スマートフォンで周辺のタクシーにリクエストを送信し、回答したクルマが位置情報を頼りに迎えにくる配車アプリ「Uber」。同社が2014年6月から展開しているベトナムでの利用数(配車件数)が、2015年4月に当時展開していた55カ国200都市中で1位を叩き出したことをご存知だろうか。
そもそも、ベトナムのタクシーは初乗りが50円程度と安く、日本や欧州などの先進国のように、ラグジュアリー感を押し出したアプローチが当てはまるとは考えにくい。その中で、Uberが1年を経たずしてベトナムで急激な成長を遂げた背景とは一体何か。
そこに迫る東南アジア最大手アプリ「Grab Taxi」や、ベトナム現地企業によるアプリの追随、さらに協力と規制が入り乱れるベトナム当局の動きなどもある。今まさに戦国時代に突入したベトナム配車アプリ市場を紐解くことで、ベトナムビジネスを考える上で欠かせない要素が見えてくるはずだ。
今、ベトナムに限らず東南アジアの多くの国で、タクシー配車アプリが注目を浴びている。その背景には、「スマートフォンの普及」と「タクシー社会」の2つが挙げられるだろう。
前者については語るに及ばないが、タクシー社会という点ではベトナムは他の国に比べて、よりその傾向が強かったと言える。なぜなら、この国ではいまだ都市鉄道が整備されておらず、街中のタクシーが人々の足となっているからだ。ホーチミン市では2020年の開通を目指して地下鉄工事が進んでいるが、これもまだまだ先の話である。
そして、Uberには欠かせない、車両を提供するユーザーが当初から潤沢にいたことも大きい。ベトナムで自家用車を購入しようものなら、税金などの経費が掛かって商品価格の2~3倍の金額が必要になる。そのため、自家用車を所有している人はお金を持ちが多く、かつ運転好きでもなければ専属の運転手を雇うという状況が多かった。
しかし、その主人が乗車していない間は遊ばせてしまっているという状況も多く、その空き時間を埋められることは誰でも嬉しいものだ。ここで彼らと、車両を確保したいUberの需要と供給が合致したといえる。知ってか知らずか、Uberは車両側のユーザーの確保という点で、金脈を掘り当てたのだ。
そのほか、一部のタクシー運転手に対して、利用者から「態度が悪い」「遠回りする」などの不満が以前からあったことや、料金自体が割安であるという要因も考えられる。日本や欧州などの先進国では逆に割高でラグジュアリー感を演出しているUberだが、もともとタクシーが身近な存在であるベトナムにおいてはその意味も薄く、乗客側の心理としてはどこでも手軽に呼び出せるという点ですでに十分魅力的であった。
そんなUberの快進撃に「待った」をかけたのが、ホーチミン市交通運輸局。Uberを利用する車両はタクシーではない無許可営業だとして、サービス開始から2015年1月末までに69件を摘発、総額180万円の罰金処分を科した。ハノイ市でも配車アプリを利用するタクシーの数量規制に踏み切ろうとしており、こちらもUberの分が悪くなりつつある。ベトナムは社会主義という特性上、政府機関はあらゆる執行権を握っている。一民間企業としては、ここは早めに手を打つに越したことはないだろう。
そこで、Uberよりも先んじて政府に歩み寄ることに成功したのが、既存タクシー会社との連携を前面に打ち出している「Grab Taxi」だ。両社はともに、「運賃は利用者とアプリ提供会社との合意の下で定められるためタクシー事業ではない」と主張していたが、実態はアプリ提供会社による独自の料金方式であったため、ベトナムの法律に照らし合わせるとグレーであった。しかし、2015年11月に状況は一変する。
ベトナム国交通運輸省がGrab Taxiの事業モデルを認可し、こちらは名実ともに胸を張って展開できるようになったのだ。一方でUberは却下され練り直し。その違いは、Grab Taxiはサービスに関わるすべての書類を電子化し、管轄官庁が漏れなく徴収できるようにしたのに対し、Uberはそうではなかったためと考えられている。これは、Uberがベトナム当局の勘所について「勉強不足」であったといえるのかもしれない。
一方で、交通運輸省とは別機関である国家交通安全委員会は、飲酒運転を減らす啓蒙活動として、2社とも協力して「アルコール検知による無料帰宅サービス」を提供している。このように、大手2社による当局の袖の引き合いが続いている格好だが、結局は法務面でクリーンにならない限り、この国でのビジネスはいつでも当局にコントロールされてしまう。こうして、外国からやってきた2隻の黒船によって突然出現したベトナム配車アプリ市場だが、1年ほど遅れたいま、現地企業や大手タクシー会社からも新たなアプリが生まれている。
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