〔3.11を越えて〕「放射能ゼロ宣言」は復興にも寄与、履歴明確なPB拡大加速へ=イオン<8267.T>執行役

 [東京 7日 ロイター] 東京電力<9501.T>福島第1原子力発電所の事故は、未知とも言える「放射性物質」に対する恐怖とともに、「食の安心・安全」をどのように確保するかという課題を日本の小売業に突きつけた。小売大手のイオン<8267.T>は、放射性物質を限りなくゼロに近付ける「放射能ゼロ宣言」を行い、ホームページや店頭で検査結果を公表するなど、業界内でも突出した対応をすすめてきた。陣頭指揮を執った近沢靖英執行役・グループ商品改革責任者は「科学的な根拠に消費者心理が加わって、はじめて安心につながる」と語り、国の基準を守るだけでは消費者に安心を届けることはできないと指摘する。
 2001年に日本で牛海綿状脳症(BSE)が発生して以来、セインズベリーやテスコなど、海外の大手小売に学びながら、検査体制の整備や安全確保に取り組んできた。厳し過ぎる基準は復興を妨げるとの批判に対しても「生産者に厳しい基準であるがゆえに、生産者を守っていくことになる」と強調する。
 震災後、消費者からは「産地」や「生産工場」に関する問い合わせが急増した。同社では、生産や流通の履歴がしっかりと把握できるプライベートブランド(PB)の拡充で消費者のニーズに応えようとしている。
 主なインタビューの内容は以下の通り。インタビューは5日に実施した。
  ──昨年11月からイオンは、検査機器による測定で検出できる最小値である検出限界値を超えた商品の販売を「不検出」となるまで取り止めている。国の基準ではなく、できる限り放射性物質ゼロを目指す「放射能ゼロ宣言」に至った考え方は。
 「(国が4月に出す新基準である)100ベクレルは安全かどうかなど、科学的な議論はあるが、国民・消費者は、それでは納得しない。イギリスでは、1986年のBSE発症以来6―7年、牛肉消費が低迷した。セインズベリーは20カ月未満の牛も自主検査し、全頭検査を打ち出したことで、一気に消費が回復した。20カ月未満の肉牛は発症しないという科学的根拠に加え、実際に検査して検出されなかった事実が重要。科学的な根拠と消費者の心理的要因が合わさって、はじめて安心になる。それが消費者の主観的な判断だ。小売業には、社会的責任や(消費者の望むモノやサービスを消費者に代わって用意し、便利さや満足を提供するという)消費者代位機能がある」
 「日本で突出したことをやっているように言われるが、海外の大手小売り企業が日本で300店舗展開していれば、同じことをやるだろう。何もしないで安心だった日本はそういう感覚が遅れている。国によって100ベクレル以下は許されているから、売るというのはおかしい。消費者がどう判断するかという基準が欠けている」
  ──「放射能ゼロ宣言」は厳し過ぎ、福島をはじめとする東北の復興を阻害するという意見もある。
 「中途半端な基準では、消費者の疑念が消えず、福島県産は敬遠される。福島を応援するためにも、ゼロなら買おうという消費者は多い。イオンが売っているのだから大丈夫という信頼が、福島の復興にもつながる。生産者に厳しい基準であるがゆえに、生産者を守っていくことになると信じている。商品が回ってこそ、復興につながる」 
 「complete safety はない。as safe as possibleであり、できる限りゼロに近付けようとしている。限りなくゼロにするための努力や姿勢、取り組み方が消費者に伝わって、初めて信頼が得られる。同じ検査をしても、情報発信者の信頼がなければ、消費者の主観的な判断として信頼は得られない。検査体制の整備などは必要経費だ。今、イオンでは品質管理の人員が生活品質科学研究所と各グループ会社合わせて300人程度いる」
  ──プライベートブランドを生鮮野菜や鮮魚に拡大している。震災でこの取り組みは加速するか。
 「自主調達は加速してくる。例えば、安全の観点に加え、魚は、世界的な乱獲でなくなるという危機感がある。天然魚ならば、海洋の自然環境や水産資源を守って獲られた水産物に与えられるMSC(海洋管理協議会)認証の魚を中心に販売している。また、持続再生産という観点から、世界では養殖の価値が高まっている。養殖なら、生産や流通の履歴が分かるし、再生産を可能にする。サステナビリティ(持続可能性)と食品安全の両面から、養殖の重要性が高まってくると考えている。今、トップバリュ(イオンのPB)で養殖の産地と契約を進めている」
  ──今後のPBの取り組みは。
 「バリューチェーン改革を進め、自社でコントロールできるような体制作りを進めている。自社農場での野菜や鮮魚の取り組みに続き、自社農場の野菜などを使ったデリカ・惣菜を拡大しようとしている。自社農場で作った野菜でサラダを作り、トップバリュのサーモンやチキンをトッピングする。13年度には、生鮮・デリカの売上高のうち、トップバリュ比率を40%まで高めたい。今は、カテゴリーごとに違うが、畜産物は30%を越えた段階だ」
 「震災によりトレーサビリティー(追跡可能性)の重要性がもっと認知されていくだろう。トレーサビリティーは本来安全管理のシステムだが、日本では、偽装防止のシステムのように捉えられている。安全管理のシステムとして機能すれば、リスク管理・ブランド管理になる。食品の安全基盤整備は競争要件ではない。これをコストと考えると、間違うことになる」
 (注)4月から導入される国の新基準
 食品による年間被ばく線量を暫定基準の5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに厳格化。「一般食品」は1キロ当たり100ベクレル、「牛乳」と粉ミルクなど「乳児用食品」は同50ベクレル、「飲料水」は同10ベクレルとする。
 (ロイターニュース 清水律子;編集 石田仁志)

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