コンテンツにスキップ

鬼木達

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鬼木 達
名前
愛称 オニ、オニさん
カタカナ オニキ トオル
ラテン文字 ONIKI Toru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1974-04-20) 1974年4月20日(50歳)
出身地 千葉県船橋市
身長 168cm
体重 66kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1990-1992 日本の旗 船橋市立船橋高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-1999 日本の旗 鹿島アントラーズ 27 (1)
1998 日本の旗 川崎フロンターレ(loan) 27 (1)
2000-2006 日本の旗 川崎フロンターレ 133 (1)
通算  187 (3)
監督歴
2017-2024 日本の旗 川崎フロンターレ
2025- 日本の旗 鹿島アントラーズ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鬼木 達(おにき とおる、1974年4月20日 - )は、千葉県船橋市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー

来歴

[編集]

船橋市立船橋高等学校を経て1993年に鹿島アントラーズに入団[1]。同期入団には、秋田豊奥野僚右室井市衛らがいる。現役時代は同ポジションにジーコが君臨しており、出場機会は限られたが、ジーコが負傷した場面での交代選手して活躍。

6年間在籍の後、川崎フロンターレに移籍し、レギュラーとして活躍。2006年に現役を引退し、育成コーチ、ヘッドコーチを務める。

2017年に川崎の監督に就任。就任1年目で川崎をJ1リーグ優勝に導き、クラブに初タイトルをもたらした[2]。2018年にJ1連覇、2019年にはクラブ初のルヴァンカップのタイトルを獲得。

2020年にはリーグ最多連勝記録を1シーズンで2度築き、J1で歴代最速優勝、天皇杯においてもクラブ初優勝し2冠を達成した。また国内3大タイトルを4年連続で獲得した史上初の日本人監督となった。

2021年もJ1で優勝し、二度目の連覇を達成した。またJリーグ史上最速となる就任から156試合目で監督通算100勝目をあげた。

2024年シーズン限りで契約満了により川崎監督を退任[3]。2025年シーズンから古巣である鹿島アントラーズの監督に就任することが発表された[4]

人物・エピソード

[編集]
  • 父親はいわゆる「昔気質」の人物で、高校時代までは自身がサッカーをすることに関して無関心を装っていたが、プロ入りしてからは大学進学用として貯めていた貯金を息子に与え、車の免許を取りスタジアムまで応援するようになったという。2023年秋のACLでのタイ遠征時に父の訃報を聞いたとのこと[5]
  • 家族は妻と息子が2人[5]
  • 川崎監督時代から、チームカラーとは違う赤のG-SHOCKを身に着けていた。赤がチームカラーの鹿島に対しては「別にレギュラーではなかったけど、鹿島で学んだことは自分の中では大きい」「(鹿島では)勝つチームの空気感を肌で感じられた」と特別な感情を抱いていたことを示唆している[6]
  • 市立船橋高校時代には、同級生に水野淳。1学年先輩に高田昌明和田潤。2学年先輩にペナルティ・ワッキー永田崇らがいる。1991年には、DF水野淳、MF鈴木潤らと共に選手権・インターハイ共にベスト4に進出するも、第70回全国高等学校サッカー選手権大会準決勝では、阿部敏之松波正信らを擁する帝京高校に終了間際までリードしていたが、まさかの2失点での逆転負けとなった。

所属クラブ

[編集]

個人成績

[編集]
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1993 鹿島 - J 0 0 0 0 0 0 0 0
1994 0 0 0 0 0 0 0 0
1995 4 0 - 0 0 4 0
1996 11 0 3 1 2 0 16 1
1997 17 5 0 3 0 0 0 8 0
1998 川崎F 25 旧JFL 27 1 3 0 3 1 33 2
1999 鹿島 17 J1 7 1 3 0 0 0 10 1
2000 川崎F 7 21 1 7 0 0 0 28 1
2001 J2 40 0 3 0 5 0 48 0
2002 39 0 - 5 0 44 0
2003 13 0 - 2 0 15 0
2004 19 0 - 0 0 19 0
2005 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
2006 0 0 1 0 0 0 1 0
通算 日本 J1 49 2 17 1 2 0 68 3
日本 J2 111 0 3 0 12 0 126 0
日本 旧JFL 27 1 3 0 3 1 33 2
総通算 187 3 23 1 17 1 227 5

その他の公式戦

指導歴

[編集]

監督成績

[編集]
年度 所属 クラブ リーグ戦 カップ戦 他公式戦 国際試合 備考
順位 勝点 試合 Jリーグ杯 天皇杯
2017 J1 川崎 優勝 72 34 21 9 4 準優勝 ベスト8 - ACL ベスト8
2018 優勝 69 34 21 6 7 ベスト8 ベスト8 ゼロックス杯 準優勝 ACL GL敗退
2019 4位 60 34 16 12 6 優勝 ベスト16 ゼロックス杯 優勝 ACL GL敗退
2020 優勝 83 34 26 5 3 ベスト4 優勝 - -
2021 優勝 92 38 28 8 2 ベスト8 ベスト4 富士フイルム杯 優勝 ACL ラウンド16敗退
2022 2位 66 34 20 6 8 ベスト8 3回戦敗退 富士フイルム杯 準優勝 ACL GL敗退
2023 8位 50 34 14 8 12 予選敗退 優勝 - ACL ベスト16
2024 8位 52 38 13 13 12 ベスト4 3回戦敗退 富士フィルム杯優勝 -
2025 鹿島 - -
J1通算 - - 280 159 67 54 - - - -
総通算 - - 280 159 67 54 - - - -

タイトル

[編集]

選手時代

[編集]

クラブ

[編集]
鹿島アントラーズ
川崎フロンターレ

個人

[編集]

監督時代

[編集]

クラブ

[編集]
川崎フロンターレ

個人

[編集]
  • J1・優勝監督賞 : 4回 (2017年、2018年、2020年、2021年)
  • J1・月間優秀監督賞 : 6回 (2020年2・7月、8月、2021年4月、9月、2022年2・3月、10・11月)

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ ワッキーが明かした川崎F鬼木監督の市船時代の素顔”. 日刊スポーツ (2019年1月31日). 2024年12月12日閲覧。
  2. ^ “【川崎】憲剛、嬉し涙の初V…ACL敗退翌日に吹っ切れた指揮官の言葉”. スポーツ報知. (2017年12月3日). オリジナルの2017年12月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171203063843/http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20171203-OHT1T50028.html 2024年3月17日閲覧。 
  3. ^ 鬼木達監督 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)、川崎フロンターレ、2024年10月16日。2024年12月12日閲覧
  4. ^ 鬼木 達氏 監督就任のお知らせ』(プレスリリース)、鹿島アントラーズ、2024年12月12日。2024年12月12日閲覧
  5. ^ a b 鬼木達監督の川崎退任までの知られざる8年。家族との涙の食事やタイで連絡を受けた父との別れ【特別インタビュー】”. サッカーダイジェストWeb (2024年12月10日). 2024年12月12日閲覧。
  6. ^ 8季7冠を成し遂げ退任するJ1川崎・鬼木監督、次に率いるチームのヒントは愛用の持ち物に?”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2024年10月20日). 2024年12月12日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]