コラム:「日経平均1万8000円」の足音と待ち受ける壁=武者陵司氏

コラム:「日経平均1万8000円」の足音と待ち受ける壁=武者陵司氏
12月12日、武者リサーチの武者陵司代表は、来年は絶好の投資環境になる可能性が高く、日経平均1万5000円―1万8000円へのトレンド転換も期待できると指摘。提供写真(2012年 ロイター)
武者陵司 武者リサーチ代表
[東京 12日 ロイター] 緊縮から積極財政へと主要各国がマクロ経済政策の軸足を移す中で、日本も遅ればせながらその潮流に加わる可能性が出てきた。
衆議院選挙の公示後ということもあり、どの政党が政権をとるべきかという私論は差し控えるが、事実上のリフレ政策を掲げる安倍自民党が圧倒的過半数を確保するしないにかかわらず、国内景気が減速する中で船出する次期政権下では、景気対策が待ったなしとなる。日本銀行に対するプレッシャーは高まり、長期円安・株高の条件が次第に醸成される可能性が高いと見ている。
今後2年間を見通すと、1ドル=100―110円への円安が進み、長期金利が1.5―2.0%程度にとどまれば、日経平均1万5000円―1万8000円へのトレンド転換も期待できると考える。2005年の「小泉郵政解散」から翌年の安倍政権に至るまでの期間を上回る上昇となり、1万8000円ともなれば、リーマンショック前年の07年夏の水準を回復することになる。
民主党政権下での日本株は、11月に解散・総選挙が決まる前まではリーマンショック後の安値からほぼ横ばいと、2倍に上昇した米国株に大きく水をあけられてきた。しかし来年は、昭和恐慌の底から高橋是清蔵相(当時)のリフレ政策によって大復活した1930年代前半の相場を彷彿させる、大きな潮目の変化が起こる可能性がある。
<来年は絶好の投資環境に>
今年1年を振り返れば、悲観論が大勢を占める中でも、リーマンショックや欧州債務問題といった世界的な経済危機からの癒しが進んだ年だった。世界経済は来年も緩やかながら着実な成長を続けるだろう。先進国を中心に超金融緩和も続く。絶好の投資環境がもたらされる公算が高い。
日本はこれまで出遅れてきただけに、アップサイドのポテンシャルは大きい。「失われた20年」の間に蓄えられた潜在力、すなわち国内コストの低下や企業のスリム化といった要因は、世界的超金融緩和の中でリスク資産の探求を続ける投資家に、再評価され得る。
女性の労働参加率の低さや若者の失業率の高さ、膨大な遊休資本の存在、またバブル崩壊後に世界で最も強くなったリスク回避志向も、裏を返せば、ポテンシャルに他ならない。特にリスク回避志向のせいで極端に割安化した日本の資産価格は、米国を上回る巨大なキャピタル・ゲインの可能性を示している。株価を1株あたり純資産額で割った株価純資産倍率(PBR)の東証1部平均は現在0.9倍。これが世界平均の1.7倍に上昇すれば、株価はほぼ倍増する。
むろん、世界経済に目を向ければ、中国経済の失速懸念や欧州債務問題、そして米国の財政運営問題など、トレンド転換シナリオの歯車を狂わせ得るリスク要因は消えてない。しかし、結論から言えば、来年はこれらのリスク要因が想定以上に深刻化する可能性は低いと見ている。
確かに中国経済は、投資・輸出に依存した成長構造が限界を迎え、大きな屈折点に差し掛かっている可能性が高く、中期成長率の鈍化傾向は避けられない。しかし、相次ぐ金融緩和と公共投資のテコ入れによって、今はほぼ底入れの状態にある。習近平体制の発足当初という重要な時期でもあり、来年は小康状態が続くと予想される。
欧州経済も緩慢な回復が持続するだろう。失業率上昇と経常赤字拡大が続くフランスの状況には注意が必要だが、同国がギリシャやスペインのような深刻な事態に陥る可能性は現時点ではごく小さい。また、スペインやイタリアでも緊縮財政と超高金利による需要圧縮圧力はすでにピークを通過。来年は徐々に改善していくと考えられる。
一方、米国経済のファンダメンタルズは着実に改善している。「財政の崖」の回避に失敗し、ブッシュ減税(所得税減税)が停止され、かつ歳出の一律削減が始まることになれば、13年には4%程度の経済成長下押し要因として作用するだろうが、やがては一部減税延長や歳出削減調整の措置がとられ、負の財政効果は一過性のもので済むはずだ。13年第2四半期以降の経済成長の足を大きく引っ張るものではない。むしろ、財政の崖を乗り越えた後の米国経済の行方は明るい。リスクテイクが活発化する可能性のほうが高い。
<日本経済の足を引っ張る「反成長論」>
ただ、不安があるとすれば、日本人がこの絶好の機会を自ら逃してしまうことだ。
世界の日本への期待とは裏腹に、国内には経済論壇や既得権益層を中心に「もはや豊かになることではなく、分かち合うことを考えるべきだ」とする「反成長論」が根強い。筆者は、今回の総選挙を機に、特に日銀に具体的な行動を求める安倍自民党総裁の発言をきっかけに、こうした空気が変わり始めていると見ているが、仮にその期待が外れて、新政権発足後も「反成長論」が引き続き主流を占め、特に日銀の金融緩和不足を肯定するような論調が続くならば、日本は来年も世界の潮流から蚊帳の外のままだろう。
日銀の金融政策の行方は、特に気がかりだ。海外ではすでに中央銀行の新時代が始まっている。経済的困難の時期には、「最後の貸し手」ではなく「最後の買い手」としてふるまい、従来の銀行貸し出しを経由した流動性供給という古色蒼然たる発想に拘泥せず、市場価格の引き上げ(リスクプレミアムの引き下げ)を通じて購買力を生み出すという創造的なアプローチで金融緩和を打っている。資産価格上昇による資産効果、心理効果を重視。そして、バランスシートの拡大を通して行うため、ゼロ金利下でも無尽蔵の弾丸を用意できる。
翻って、日銀も今年2月14日の「バレンタインデー緩和」後、従来に比べてましな姿勢に転じた様子がうかがえるが、マーケットに直接働きかけるという面では米連邦準備理事会(FRB)の足元にも及ばない。何より問題なのは、「金融政策では成長率は引き上げられない」「政府による構造改革こそ大事」といった日銀擁護の主張がいまだに経済論壇を支配していることだろう。
本シリーズでも繰り返し述べてきたことだが、日銀に求められる真に大事な使命は、機能不全に陥った日本の市場経済を正常に復することにある。こう話すと、バブルの片棒を日銀が担ぐのは良くないという倫理的な反論がいつも返ってくるが、デフレの片棒を担ぐのは良いのかと言い返したい。
23年前の1989年末に、日銀が「バブルつぶし」へ徹底的な金融引き締め政策に転じたことは正しかった。なぜならマーケットが極端なリスクテイク・バイアスによって歪められ、自律補正機能を失っていたからだ。根拠なき熱狂に踊るマーケットに中銀が介入し、持続性のある価格形成を求めたことには意味がある。当時はとてつもない「プラスのバブル」が形成されていた。しかし、今はそれ以上の「マイナスのバブル」が形成されている。人々が極端なリスクテイクにオーバーヒートしたときだけ叩いて、極端なリスク回避になったときに放置して良い理屈はない。
どうも日本人は、知的エリートと呼ばれる人ほど、対症療法を悪だと決めつけ、理想論や観念論に逃げ込む傾向が強い。世界的な投資環境の好転という絶好の機会を逃さないためにも、総選挙を経て、そうした姿勢が変わることを願っている。
*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。1987年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、1997年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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