コラム:日本発「通貨戦争」リスクを語る欧州の本音=嶋津洋樹氏

コラム:日本発「通貨戦争」リスクを語る欧州の本音=嶋津洋樹氏
1月29日、SMBC日興証券の債券ストラテジスト、嶋津洋樹氏は「日本が円高の是正に取り組めば、通貨高の圧力は自然とユーロにかかる可能性が高い」と指摘。提供写真(2013年 ロイター)
嶋津洋樹 SMBC日興証券 債券ストラテジスト(2013年1月29日)
日銀が従来以上にデフレ脱却へ取り組む必要性が高まったという点で、1月21―22日開催の政策決定会合の発表内容について、筆者は前向きに評価している。
市場参加者のなかには、補完当座預金のゼロ金利への引き下げが提案されなかったこと、2013年中の金融政策に変更がなかったことなどを受けて「期待外れ」との見方もあるようだが、「(物価安定の目標を)できるだけ早期に実現することを目指す」以上、デフレが続けば、日銀はいずれ追加的な金融緩和策を打ち出さざるを得なくなる。新たな正副総裁が安倍晋三自民党政権の意向に沿って選ばれることを踏まえると、「期待外れ」というよりは「お預け」ということだろう。
とはいえ、日銀の方針転換に対し、内外では批判も強まっている。特に安倍総裁の率いる自民党が大胆な金融緩和策でデフレ脱却を目指すと繰り返し主張するなかで、日銀法の改正や総裁の解任、国債引き受けなどをちらつかせたことが日銀の独立性を侵害するとの懸念につながっているようだ。また、特に欧州を中心に海外では、日本が極端な円安政策を追求し始めたことで、「通貨戦争」を引き起こしたとの見方も強まっている。
こうした批判は、今回の政策変更による「副作用」のリスクを抑制するという意味で傾聴に値するだろう。しかし、ほとんどが誤解に基づいており、日本政府、日銀はいずれもきっちりとした説明をする必要がある。
まず、日銀の独立性。安倍政権のやり方がやや強権的だったことは間違いない。しかし、それ以前に日銀は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」との理念に基づいた金融政策の運営を行ってきたといえるのだろうか。中央銀行の独立性は一義的には法律で担保されるべきものだが、それが国民から支持されるにはそれなりの実績が必要だろう。中期的な物価安定は中央銀行が責任を負うという先進国共通の考えに基づけば、日本がデフレから10年以上も脱却できない理由を政府や企業の努力不足というのは、責任逃れに過ぎない。
また、日銀の金融政策と「通貨戦争」に直接的な関係はない。実際、日銀が実現しようとしているのは、特定の為替水準ではなく、「物価の安定」のはずだ。スイス国民銀行(中央銀行)は11年9月6日、スイスフラン高による同国経済への脅威とデフレのリスクを回避するため、為替介入で1ユーロ=1.20スイスフランを下回らないようにすると発表した。スイスの経験はデフレ回避という目的のためならば、為替介入という手段が正当化される可能性を示すが、日銀が現在、そうした手段に打って出ているわけではない。
一方、政府関係者はたびたび、為替水準に言及。それが人為的な円安政策を追求しているとの批判につながっている可能性は否定できない。それでも、日本政府は今のところ、為替介入を実施したわけではない。外債購入ファンドの構想が実現した場合、一種の為替介入とみなされる可能性はあるが、官民協調や運用の枠組みが早期に具体化するとは考えにくく、財源も今のところ不明。しかも、産油国などを中心に政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)が存在し、中国や韓国も外貨の一部を積極的に運用しているという事実がある以上、日本だけが批判されるのは均衡を欠いているようにみえる。
<円安進行で本当に困るのは誰か>
にもかかわらず今回、主要国に加え国際通貨基金(IMF)までもが日本の政策変更を議論し批判していることには、かなりの違和感を覚えざるを得ない。特にドイツを中心とした大陸欧州勢の反応は過剰ともいえる。そもそも、現在の日本はドイツやそれを含むユーロ圏とは異なり、貿易収支が赤字で、経常収支の黒字幅も東日本大震災を機に縮小している。米国で住宅市場の回復が意識され、欧州債務問題も最悪期を脱したとの評価が浮上するなか、持続的な円高はむしろ不自然だった。安倍政権の発足はこうしたファンダメンタルズの変化が顕在化するきっかけとなったに過ぎない。
ただ、それでも議論が沈静化しないのは、問題が日本にではなく、他にあるからだろう。
過剰反応ぶりから判断して、ドイツや大陸欧州、ユーロに関係する可能性が高い。実は日本円とドイツマルクは第2次世界大戦後、一貫してドルが下落するなか、その負担を一手に引き受けてきた通貨である。実際、1971年に米国が一方的にドルの金兌換停止を発表したニクソン・ショック以降、日本円は対ドルで約80%、ドイツマルク(99年以降はユーロ)は約60%も切り上がった。ただし、ドイツマルクはユーロへの統合によって、対ドルでの上昇が一服。リーマンショック後も上昇が続いた日本円とは明確に一線を画している。
筆者はドイツを含む欧州各国のドル(切り下げ)への不信がユーロ誕生の1つの原動力になったと考えている。それが、欧州債務問題の顕在化以降、ドイツを筆頭とする欧州各国がギリシャやポルトガル、アイルランドなどを救済する資金負担を受け入れている理由だろう。
つまり、欧州各国はドルが下落する際に生じる自国通貨高というコストの負担よりも、ユーロという自前の国際通貨を作り出し、維持するコストを選んだといえる。ちなみに、このことはユーロが基軸通貨を目指すことに限界があることも意味するだろう。フランスは欧州のなかで最も覇権にこだわる国の1つだが、同国にはユーロを基軸通貨として維持するだけの経済力がない。
このように考えると、ドイツを中心とした欧州勢が日本の政策変更に批判的なのも理解しやすい。米国が強力な金融緩和策を維持するなか、日本が円高の是正に取り組めば、通貨高の圧力は自然とユーロにかかる可能性が高いからだ。
しかし、今や経済規模で世界第3位へ転落した日本にドルの下落を単独で受け入れる余裕はない。日本がこれまで通貨高として受け入れていたコストは、少なくとも一部を新興国や資源輸出国などファンダメンタルズに余裕がある国々へ分散させる必要があるだろう。それは新興国や資源輸出国に輸出競争力の低下をもたらす可能性が高いが、国内景気の過熱やインフレを緩和させることもできる。
とはいえ、「主要国」の概念は20ヵ国以上へ拡大。そのなかには、政治経済の体制が米国と大きく異なっている国も多く含まれる。また、資源輸出国の対ドルでの通貨切り上げは、米国に資源価格の上昇と同じ効果をもたらすという問題もある。米国が今後、シェールガス革命でエネルギーの海外への依存度を低下させれば、資源輸出国での通貨切り上げも現実的な選択肢になり得るが、それにはもう少し時間が必要だ。今後1―2年程度は米国景気が力強さを増す局面でもあり、ドルの下落圧力は緩和。その負担をめぐる「通貨戦争」も目先は沈静化する可能性が高い。
筆者は今後1―2年の日本経済を取り巻く環境について、米国でバランスシート調整が一服したこともあり、リーマンショック後で最も良好になると予想している。国内では、安倍政権の誕生で政策が分配重視から成長重視へ変化したこと、日銀が「物価の安定」について従来以上に責任を負ったことも追い風だ。その間に消費者物価の上昇率が前年比2%へ達することはなくても、デフレからの脱却は十分に実現可能だろう。
ただし、そうした良好な外部環境がいつまでも続くとは限らない。目先は米国の景気循環から「通貨戦争」が避けられそうだが、ドルの中長期的な下落基調に歯止めがかかるかという点には疑問が残る。米国が再び景気後退に陥り、積極的な金融緩和策で対応することになれば、日本はリーマンショック後と同様、外需の低迷と円高で景気後退とデフレのリスクにさらされる可能性が高い。そうならないためには、中国や資源輸出国などに変動相場制への移行を促すなどドル下落時の通貨高を分散させる枠組みをつくっておく必要がありそうだ。
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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