経堂駅
経堂駅 | |
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北口(2011年4月) | |
きょうどう Kyodo (東京農業大学最寄駅) | |
◄OH 10 豪徳寺 (1.0 km) (1.2 km) 千歳船橋 OH 12► | |
所在地 | 東京都世田谷区経堂二丁目1-3 |
駅番号 | OH11 |
所属事業者 | 小田急電鉄 |
所属路線 | ■小田原線 |
キロ程 | 8.0 km(新宿起点) |
駅構造 | 高架駅 |
ホーム | 2面5線* |
乗降人員 -統計年度- |
[小田急 1]79,305人/日 -2023年- |
開業年月日 | 1927年(昭和2年)4月1日 |
備考 | *通過線1線含む |
経堂駅 配線図 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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経堂駅(きょうどうえき)は、東京都世田谷区経堂二丁目にある、小田急電鉄小田原線の駅である。駅番号はOH 11。副駅名は「東京農業大学 最寄駅」[1]。
歴史
[編集]以前は経堂工場・経堂検車区が併設されていた。駅東側の踏切を挟み、東側に検車区が、西側に工場があった。複々線化事業の際に検車区は世田谷区喜多見に新設された喜多見検車区へ移転したが、移転後もその名残りで新宿方に電留線があり、一部回送列車が使用している。検車区跡地は再開発に伴い、商業施設・賃貸住宅等を擁する「経堂テラスガーデン」が建設された。
年表
[編集]- 1927年(昭和2年)
- 1934年(昭和9年)4月:「急行」停車廃止、通過駅となる。
- 1946年(昭和21年)10月1日:準急新設、停車駅となる。
- 1948年(昭和23年)9月:桜準急新設、停車駅となる。
- 1961年(昭和36年):構内地下道開通、構内踏切廃止[4]。
- 1964年(昭和39年)11月5日:快速準急新設、停車駅となる。同時にラッシュ時のみ運行となった準急は通過となる。
- 1972年(昭和47年)3月14日:平日朝ラッシュ時上り準急を除き、再度準急の停車駅となる。
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)7月17日:上り準急は平日朝ラッシュ時を除き、10両も停車するようになる[7]。
- 2000年(平成12年)
- 2002年(平成14年)
- 2004年(平成16年)
- 2014年(平成26年)1月:OH 11の駅ナンバリング導入、使用開始[10]。
- 2016年(平成28年)3月26日:当駅へ停車する平日の急行を18:00まで拡大。加えて日中にも千代田線直通急行が運行され、当駅へ停車開始[11]。同時に区間準急廃止[11]。
- 2018年(平成30年)3月17日:通勤準急(2代目・全列車千代田線直通)および千代田線直通各停新設、停車駅となる。準急の全列車が停車するようになるが、当該種別の全列車が千代田線直通となる[12]。平日朝・夜の急行全列車停車開始(平日夕方下り方面は引続き通過)[12]。多摩急行廃止[12]。
- 2019年(平成31年・令和元年)
- 2020年(令和2年)3月14日:平日21:00以降の下り急行停車開始[16]。
- 2021年(令和3年)4月1日:副駅名「東京農業大学 最寄駅」を設定[1]。
- 2022年(令和4年)3月12日:当駅を通過する下り急行全廃、急行全列車停車開始[17]。
駅名の由来
[編集]古来、駅所在地辺りを「経堂在家村」と称したことから、「経堂」と名付けられる。
駅構造
[編集]島式ホーム2面5線を有する高架駅であり、上り線にはホームに接しない通過線と、新宿方向上り緩行線左側に留置線が2線ある(線路は4番ホームや新宿方向下り緩行線以外と繋がっている)。発車標は2004年(平成16年)12月にフルカラーLED式のものが改札口およびホームに新設され2005年(平成17年)1月より使用されており、駅自動放送は列車種別・行先・編成両数等の詳細案内があるタイプが導入されている。
朝晩には当駅が始発・終点となる列車が設定されている[注 1]。また、2012年(平成24年)3月17日ダイヤ改正から、上り列車のみ当駅で種別を各停から準急へ変更する列車も夜間に設定された[注 2]。長らく当駅で急行・準急が特急を通過待ちするダイヤは設定されなかったが、2016年(平成28年)ダイヤ改正後は午前中に当駅へ停車する急行新宿行1本が特急通過待ちを行うこととなった。
複々線完成後の2018年(平成30年)3月17日ダイヤ改正では、朝ラッシュ時7:30頃新宿到着の場合の所要時間が20分から15分へ短縮、7:10分頃代々木上原到着の場合の所要時間が11分から6分へ短縮された。複々線完成前の2017年(平成29年)時点では、昼間に停車する急行に乗車した場合、代々木上原までは複々線完成後と同等の6分、新宿までは複々線完成後の朝ラッシュよりも短い13分程度で到着する一方、各停へ乗車した場合は、朝ラッシュ時同様それぞれ20分、11分程度の時間を要する[18]。
平日朝には、千代田線方面通勤準急と千代田線方面各停の緩急接続を行う。通勤準急は代々木上原駅で新宿行快速急行に連絡する。
なお、全時間帯において、ロマンスカーを除く千代田線方面直通列車は当駅から緩行線を走行する。
高架化前はホーム有効長が短く、10両編成列車は停車することが出来なかったため、千代田線直通準急は通過していた。高架化後は平日朝ラッシュ時上りを除く準急全列車が、2004年(平成16年)12月11日からは平日日中および土休日の終日に急行が停車するようになった。2018年(平成30年)3月17日より、朝ラッシュ時の準急から事実上名称が変更された通勤準急、および狛江・祖師ヶ谷大蔵・千歳船橋にも停車開始した新・準急全列車が当駅にも停車開始した。急行も早朝の全列車が停車するようになったが、朝ラッシュピーク時(当駅発7時頃 - 8時30分頃)上りには急行自体の運行がない。2022年(令和4年)3月12日ダイヤ改正より平日夕方時間帯下りを含め急行が終日停車するようになった。
高架下の改札横には、小田急トラベルの旅行代理店やセブンイレブン、スターバックスコーヒー、箱根そばがある。
のりば
[編集]ホーム | 路線 | 方向 | 軌道 | 行先[19] |
---|---|---|---|---|
1 | 小田原線 | 下り | 緩行線 | 小田原・片瀬江ノ島方面 |
2 | 急行線 | |||
通過線 | □小田原線 | 上り | 急行線 | (上り列車通過) |
3 | 小田原線 | 上り | 急行・緩行線 | 新宿・ 千代田線方面 |
4 | 緩行線 |
※下り東北沢駅 - 登戸駅間、上り向ヶ丘遊園駅 - 東北沢駅間急行線・緩行線は原則として以下の通り使い分けられている。
- 〔急行線〕
- □特急ロマンスカー・■快速急行・□通勤急行・■急行が使用する。成城学園前駅 - 当駅間のみ□通勤準急も使用する。
- 〔緩行線〕
- ■準急・■各停が使用する。□通勤準急も上記以外の区間で使用する。
- 但し、千代田線直通上り■急行は、当駅以東で緩行線を使用する。
当駅では1番ホーム・3番ホーム・留置線1本にそれぞれ10両編成の夜間滞泊が設定されている。
利用状況
[編集]2023年度(令和5年度)の1日平均乗降人員は79,305人である[小田急 1](小田急線全70駅中14位)。
近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下表の通り。
年度 | 1日平均 乗降人員[21] |
1日平均 乗車人員[22] |
出典 |
---|---|---|---|
1928年(昭和 | 3年)1,326 | ||
1930年(昭和 | 5年)2,834 | ||
1935年(昭和10年) | 4,782 | ||
1940年(昭和15年) | 9,760 | ||
[注 3]1946年(昭和21年) | 16,748 | ||
1950年(昭和25年) | 21,525 | ||
1955年(昭和30年) | 27,802 | ||
1956年(昭和31年) | 16,059 | [* 1] | |
1957年(昭和32年) | 14,902 | [* 2] | |
1958年(昭和33年) | 17,489 | [* 3] | |
1959年(昭和34年) | 18,781 | [* 4] | |
1960年(昭和35年) | 40,260 | 20,144 | [* 5] |
1961年(昭和36年) | 42,707 | 21,467 | [* 6] |
1962年(昭和37年) | 44,740 | 22,359 | [* 7] |
1963年(昭和38年) | 45,252 | 22,656 | [* 8] |
1964年(昭和39年) | 47,327 | 23,540 | [* 9] |
1965年(昭和40年) | 47,512 | 23,644 | [* 10] |
1966年(昭和41年) | 47,266 | 23,830 | [* 11] |
1967年(昭和42年) | 47,852 | 24,110 | [* 12] |
1968年(昭和43年) | 48,577 | 24,424 | [* 13] |
1969年(昭和44年) | 49,850 | 25,006 | [* 14] |
1970年(昭和45年) | 51,010 | 25,675 | [* 15] |
1971年(昭和46年) | 53,416 | 27,253 | [* 16] |
1972年(昭和47年) | 58,443 | 29,581 | [* 17] |
1973年(昭和48年) | 59,973 | 30,329 | [* 18] |
1974年(昭和49年) | 65,765 | 31,840 | [* 19] |
1975年(昭和50年) | 64,797 | 32,134 | [* 20] |
1976年(昭和51年) | 63,756 | 31,961 | [* 21] |
1977年(昭和52年) | 61,857 | 31,739 | [* 22] |
1978年(昭和53年) | 63,704 | 32,412 | [* 23] |
1979年(昭和54年) | 63,770 | 32,528 | [* 24] |
1980年(昭和55年) | 62,905 | 32,323 | [* 25] |
1981年(昭和56年) | 64,337 | 32,216 | [* 26] |
1982年(昭和57年) | 64,125 | 32,076 | [* 27] |
1983年(昭和58年) | 64,085 | 32,455 | [* 28] |
1984年(昭和59年) | 65,095 | 32,957 | [* 29] |
1985年(昭和60年) | 66,104 | 33,665 | [* 30] |
1986年(昭和61年) | 67,164 | 34,185 | [* 31] |
1987年(昭和62年) | 67,166 | 34,191 | [* 32] |
1988年(昭和63年) | 67,186 | 34,277 | [* 33] |
1989年(平成元年) | 66,361 | 33,819 | [* 34] |
1990年(平成 | 2年)67,535 | 34,370 | [* 35] |
1991年(平成 | 3年)68,357 | 34,779 | [* 36] |
1992年(平成 | 4年)68,995 | 35,058 | [* 37] |
1993年(平成 | 5年)68,586 | 34,872 | [* 38] |
1994年(平成 | 6年)67,530 | 34,386 | [* 39] |
1995年(平成 | 7年)66,557 | 33,932 | [* 40] |
1996年(平成 | 8年)65,423 | 33,455 | [* 41] |
1997年(平成 | 9年)63,859 | 32,830 | [* 42] |
1998年(平成10年) | 64,451 | 32,921 | [* 43] |
1999年(平成11年) | 64,206 | 32,468 | [* 44] |
2000年(平成12年) | 63,785 | 32,082 | [* 45] |
2001年(平成13年) | 63,181 | 31,749 | [* 46] |
2002年(平成14年) | 63,612 | 32,055 | [* 47] |
2003年(平成15年) | 64,944 | 32,784 | [* 48] |
2004年(平成16年) | 64,849 | 33,056 | [* 49] |
2005年(平成17年) | 65,916 | 33,544 | [* 50] |
2006年(平成18年) | 67,018 | 34,095 | [* 51] |
2007年(平成19年) | 68,703 | 34,847 | [* 52] |
2008年(平成20年) | 67,643 | 34,176 | [* 53] |
2009年(平成21年) | 67,297 | 33,933 | [* 54] |
2010年(平成22年) | 67,541 | 34,021 | [* 55] |
2011年(平成23年) | 69,299 | 34,839 | [* 56] |
2012年(平成24年) | 70,965 | 35,633 | [* 57] |
2013年(平成25年) | 72,765 | 36,539 | [* 58] |
2014年(平成26年) | 72,769 | 36,418 | [* 59] |
2015年(平成27年) | 74,691 | 37,349 | [* 60] |
2016年(平成28年) | 76,363 | 38,154 | [* 61] |
2017年(平成29年) | 77,959 | 38,929 | [* 62] |
2018年(平成30年) | 80,941 | 40,466 | [* 63] |
2019年(令和元年) | 82,540 | 41,249 | [* 64] |
2020年(令和 | 2年)57,253 | 28,622 | [* 65] |
2021年(令和 | 3年)[小田急 2]67,898 | ||
2022年(令和 | 4年)[小田急 3]75,323 | ||
2023年(令和 | 5年)[小田急 1]79,305 |
駅周辺
[編集]周辺には学校が多く立地し、朝ラッシュ時はこれら学校に通学する乗客降車も多い。
- 経堂テラスガーデン
- ピーコックストア
- ライフ経堂店
- 世田谷区立経堂図書館
- 世田谷区役所 経堂出張所
- 東京消防庁世田谷消防署 宮の坂出張所
- 千歳郵便局
- 経堂駅前郵便局
- 東京農業大学 世田谷キャンパス
- 東京農業大学第一高等学校・中等部
- 東京農業大学稲花小学校
- 鷗友学園女子中学校・高等学校
- 恵泉女学園中学校・高等学校
- 学校法人和光学園和光幼稚園・小学校
- 日本大学櫻丘高等学校
- 日本大学文理学部
バス路線
[編集]最寄停留所は「経堂駅」で、以下の路線が小田急バス若林営業所の路線バス運行を委託している小田急ハイウェイバスにより運行されている。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b 『沿線施設の情報を掲出し、お客さまの利便性の向上を図ります 4月1日、経堂駅に当社初の副駅名看板を掲出します 〜今後も地域・企業と連携し、他駅での副駅名看板の設置を検討してまいります〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2021年3月31日。オリジナルの2021年3月31日時点におけるアーカイブ 。2021年3月31日閲覧。
- ^ 永江雅和「私鉄会社による路線・駅舎用地買収と地域社会 : 小田原急行鉄道(株)の事例」『専修経済学論集』第48巻第2号、専修大学経済学会、2013年11月30日、77-92頁、doi:10.34360/00000797、ISSN 0386-4383。
- ^ 『小田急五十年史』小田急電鉄、1980年12月、98-99頁。doi:10.11501/11956508 。
- ^ 小田急線 沿線の1世紀(世界文化社)p.50
- ^ “小田急線 新駅舎のデザイン決定 世田谷の豪徳寺など5駅”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 29 朝刊. (1998年4月17日)
- ^ a b c 編集部「小田急の複々線区間工事前後を見る」『鉄道ピクトリアル』第68巻第6号(通巻946号)、電気車研究会、2018年6月1日、38頁、ISSN 0040-4047。
- ^ a b c d e f g h 杉田弘志「小田急電鉄 列車運転の変遷とその興味」『鉄道ピクトリアル』第60巻第1号(通巻829号)、電気車研究会、2010年1月10日、204 - 213頁、ISSN 0040-4047。
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- ^ a b c 『代々木上原 - 登戸間の「複々線化」により小田急の通勤が変わる! 2018年3月、新ダイヤでの運行開始 〜ラッシュピーク混雑率150%、町田〜新宿間の最大12分短縮を実現〜 〜快速急行の登戸停車や列車種別の新設で、都心へのアクセス向上〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2017年11月1日。オリジナルの2019年4月15日時点におけるアーカイブ 。2021年5月4日閲覧。
- ^ 『2019年2月21日(木)から経堂駅構内で緑化装飾します~環境に配慮した緑あふれる沿線まちづくりを推進します~』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2019年2月21日。オリジナルの2019年3月29日時点におけるアーカイブ 。2019年3月30日閲覧。
- ^ 『2019年3月16日(土)小田急線ダイヤ改正を実施します 〜輸送力をさらにアップさせ、一層快適な輸送サービスを目指します〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2018年12月14日。オリジナルの2020年12月31日時点におけるアーカイブ 。2021年5月4日閲覧。
- ^ 『小田急線の駅に、新たな機能が加わります! テレワークのための個室ブース「テレキューブ」を設置 〜駅の利便性向上とともに、働き方改革の推進に貢献〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄 / テレキューブサービス、2019年9月26日。オリジナルの2020年12月8日時点におけるアーカイブ 。2021年5月15日閲覧。
- ^ 『2020年3月14日(土)小田急線ダイヤ改正を実施します 〜平日朝夕ラッシュ時のご利用を快適に、土休日のおでかけを便利に〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2019年12月13日。オリジナルの2021年1月16日時点におけるアーカイブ 。2021年5月4日閲覧。
- ^ 『2022年3月12日(土)小田急線のダイヤを変更します 〜ご利用動向を踏まえ、平日朝の都心への増発、日中・夜間を中心とした運転本数の見直しを実施〜』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2021年12月17日、3頁。オリジナルの2022年2月27日時点におけるアーカイブ 。2022年3月13日閲覧。
- ^ 『混雑緩和・所要時間短縮により通勤・通学が快適に! 複々線完成による効果について』(PDF)(プレスリリース)小田急電鉄、2016年4月28日。オリジナルの2019年9月1日時点におけるアーカイブ 。2021年5月15日閲覧。
- ^ “経堂駅のご案内 駅立体図”. 小田急電鉄. 2023年6月3日閲覧。
- ^ 世田谷区統計書 - 世田谷区
- ^ レポート - 関東交通広告協議会
- ^ 東京都統計年鑑 - 東京都
- 小田急電鉄の1日平均利用客数
- ^ a b c “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2024年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月14日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- ^ “鉄道部門:駅別乗降人員・輸送人員ほか”. 小田急電鉄. 2023年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月26日閲覧。
- 東京都統計年鑑
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- ^ 昭和32年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和33年 (PDF) - 14ページ
- ^ 昭和34年
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- ^ 昭和40年
- ^ 昭和41年
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- ^ 昭和46年
- ^ 昭和47年
- ^ 昭和48年
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- ^ 昭和60年
- ^ 昭和61年
- ^ 昭和62年
- ^ 昭和63年
- ^ 平成元年
- ^ 平成2年
- ^ 平成3年
- ^ 平成4年
- ^ 平成5年
- ^ 平成6年
- ^ 平成7年
- ^ 平成8年
- ^ 平成9年
- ^ 平成10年 (PDF)
- ^ 平成11年 (PDF)
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- ^ 平成29年
- ^ 平成30年
- ^ 平成31年・令和元年
- ^ 令和2年