コラム:日本株を復活に導く「第2の矢」の方向転換=村上尚己氏

コラム:日本株を復活に導く「第2の矢」の方向転換=村上尚己氏
 8月19日、アライアンス・バーンスタインのマーケット・ストラテジスト兼エコノミストである村上尚己氏は、日本株が米国株との格差を縮めるためには、経済成長にブレーキをかけた安倍政権の財政政策の転換が必要になると指摘。提供写真(2014年 ロイター)
村上尚己 アライアンス・バーンスタイン マーケット・ストラテジスト兼エコノミスト
[東京 19日] - 年初から4月半ばまで大きく調整した日本株は5月後半から反発し、8月半ば時点で1万5000円台前半(日経平均株価)で推移している。ただ、反発はしたが、TOPIX(東証株価指数)でみると年初来で2%前後のマイナスリターンのままである。
海外株式市場では、ロシア情勢緊迫化への懸念などから欧州株が8月に一時マイナスに転じるなど、年前半の日本株に代わる格好で停滞している。一方、先進国の中では、米国株が総じて底堅く、欧州株安に足を引っ張られる場面でも、年初来のプラスリターンを保っている。
米国株と比べた年初来リターンで、日本株は一時約14%も引き離されたが、7月以降は5―8%前後まで「出遅れ」は縮小している。米国、中国経済の減速懸念や地政学リスクへの懸念が和らぎ、世界的な株高基調が明確になる中で、グローバルな視点から割安感が強まった日本株にも5月後半から買いが入ったのである。
この観点でみると、日本株の上昇が続き、年初の水準(日経平均株価1万6000円台)に達するためには、世界各地域のリスクが落ち着き、米国が最高値更新を再びトライすることが一つの条件になろう。
8月に入ってからウクライナでの紛争激化や、米国のイラクに対する空爆の報道で、VIX指数(恐怖指数)が上振れるなど、投資家の不安心理が高まった。ただ、VIX指数が示す不安心理の高まりは、春先のクリミア半島へのロシア侵攻の報道直後と同程度で、かつ1週間程度の短期間に収束しつつある。
ロシアと米欧の経済制裁措置の悪影響は避けられず、同措置の応酬で特にロシアは成長減速と食料インフレという欧州諸国よりも大きな経済的苦境に直面することになるが、米国を中心とした世界経済成長を妨げるほどのインパクトを及ぼすことはないだろう。地政学リスクをめぐるニュースで市場心理が悲観に振れた時が、米国株や日本株の投資機会になると筆者はみている。
<米中の経済復調が日本株を下支え>
肝心の世界の経済状況はどうか。7月分の各国の企業景況感指数は、中南米を除けば、先進国、新興国ともに改善しており、米国と中国を中心に経済復調が続いている。
米国は、雇用者数の伸びが6カ月平均で23万人と過去3年のレンジを超える伸びに加速し、サービス業の景況感や消費センチメントも大きな改善を示している。7―9月の米国の成長率は、4%成長となった4―6月ほどの高成長は見込めないが、潜在成長率を上回っているとみられる。
中国についても、製造業購買担当者景気指数(PMI)は7月も引き続き改善しており、春先からの政策対応の効果から景気持ち直しが続いている。米国同様に回復持続と位置づけられる。
また、習政権発足から続いてきた「腐敗撲滅運動」は中国の政治闘争と表裏一体とされていたが、7月末に超大物政治家である周永康氏が失脚したことで、「腐敗撲滅運動」が一区切り終えたのではないかと、世界の投資家は注目している。であれば、これまでの極端な消費への政府の締め付けが和らぎ、ディスインフレと停滞に苦しむ中国経済の安定をもたらし、これが世界経済回復を支える好材料になる。
もちろん、政治要因次第であるという意味では中国経済は不安定だし、かつ潜在成長率が低下する構造調整局面にある同国が、かつてのように世界経済を牽引するのは難しい。中国に起因するリスクへの懸念が和(な)ぐフェーズになっていることが、日本株市場を支えるということだ。
<米国株価に迫るには政策転換が必要>
日本国内はどうか。8月13日に発表された4―6月国内総生産(GDP)統計において、個人消費は前期比マイナス5.0%と、駆け込み需要で膨らんだ1―3月(同2.0%)の伸びを打ち消す以上の、極めて大きな落ち込みとなった。
GDP統計に推計上の問題はあるがそれを割り引いても、名目賃金が上昇し始めたばかりの段階なのに、大型増税を無謀にも敢行し実質所得が目減りし、それで個人消費が失速したのは間違いない。
株式市場に直結する企業業績の面でも小売業は大幅な減益になり、増税は無視できない影響を及ぼしている。米国株だけではなく新興国株に対しても、2014年に入って以降の日本株のパフォーマンスは悪かったが、経済成長に急ブレーキをかける安倍政権の経済政策が、日本株の価格形成に影響していたということだ。
性急な増税によって、日本経済は極めて脆弱な状況にあり、海外経済の変調などの何らかかのショックが起これば景気後退に入ってもおかしくない。ただ、幸いなことに、米国とアジアを中心に世界経済が回復しており、足元で輸出も緩やかながらも伸びている。また、実質金利低下を背景に企業の設備投資意欲は強まっている。
このため、足元の個人消費の大幅な落ち込みが、企業業績や労働市場の大きな調整をもたらす兆しは現状見当たらない。これまでの日銀による金融緩和政策(アベノミクス第1の矢)の景気刺激効果が、増税のショックをなんとか吸収しているということだ。こうした経済状況を踏まえれば、米国株に引っ張られる恰好で、今後、日本株は年初の高値水準を目指すとみられる。
米国では当局の政策がしっかり機能し、世界の株式市場を米国株が引っ張っている。今後日本株が米国株との格差を縮めるためには、経済成長にブレーキをかけた政策の転換が必要になる。具体的には、消費増税を最優先させながら、非効率な財政支出を拡大させるという、安倍政権の財政政策(第2の矢)が問題ということだ。これが変われば、日本株市場は再び復活するだろう。
*村上尚己氏は、米大手運用会社アライアンス・バーンスタインのマーケットストラテジスト兼エコノミスト。1994年第一生命保険入社、BNPパリバ、ゴールドマン・サックス、マネックス証券などを経て、2014年5月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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