コラム:日本は先進国初の「ヘリコプター・マネー」発動か

コラム:日本は先進国初の「ヘリコプター・マネー」発動か
 1月2日、日本は、先進国で初めていわゆる「ヘリコプター・マネー」を発動する可能性がある。都内で2013年2月撮影(2015年 ロイター/Shohei Miyano)
Andy Mukherjee
[シンガポール 2日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 日本は、先進国で初めていわゆる「ヘリコプター・マネー」を発動する可能性がある。デフレをめぐる不満と量的緩和(QE)への失望が増していることで、マネタリストの戦略としては最後の奇策にたどり着くかもしれない。
1969年に国民に直接紙幣をばらまくという考えを最初に生み出したのは、経済学者のミルトン・フリードマンだった。それから30年を経て、ベン・バーナンキ氏が日本の需要低迷と物価下落への対策としてヘリコプター・マネーを提案した。
当時はまだ保守的だった日銀にとって、バーナンキ氏の提案はあまりにも奇抜だと受け止められた。既に日銀は政策金利をゼロにしていたことに伴い、QEに乗り出していたが、踏み込む心づもりがあった領域としてはそれがほぼ精一杯のところだった。
ただQEはその対価にふさわしい効果は発揮していない。日銀は金融機関から膨大な資産を購入する代わりに紙幣を増刷している。発行残高の4分の1に相当する1兆7000億ドル前後の国債が日銀の懐へと吸い込まれてしまった。
この国債購入でもいまだに民間需要の自律的な持続サイクルは実現せず、あるいは日銀が目標とする2%の物価上昇率も達成されていない。あわてふためいた日銀の政策委員会は昨年10月に資産購入規模を最大で60%も拡大した。
QEによって銀行は融資に回せる資金を非常に低いコストで調達できるものの、銀行側からすればもうかる投資機会を手にした積極的な借り手が出現しない限り、融資はできない。この点が高齢化が進む日本が抱える問題であり、家計に直接お金を振り向けるというフリードマンのヘリコプター・マネーが生きてくる場所なのだ。
ヘリコプター・マネーの構造は比較的、単純明快といえるだろう。日本の5200万世帯が、例えばそれぞれ日銀によって20万円(1700ドル)がチャージされたデビットカードを受け取り、残高が1年後には消滅することにして確実に消費させる仕組みを作るとしてみよう。これは国内総生産(GDP)の2%に相当する10兆円の民間購買力を経済に投入したことになる。そうした消費は次に企業の投資と賃上げを促す。差し引きした効果は減税と似てくるが、ヘリコプター・マネーの場合は国債ではなく紙幣増刷で財源を手当てする形となる。
公的債務残高が既にGDPの245%に達している日本にとって、国債を追加発行せずに景気を刺激できるというのは大きな利点だ。消費者はもらったお金を将来、増税を通じて返さなくても良いと知っているので自由な支出が可能となる。
しかしヘリコプター・マネーがそれほど強力なデフレ対策であるならば、なぜどの中銀もこれまで利用しなかったのだろうか。通常の答えは、減税は選挙で決まった政府だけが決定できる財政措置であり、政府債務を紙幣増発で賄うマネタイゼーションは、通貨価値の下落とハイパーインフレをもたらすというものだ。
日本は過去に国民に現金を支給したし、今後もまたそうするかもしれない。だが小切手はいつも日銀からでなく政府から振り出されてきた。この状況をひっくり返すことは、財務省が財政政策のコントロールを失うという意味を持つ。政治家はそんな事態が起きるのを決して許さないだろう。日銀もそこまで過激な措置は拒絶する可能性がある。なにしろ直近のQE拡大でさえ、政策委員会では僅差の承認だったのだから。
それでも日本は紙幣増刷を通じた減税をこっそり導入する可能性はある。現在のQEが2016年終盤に終わると想定すると、それまでに日銀は日本国債のほぼ5分の2を保有していることになる。この保有国債を民間に売り戻そうとすれば、経済と金融の安定は損なわれかねない。
かつて英金融サービス機構(FSA)長官を務めたアデール・ターナー氏は、日銀の保有国債をゼロクーポン永久債へと転換するアイデアを打ち出した。これはつまり、政府が債務返済義務から解放され、差し迫った増税の必要性もなくなるということだ。昨年4月の小幅の消費税率引き上げで動きが取れなくなっているような足場のもろい国内消費は、一息つける。これはヘリコプターやデビットカードを使わない、裏口からの紙幣増刷を通じた減税にもなるだろう。
こうした金融財政政策の操作による実験は、世界中の聴衆を引き付けることになる。多くの先進国には利下げ余地がなくなっており、長期のデフレ的な経済停滞との闘いが敗北に終わるようなら、ヘリコプターが飛来するのは日本だけにとどまらないかもしれない。
●背景となるニュース
*当時プリンストン大学教授だったバーナンキ氏は2000年1月の「日本の金融政策・自ら招いた機能不全のケースか」と題した講演で、政策金利がゼロになっても、日銀はデフレを克服する手段が少なくとも3つあると主張した。具体的には、日銀は国債などの国内資産を購入して通貨供給量を押し上げられるし、あるいは外貨建て資産購入で円安にできると説明。さらにそれ以外の戦略として、ずっと前に生み出された思考実験であるヘリコプター・マネーの現代版となる財政資金を通じた家計への所得移転を提唱した。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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