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高木成太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
髙木 成太
名前
愛称 ナリ、ナリタ
カタカナ タカキ ナリタ
ラテン文字 TAKAKI Narita
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-04-05) 1977年4月5日(47歳)
出身地 長崎県
身長 174cm
体重 65kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1993-1995 日本の旗 国見高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-1997 日本の旗 ブレイズ熊本
1998 日本の旗 ヴェルディ川崎 0 (0)
1999-2003 日本の旗 横浜FC 102 (8)
2002 日本の旗 東京ヴェルディ1969 14 (0)
2005 日本の旗 FCホリコシ 19 (1)
2006 日本の旗 FC岐阜 6 (0)
2006 日本の旗 M.I.E.ランポーレFC 0 (0)
2009-2010 日本の旗 NSP CLUB
2011-2014 日本の旗 FC鈴鹿ランポーレ
通算 141 (9)
監督歴
2010-2014 日本の旗 FC鈴鹿ランポーレ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

髙木 成太(たかき なりた、1977年4月5日 - )は、長崎県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

プロ選手としてのキャリア後半はDF登録であったが本来はMFであり、J1、J2では主にボランチで起用された。

略歴

[編集]

1993年長崎県立国見高校に入学。全国高等学校サッカー選手権大会に2度(第73回 (1994年)第74回 (1995年))出場したが、第73回は3回戦、第74回は2回戦で敗退した。なお、同級生に船越優蔵松本磨百武義成などがいる。

ブレイズ熊本所属時にASAYANのJリーガーオーディションで落選したが、これがきっかけのひとつとなりヴェルディ川崎に入団した[1]

横浜FC草創期のメンバーで、JFLからJ2への昇格を果たした時の中心選手。2005年アルテ高崎所属時には、天皇杯3回戦で横浜FC三ツ沢球技場で対戦した際に横浜FCサポーターから大きなブーイングを受けた。また、試合終了後には三浦知良ユニフォーム交換もしている[2]

FC岐阜所属時の2006年12月16日、自身の公式ファンサイトにおいてFC岐阜を退団して当時三重県リーグ所属だったM.I.E.ランポーレFCへ移籍し、2007年1月13、14日の東海社会人サッカートーナメント大会を最後に引退することを表明[3]三重県営鈴鹿スポーツガーデンで行われた東海社会人トーナメントでランポーレの東海社会人サッカーリーグ昇格を果たし、プロ選手としてのキャリアを終了する。なお東海社会人トーナメントの結果は、13日のFCゴール(愛知県1位)は4-0、14日のヤマハ発動機(静岡県1位)は1-0で勝利した[4]

2007年2月20日横河武蔵野FCユースの監督となったが、同年4月5日(本人の誕生日)監督を辞して、同年6月より墨田区および葛飾区を中心とした総合型スポーツクラブ「NSP FC」の立ち上げに参画。また、2007年度より2010年度まで横浜FCサッカースクール スクールマスターでもあった。

2009年度より東京都リーグ4部所属のNSP FCトップチームでアマチュアとして現役復帰することを表明し[5]2008年12月14日から同クラブにて東京都北区サッカー協会会長杯の初戦から選手として復帰。優勝をしている[6]

2010年11月、FC鈴鹿ランポーレの監督に就任し、翌年からの指揮を執ることが発表された。選手としても登録されている。2012年10月、就任2年目にして東海リーグを制す。開幕戦から1度も首位に立つことなく最終戦にFC岐阜SECONDに逆転勝利し、逆転優勝した[7]

2014年12月、4年間務めたFC鈴鹿ランポーレの監督を退任[8]。その後はFC鈴鹿ランポーレの強化部長を務めていたが、2015年2月に退団が発表された[9]

2015年4月投開票の鈴鹿市議会議員選挙に立候補し[10]、1,293票を得票したが落選した[11]。2016年4月からは東京23FC U-18チームの監督に就任している[12]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1996 B熊本 九州 -
1997 -
1998 V川崎 29 J 0 0 0 0 0 0 0 0
1999 横浜FC 14 JFL 17 0 - 1 0 18 0
2000 20 5 - 1 0 21 5
2001 J2 42 2 4 0 4 2 50 4
2002 東京V 20 J1 14 0 6 1 1 0 21 1
2003 横浜FC 7 J2 23 1 - 0 0 23 1
2005 ホリコシ 2 JFL 19 1 - 3 0 22 1
2006 岐阜 3 東海1部 6 0 - 0 0 6 0
2006 M.I.E. 三重県1部 0 0 -
2009 NSP 14 東京都4部 - -
2010 - -
2011 鈴鹿 33 東海1部 -
2012 0 0 - 0 0 0 0
通算 日本 J1 14 0 6 1 1 0 21 1
日本 J2 65 3 4 0 4 2 73 5
日本 JFL 56 6 - 5 0 61 6
日本 東海1部 6 0 - 0 0 6 0
日本 九州 -
日本 三重県1部 0 0 -
総通算 10 1

脚注

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  1. ^ 高木成太とは”. NSPクラブブログ. 2009年1月14日閲覧。
  2. ^ 偉大なカズ選手。”. 縦横無尽(高木成太オフィシャルブログ) (2005年10月10日). 2005年10月10日閲覧。
  3. ^ 発表します”. 縦横無尽(高木成太オフィシャルブログ) (2006年12月16日). 2006年12月16日閲覧。
  4. ^ 歓喜と惜別”. 縦横無尽(高木成太オフィシャルブログ) (2007年1月17日). 2007年1月17日閲覧。
  5. ^ 現役復帰”. 縦横無尽(高木成太オフィシャルブログ) (2008年12月10日). 2008年11月10日閲覧。
  6. ^ NSPサッカークラブ”. 縦横無尽(高木成太オフィシャルブログ) (2009年2月22日). 2009年2月22日閲覧。
  7. ^ クラブ概要”. FC鈴鹿ランポーレ. 2015年4月29日閲覧。
  8. ^ 髙木成太監督 退任のお知らせ』(プレスリリース)FC鈴鹿ランポーレ、2014年12月15日http://suzuka-un.co.jp/news/3579/2016年9月17日閲覧 
  9. ^ 髙木成太氏 強化部長退任のお知らせ』(プレスリリース)FC鈴鹿ランポーレ、2015年2月6日http://suzuka-un.co.jp/news/3753/2016年9月17日閲覧 
  10. ^ 元Jリーガー高木氏、鈴鹿市市議選立候補へ”. スポーツ報知 (2015年3月5日). 2015年4月29日閲覧。
  11. ^ 鈴鹿市議選”. 中日新聞. 2015年4月29日閲覧。
  12. ^ 東京23FC U-18高木成太監督就任のお知らせ』(プレスリリース)東京23フットボールクラブ、2016年4月12日http://www.tokyo23fc.jp/news/news1_160412_1.html2016年9月17日閲覧 
  13. ^ 高木成太選手 期限付き移籍のお知らせ』(プレスリリース)横浜FC、2002年1月20日。オリジナルの2005年4月8日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20050408083056/http://www.yokohamafc.com:80/cgi/topics/past/14.html2018年8月18日閲覧 

関連項目

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外部リンク

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