高隈ダム
高隈ダム(たかくまダム)は、鹿児島県鹿屋市下高隈町古園、一級河川・肝属川水系串良川に建設されたダムである。
高隈ダム | |
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所在地 |
左岸:鹿児島県鹿屋市下高隈町古園 右岸:鹿児島県鹿屋市下高隈町古園 |
位置 | 北緯31度30分30秒 東経130度51分34秒 / 北緯31.50833度 東経130.85944度 |
河川 | 肝属川水系串良川 |
ダム湖 | 大隅湖 |
ダム諸元 | |
ダム型式 | 重力式コンクリートダム |
堤高 | 47.0 m |
堤頂長 | 136.0 m |
堤体積 | 67,000 m3 |
流域面積 | 38.4 km2 |
湛水面積 | 104.0 ha |
総貯水容量 | 13,900,000 m3 |
有効貯水容量 | 11,630,000 m3 |
利用目的 | かんがい |
事業主体 | 農林水産省九州農政局 |
電気事業者 | なし |
発電所名 (認可出力) | なし |
施工業者 | 三幸建設工業 |
着手年 / 竣工年 | 1959年 / 1967年 |
かんがいを目的に農林水産省九州農政局が管理する農林水産省直轄ダムで、堤高47.0mの重力式コンクリートダムであり大隅半島では最大規模のダムである。長年不毛の大地であった笠野原台地への農業用水を供給する「国営笠野原農業水利事業」の根幹施設として建設された。ダムによってできた人造湖は旧国名である大隅国より大隅湖(おおすみこ)と呼ばれている。
歴史
編集鹿屋市市街地の北東部に広がる笠野原はシラス台地と呼ばれる保水力の小さい火山灰土壌の高台であり、川は深い谷を穿っているため農業用水や生活用水を得ることが困難な土地であった。このため地域によっては80メートル以上の深さの井戸を掘り、牛の力を借りて水を得る有様であった。このような状況を改善するために1947年(昭和22年)頃からダム建設の検討が行われ、1959年(昭和34年)に着工され、1967年(昭和42年)3月に完成した。ダムの建設に伴い約200戸の住民が移転を余儀なくされた。灌漑面積は4,807ヘクタール[1](笠野原自体は6,000ヘクタール[2])におよぶ。
脚注
編集関連項目
編集参考文献
編集- 栄喜久元 『かごしま文庫15 かごしま・川紀行』 春苑堂出版、1994年、ISBN 4-915093-21-2。
- 財団法人日本ダム協会 「ダム便覧 2006」:2006年