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松江騒擾事件とは、1945年(昭和20年)8月24日未明、島根県松江市で青年グループ「皇国義勇軍」数十人が武装蜂起し、県内主要施設を襲撃した事件である。この事件により、民間人1名が死亡した。松江騒擾事件という名称は取締当局によるものであり、皇国義勇軍事件、島根県庁焼き打ち事件とも呼ばれる。
この事件は太平洋戦争敗戦直後に発生した、日本の降伏に反対する騒擾事件のひとつである。地方都市である松江市で発生した事件であるが、大日本帝国憲法下における全国的規模の騒乱を目的とした最後のクーデターであり、大審院で裁かれた最後の事件でもある。……
- コンソ は、エチオピアの南部諸民族州内の地域名であると同時に、そこで暮らすエスニック・グループの名称でもある。コンソ地域は標高800 mから1800 mほどの山岳地帯にあり、そこで暮らす人々は資源の限られた自然環境の中で外敵の脅威などに備えつつ、……
- 『キリスト磔刑と最後の審判』は、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが1430年から1440年ごろに描いたとされる絵画。二枚のパネルから構成されるディプティクで、最終的な仕上げの多くが、後世の画家かファン・エイクの……
- サーマーン朝は、中央アジア西南部のマー・ワラー・アンナフルとイラン東部のホラーサーンを支配したイラン系のイスラーム王朝。首都はブハラ。中央アジア最古のイスラーム王朝の1つに数えられる。ブハラ、サマルカンド、……