コンテンツにスキップ

京劇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
青龍偃月刀をもつ関羽(役柄は紅生。俳優は殷秋瑞)

京劇(きょうげき、けいげき、拼音: Jīng jù ジンジュウ)は、中国の伝統的な古典演劇でもある戯曲歌劇の一種のこと)の一つ。

代に安徽省で発祥し北京を中心に発展したのでの名が付き、主に北京と上海の二流派がある。唱腔は板腔体を基本とし、声腔は西皮中国語版二黄中国語版を主要なものとする。このため京劇に代表される西皮と二黄を総称して皮黄腔ということがある[1]

京劇においても女形が存在するが、昔は「伝男不伝女」といって女は嫁ぐので自分の家の妙技を盗むのではないかと恐れ女が参加することは禁じられていた。現在ではその役を主に女優が演じている[2]

京劇の歴史

[編集]
京劇における臉譜(隈取)の例

乾隆55年(1790年)、中国南方の4つの徽劇班「三慶班中国語版」「四喜班」「和春班」「春台班」(四大徽班)陸続と北京に来訪。まず「二黄」声腔を持ち味とする「三慶班」が北京で人気を博し、それに続いて「四喜班」「和春班」「春台班」が北京に進出した。北京には「秦腔」という演劇があったが安徽省の劇団に人気を奪われる形となり、両者の融合が自然と行われた[1]

道光8年(1828年)前後、湖北劇団が北京に進出し漢調(楚調・西皮調)を特色とした演劇は安徽省発祥の劇団にも影響を与え、独自の演劇へと発展して行った。このように北京の外の劇団が担ってきた北京の演劇であり上演は南方方言で行われてきたが、北京での人気を得るに従い北京語での演劇の需要が高まり、北京語での演劇が考案、上演されるようになった。この時代には道光時代鼎甲と呼ばれる3人に名優の程長庚・張二奎・余三勝が活躍した。

その後は太平天国の乱などで南方の政情が不安になると南方の劇団が北京に集まり、さらに西太后の手厚い庇護を受け北京独自の演劇として一層の発展、熟成がなされた。この時代には同治帝光緒帝の2帝の治世の当たり「同光十三絶中国語版」と称される13人の名優、すなわち郝蘭田・張勝奎・梅巧玲・劉趕三・余紫雲・程長庚中国語版・徐小香・時小福中国語版・楊鳴玉・盧勝奎・朱蓮芬・譚鑫培中国語版楊月楼中国語版の13人が大いに京劇を盛り上げた[3]

清末になると、「四大名旦中国語版(4大名女形)」と呼ばれた梅蘭芳程硯秋中国語版尚小雲中国語版荀慧生中国語版の4人の俳優が上海での近代演劇を取り入れた演劇に触発されながら、京劇に一層の洗練がなされた。この4人は独自の流派を作るほど、京劇に革命をもたらした[3]。また梅蘭芳は初めて京劇の海外公演を日本で行った。

近代において一番京劇に悪影響を与えたのが文化大革命による弾圧で幹部俳優が排斥されたり、古典劇の上演が禁止されるなど停滞した[4]。この弾圧は江青が現代劇の俳優出身で、京劇を目の敵にしていた事が原因と言われる。その後、中国の伝統文化として見直され「国劇」と呼ばれるように至った。

1990年には「京劇200年」を祝す演劇祭が北京で各地の劇団を招いて開催され、2010年には、ユネスコ無形文化遺産に登録された。

主な四つのキャラクター(役柄)

[編集]

これらの行当hangdang(役柄)は、声や身分、性格、年齢によって区別できる。

生(Shēng、ション)

[編集]
老生の一例。諸葛孔明(俳優は魯大鳴)

主に男性の役[5]。劇の種類によって、さまざまな種類があるが、主なものは以下のとおり。俊扮(junbang)という化粧をしている[6]

  • 老生(ラオション):帝王、文官など善良な中高年の男性[5]。付けひげを着け、このひげの色(灰色)で年齢を表す。現代京劇では、須生ともいう。
  • 武生(ウーション):基本的に、セリフは少なく、アクション(立ち回り)を専門とする男性[5]。長靠武生と短打武生に分かれる。
    • 長靠武生(チャンカオウーション):を着、背には旗(軍隊を表す)を挿し、激しい立ち回りを演じる[7]。一般には、将軍役など武術に優れた人物を演じる。
    • 短打武生(ドゥアンダーウーション):比較的軽装をしている[7]。誰の支配も受けない英雄が多い。
  • 小生(シャオション):若い男性。色男役[5]。ひげはつけない。1つの演目に1人しか登場しないという決まりがあり、「二喬」(後述)のように色男役が複数登場する演目では武生も色男を演じることになる。窮生・扇子生・紗帽生・翎子生・娃娃生などがいる。
    • 窮生:貧乏な学生か落ちぶれた若い役人が多い。
    • 扇子生(シャンザション):扇子を持って登場する文弱な知識人[7]。若い男性。扇子を持つことで様々な内面感情を表現できる。
    • 紗帽生(シャーマオション):役人など[7]。紗帽という帽子をかぶって登場する若い男性。
    • 雉尾生(ジーウェイション):翎子という被り物に雉の尾でできた飾りがついている武将[7]。翎子は戦を指揮する第一人者であることを示す。
    • 娃娃生(ワーワーション):いわゆる子役。少年や子供を演じる[5]
  • 紅生(ホンション):関羽[5]

旦(Dàn、ダン)

[編集]
京劇「秋江」。船頭(文丑)と尼僧(花旦)。撮影:木村武司

女性の役[5]。俊扮(junbang)という化粧をしている[6]

  • 老旦(ラオダン):老女[8]。しわがれた声でセリフを言う。
  • 青衣(チンイー):しとやかな女性[5]。年齢の差が一番大きいのがこの役柄。
  • 花旦(ホァダン):潑剌とした若い少女、または性悪な女性[8]
  • 武旦(ウーダン):アクション(立ち回り)を専門とする女性[8]。短打武生と同じように比較的軽装で英雄や武術に長けている役柄[7]
  • 彩旦(ツァイダン):明るく面白い女性、やり手の女性。丑役の女性版[8]
  • 刀馬旦(ダオマーダン):戦を率いる女の武将。長靠武生と同じようにを着、背中に旗を挿している[7]。男とは違い美しさを出すため真ん中に丸いリボンが付いている。

浄(Jìng、ジン)

[編集]

主に、大柄な男性の役。別名「大花臉」。臉譜という化粧をする[9]。横暴な性格な人もいる[8]

  • 文浄(ウェンジン):大人しく主に歌をメインにする男性役。地位が高い人が多い。銅錘花臉は文浄の一種で皇上からもらった銅錘を持っていることに由来する。二進宮徐延昭などがこれにあたる。正浄とも。
  • 武浄(ウージン):武術に長けた男性の役[9]。架子花臉はその中の一種でユーモアのある役柄。副浄とも。

丑(Chǒu、チョウ)

[編集]
京劇「拾玉鐲」。花旦と彩丑。撮影:木村武司

道化役[8]。顔の鼻から目元までを白く塗る豆腐塊という化粧が特徴。京劇の祖といわれている玄宗にちなみ、基本的に劇団長が演じる。また、セリフも一般的な口語体でのセリフとなる。地域を表すためにこの役柄だけが方言を使うことが許されている。また、小花臉とも言われる。客の笑いを取り「无丑不成戯」(丑がいなかったら演目が成り立たない)という言葉まである。

  • 文丑(ウェンチョウ):ユーモラスのある人物や、頭が悪かったり、不細工だったり、だらしなかったりする役柄[8]。セリフや歌、踊りがメイン。文官や学生などが多い。
  • 武丑(ウーチョウ):戦いがメイン[8]。地位は低いが、それなりの武術の使い手の男性の役。水滸伝時遷などがこれにあたる。
  • 彩丑(ツァイチョウ):主に、年老いた女性の役。老旦とは違い、ユーモアがあるおばさんや、不細工な人、意地悪な人を演じる。男が演じるが男旦とは言わない[10]。彩旦とも。

主な道具

[編集]
  • (さお):船に乗っている状態を表す。
  • 靠旗:武将の背中に挿す。1本で4騎の軍勢を表し、最大4本で16騎。
  • 馬鞭:俳優が鞭を手にすると、ウマやロバなどに騎乗した状態であることを表す[11]。鞭の色は毛並みの色を示す。鞭の房(ふさ)の数が3本なら「文」の人物、5本なら「武」の人物であることを示す[11]
  • 払子(ほっす):持っている人物が神仙・僧侶・尼僧など宗教関係者であることを示す(「秋江」の写真参照)。皇族に仕える力士というくらいの人も持っている。

楽器

[編集]
  • 二胡
  • 京胡
  • 月琴
  • 銅鑼・大鑼小鑼
  • 打鼓
  • 小鼓・単皮鼓
  • 嗩吶
  • 三弦

主な演目

[編集]
長坂坡
長坂坡

三国志演義

[編集]

三国志演義を題材にした演目。

西遊記

[編集]
西遊記の孫悟空
西遊記孫悟空

西遊記を題材にした演目。

  • 鬧龍宮:孫悟空が龍宮を訪れ、如意棒を手にするまでの話。
  • 大鬧天宮:孫悟空が天界で暴れた顛末を演じた物。
  • 鬧地府
  • 三打白骨精:天竺に向かう三蔵法師一向が、変化を得意とする妖怪白骨精と戦う話。
  • 三打陶三春
  • 十八羅漢収大鵬
  • 泗州城
  • 五百年後的孫悟空
  • 十八羅漢闘孫悟空
  • 真假美猴王
  • 火焔山
  • 戯八戒
  • 盤絲洞
  • 無底洞
  • 金銭豹
  • 高老荘
  • 火雲洞

水滸伝

[編集]
水滸伝
水滸伝
水滸伝
水滸伝

水滸伝を題材にした演目

  • 野猪林:林冲
  • 李逵探母
  • 閻惜嬌
  • 艶陽楼
  • 時遷盗甲
  • 真假李逵
  • 通天犀
  • 三岔口

楊家将

[編集]

楊家将を題材にした演目。

  • 楊四郎探母:鉄鏡公主が、宋へ一旦戻る夫の楊四郎の手助けをする話を演じた物。
  • 天門陣
  • 打焦賛
  • 洪羊洞
  • 牧虎関
  • 楊六郎探母
  • 楊八郎探母
  • 佘太君抗婚
  • 李陵碑

隋唐演義

[編集]

隋唐演義を題材にした演目。

  • 三家店
  • 火焼裴元慶
  • 鎖五龍
  • 羅成叫関
  • 断密澗

岳飛伝

[編集]

岳飛を題材にした演目。

  • 小商河:槍の名手の楊再興が、敵の計略によって射殺されてしまうまでの話。
  • 挑滑車:「猛将」高寵が単身で敵戦車と壮絶な死闘を行う。
  • 八大錘

その他

[編集]
覇王別姫
覇王別姫
鎖麟嚢

その他、歴史を題材にした演目。

新編歴史劇

[編集]
  • 海瑞罷官:民衆のために悪徳官僚を懲罰し没収された土地を民衆に返還したため、地方官僚の陰謀で罷免された正義派官僚海瑞を描いた新作歴史劇。1961年発表、上演。

現代京劇

[編集]
  • 智取威虎山文化大革命時代の革命現代京劇を代表した作品。作家曲波中国語版の作品『林海雪原』の一場面を劇化したもの。1940年代後半の人民解放軍と土匪の闘争を描く。21世紀の今日でも上演されるが、今は現代京劇と呼ばれる。
  • 党的女児
  • 沙家浜
  • 杜鵑山

主な劇団

[編集]
  • 大連京劇院(劇場:宏済大舞台
  • 中国京劇院
  • 北京京劇院
  • 上海京劇院
  • 梅蘭芳京劇団
  • 国立国光劇団(台湾)

ほか

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 2001年に日本で公演された『龍鳳呈祥』(甘露寺(美人計)・回荊州の総称。『演義』第54-55回に相当)では、今作のオリジナルとして「取桂陽」が組み込まれ、劉備と孫尚香と一緒に樊氏と趙雲が結ばれるという違った展開になっている[16]。(樊氏の記事も参照)

出典

[編集]
  1. ^ a b 魯 2020, pp. 91–92.
  2. ^ 趙・向田 1998, p. 52.
  3. ^ a b 魯 2020, p. 93.
  4. ^ 趙・向田 1998, pp. 48–49.
  5. ^ a b c d e f g h 趙・向田 1998, p. 43.
  6. ^ a b 魯 2020, pp. 44–45.
  7. ^ a b c d e f g 魯 2020, p. 42.
  8. ^ a b c d e f g h 趙・向田 1998, p. 44.
  9. ^ a b 魯 2020, p. 43.
  10. ^ 魯 2020, pp. 42–43.
  11. ^ a b c 魯 2020, p. 74.
  12. ^ 趙・向田 1998, p. 71.
  13. ^ 魯 2020, p. 123.
  14. ^ 趙・向田 1998, pp. 78–79.
  15. ^ 趙・向田 1998, p. 75.
  16. ^ 有限会社楽戯舎『京劇三国志スペシャル「龍鳳呈祥」パンフレット』(発行・製作・編集)有限会社楽戯舎、2001年。pp.11,20-21.

参考書籍

[編集]
  • 趙暁群、向田和弘『京劇鑑賞完全マニュアル』株式会社好文出版、1998年。ISBN 9784872200225 
  • 魯大鳴『京劇への招待』小学館、2002年。ISBN 9784093431064 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]