダやオーストラリアが実践しているように、高い技術を持ち、起業家精神にあふれた移民の受け入れに力を入れるべきである。
<移民規制の弊害>
ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などの有識者らは、海外から留学している優秀な大学院生の多くがビザの問題で帰国を余儀なくされることを嘆いている。ハーバード・ビジネス・スクールのウィリアム・カー教授は、「才能にあふれた人材がたくさんいるのに、彼らを引き止められないというのは納得できない」と話す。
移民への「恩赦」が最後にあったのは1986年のレーガン政権時で、約300万人の不法移民の滞在を合法化した。そうした移民労働者の賃金がその後に大きく上昇したと結論付ける研究結果も多い。
ただ、移民が賃金全体に与える影響についてははっきりしていない。移民の流入によって米国生まれの労働者の賃金が低下するとの見方もあれば、長期的に見れば全体の賃金水準が上昇するという研究結果もあり、専門家の間でも意見が分かれている。
UCLAのヒノホサ・オヘダ氏は、新たな不法就労者を生み出さないためにも、外国人労働者の入国規制を緩和すべきだとし、年間30─40万人の新たな労働人口を生み出すメカニズムが必要だと述べた。ケイトー研究所のナウレステ氏も、外国人労働者の受け入れ拡大によって不法入国を抑えられるほか、労働力不足の問題も解決できると話す。
一方、移民規制の強化に反対する大企業もある。レストランチェーンのチポトレ・メキシカン・グリルは2010年と11年、従業員の書類に不備があったとして約500人を解雇した。同社のスポークスマンは「今のシステムは誰のためにもなっていないようだ」とこぼした。
(原文執筆:Edward Krudy、翻訳:梅川崇、編集:宮井伸明)

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