鳥居清朗
江戸時代の浮世絵師
来歴
編集初代鳥居清信の門人で作画期は享保の頃とされるが、『浮世絵師伝』は「諸書に初代清信門人として、此の名を伝へたれども、恐らくは清朝の『朝』を『朗』と誤りたるものならむ」と述べている。関東大震災で失われた美術品を記録する『罹災美術品目録』には、浅草区小林亮一の項に「鳥居清朗遊女図」とある。
参考文献
編集- 飯島半十郎(虚心) 『浮世絵師便覧』 1893年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり[1]。
- 井上和雄編 『浮世絵師伝』 渡辺版画店、1931年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり[2]。
- 国華倶楽部編 『罹災美術品目録』 1933年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり[3]。